5話
「は……ははは! 素晴らしいぞ紅雪鬼! まさか、まさか聖杖を奪うだけでなく聖女まで捕らえるとは! 凄い、凄いぞお前は大傑作なんてチャチなモノじゃない。奇跡だ、我が第一の眷属は我の誇りだ」
50センチの小さな身体で飛び跳ねながら喜びを露わにするお館様。戦闘力を取り戻すには、まだ数時間かかるそうなので、城で迎撃の準備をしてたら間に合わなかったかもしれないな。
逃げ場のない城の中であの剣を持った少年と、氷漬けにして直接触れないようにしてる、この杖を持った敵と戦うなんて冗談じゃない。
「お館様、この女の血を吸ったら凄まじい熱が体内に入り込むような感覚に襲われ、かなり力を増したように思えます。お館様もこの女の血を吸えば、力を取り戻せるのでは?」
「うむ、こやつのような聖女や勇者と言った聖性の強い者の精気は、常人とは比較にもならん。捕らえた者の精気は全てお前が独占しても、誰も文句は言わぬと言うのにその忠心嬉しいぞ」
褒めてくれるのは嬉しいけど、これは注意しないと駄目だな。へそ曲げるかもしれんが危機意識が無いより遥かにマシだ。
「失礼ながらお館様が戦力も整わないうちから、分身に能力を費やし過ぎたから私も危険を冒さざる負えなかったのですよ? 早くある程度戦える能力を取り戻してください」
ちょっと怒ったような表情で注意すると、お館様は神妙に頷いてる。お館様は人の話をよく聞く素直な良い子で良かった。とりあえずお仕置きでほっぺたを引っ張りながら、話を続ける。
「それに加えて彼女からこの城周辺に位置する国家について聞きたいので、殺さないようにお願いします。もしくは記憶等を奪ったりできますか? デタラメを話されても調べる手間が増えますので」
「わがっははら、はにゃしぇぇ……むぅ、今後気を付けるとするぞ。うむ。情報収集と言う奴だな、うむうむ、紅雪鬼が言うなら必要なのであろうな」
ヤバいかも? この言い方から察するにお館様は人間を脅威と思ってない。そりゃ本来は俺なんか足元にも及ばない戦闘力があるんだろうけど、騙されやすそうだし足元掬われるタイプだ。
「そうだな、折角であるしお前に我の固有魔法を見せてやろう」
基本固有魔法は一部の有名な悪魔を除き詳細を隠されている。よほど近しい相手でなければ見せたり話したりはしないのが普通なのだそうだ。つまり目の前で固有魔法を見せてくれると言う事は、それだけ心を許してくれたと言う事だろう。
……いやお館様最初からあまり疑ってなかったな。単に話す機会が無かっただけか。
「や、やめろ! いっそ一思いに殺すが良い!」
ちなみにこの聖女さん水晶で確認するとレベル50。しかも簡易水晶の上限が50なので、それ以上のレベルだと言う事だ。
当たり前だがそんな俺よりレベルの高い相手を、ちびっ子状態のお館様の前に連れているのだから拘束して動けない状態だ。具体的には聖杖同様首から下を氷漬けにして転がしてある。
「紅雪鬼、お前は前世で死して後、その魂は我の声に導かれ、我が下にやって来た。それこそが我が固有魔法『幽世繋ぎ』生けるもの全てが持つ魂を意のままにする、魔界最高峰の希少度を誇る我が能力の一端よ」
お館様は聖女の首筋に牙を立て血を啜ると、美しかった顔があっという間に干乾びたミイラになる。
聖女の血を吸ったお陰か50センチメートルの身長が、70センチメートルくらいにまで伸びたから、消耗を回復させる役目は果たしたみたいだけど。ちょっとお館様、情報欲しいから殺さないように言ったじゃないですか。
まぁお館様は天然気味でうっかりだけど、馬鹿じゃないから何か理由があるんだろうなと、思って黙ってみてたら、聖女のミイラから光り輝く『モノ』が出てきた。火の玉と言うか……人魂っぽい?
「ふふふ、流石聖女の魂は聖なる気に満ち光り輝いておる。まるで伝え聞く悪逆非道な天使のようではないか、勿論普通は見えるものではないが我が見えるようにしてるのだぞ」
天使って悪逆非道なの? まぁ悪魔サイドから見ればそういうモンなのか?
