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ヤキモチ×オレンジ

 ★



 自室に消えたリオンを見送り、アルフレッドはにやにや笑う。

「なかなかよい子じゃないか。おまえが男の子として立派に成長していて、お兄ちゃんは嬉しいぞ、ダンテ」


 ダンテはむすっとした顔で答えた。

「なにを勘違いしてるか知らないが、リオンはそんなんじゃない」


「じゃあ今のはなんだ? お兄ちゃんへの愛情表現にしてはいささか乱暴だったぞ」

 兄のにやつきが大きくなった。お兄ちゃんとか言うな、気色が悪い。ダンテはそう毒づき、

「実験室で聞き耳を立ててただろ。あいつはたんぽぽの綿毛で俺の棘を緩和できる」

 頭をわしわしと拭いた。タオルを投げるようにして、頭から外す。


「メカニズムを解明できれば、呪いを解く鍵になるはずだ」

 兄は顎に手を当てた。

「ふむ。では、たんぽぽの花魔術師ならば誰でも良いと?」

「当たり前だろ」

「ふむ。じゃあ同じクラスにいるから、明日紹介しよう」


 ダンテはぴくりと肩を揺らし、アルフレッドを見る。

「……なんだって?」

彼女(リオン)じゃなくてもいいんだろう? なら別の──」

「あんたの世話にはならない」


 遮るように言うと、アルフレッドがふっ、ふっ、ふっ、と笑った。

「素直じゃないな、ダンテ。いいじゃないか。紅薔薇王子とたんぽぽ姫の恋。可愛らしいなあ。まるで絵本のようだ!」


 絵本。ばらものがたり。その結末を、ダンテは思い出す。兄から顔をそむけ