「紅雪鬼、魔界の商会から『堕天使の羽』を購入せよ」
命じられたので通販もどきで言われたものを探すと、何に使うのか良く分からないけど高いなぁ金貨一万枚もするのか。お館様に貰った資金これで殆どすっからかんだ。
差し出すと、お館様は手に持った聖女の魂の中に堕天使の羽を埋め込み、次いで自分の指から一滴に血をこぼす。すると、みるみる光り輝く人魂は深紅へと変貌する。そしてその魂をミイラの中に再び押し込んだ。
「死せる者の魂は本来抗いようもなく輪廻の輪へと戻ってしまう。しかし我のみが死者の魂をこの世に留め、別の器に移したり、このように変質させ蘇らせることができるのだ。本来数か月単位で行う眷属化の儀式を一瞬で可能とするのは魔界広しといえども我だけよ」
すると時間が逆行するように、干乾びたミイラが元々の瑞々しい少女の姿を取り戻す。
いや人間の姿からまた変化する、耳は長く尖り、見開いた眼球は悪魔の漆黒、瞳は青から赤へと。そしてその背からは二対の黒い翼が生えてくる。急激な変化に拘束していた氷は砕け、纏っていた鎧の背中の部分は破れ金属片があたりに飛び散った。
「まだ名は授けぬが一先ずは『黒天姫』と呼ぶ。気分はどうだ我が第二眷属たる黒天姫よ」
「うふっ! あははははははは! 素晴らしいですわ! なんて爽快なのでしょう! ありがとうございます我が主よ、まるで鉛の服を脱ぎ捨てたかのようですわ!」
テンション高いなぁ、最下層の天井はかなり高いので拘束が解けた途端に空中を飛び回る。
「紅雪鬼よ、あの者の魂に触れた時に、かなり抑圧されていたのが分かったのでな。暫くは自由にさせてやるが良い、記憶の欠落などは無いはずなので情報はいつでも大丈夫であろう」
何やら歌いながらアクロバット飛行してる聖女さん、いや黒天姫か。今のところこの城周辺に大人数で向かってくる敵影は無いから別にいいけどね。
「では周辺国家については後で黒天姫に尋ねるとして。お館様、氷漬けの聖杖は如何なさりますか? 武器を取り上げる感覚で奪いましたが、触る事も出来ない危険物など城に置いておけないと思いますが」
「うむ、実はなあの手の聖なる武具は、我ら悪魔に対して絶大な攻撃力を持つ為に、魔界での価値は計り知れんのだ。お前も知っての通りゴーレムなどであれば普通に触れる、つまり悪魔同士の戦闘において武器として有効なのだ」
お館様の口調から察するに手元に置きたいみたいだけど、現状手に余るんだよね。
「お館様、その杖を魔界に売ってしまうわけにはいきませんか?」
「うーん、聖なる武具を保有するのは、実力のある悪魔であると分かり易い証明なのだぞ? お父様にも自慢できるのだぞ」
要するに持ってるだけで拍が付くのか、考えなしに通販もどきで市場に流すと奪い合いにでもなりかねないか? 悪魔だし殺し合いにまで発展するかもしれない。
「お館様、想像してみてください、現状生まれたての眷属が二人しかいないお館様が、価値のある武器を持ってると他の悪魔に知られたら、ひょっとしたら強い悪魔が泥棒に来るかもしれません、いや殺して奪いに来るかもしれませんよ」
「……ッッ!」
想像もしなかったって顔だな、でもそんな事ないとか言わないのは、有り得る事だと分かってるのか。
「お、お父様の娘である我に……でも独立した魔将だし……ううう、だめ、駄目だ……紅雪鬼と黒天姫が死んじゃう……ど、どうしよう!」
あ、今なんか素になってるのかな? ちびっ子状態相応の口調に知らずに口元が綻ぶ。
「ではお父上にお譲りするのはどうでしょう? 価値のある武具であれば相応の見返りを期待できるかと」
「むむ……しかし我はお父様の一門に名を連ねてるとは言え独立したのだぞ。お父様に頼っては無能の誹りを受けるのではないか?」
「独立したからこそですよ、こちらは手に入れた武器を売る、相手は対価を払う。どこにも問題の無い取引ではないですか。一門に名を連ねてるのであれば、優先的に取引を持ち掛けるのはある意味当然ですよ」
「取引……そうだな、我は独立したのだ。魔王の一柱であるお父様にも毅然として取引をするぞ」
さらっと聞き捨てならない事言ってるなぁ、実力者とは聞いてるけど魔王の一人なんて聞いてないぞ。
「ところで、取引とは言っても何を要求すれば良いのだ? これほど強力な聖なる武具に値段は付かんぞ?」
「そうですね、城の階層を増やしていただいて、地表の城を更に広く。後は私と黒天姫の戦力を高めるため、魔法の知識が詰まった宝珠を下級から上級まで数種類。後は強力な魔界生物を買うための資金を要求ですかね? 勿論お館様の欲しい物があればお願いしても良いでしょう」
要するに早いとこ城を守る為の備えが欲しいのだ。地表の城から階段を降りたら最下層の現状じゃ、あの少年と同じような相手が沢山来たらかなり拙い。
「欲しい物など我が貴族になってから手に入れればよい。よしお父様に連絡をつけるぞ」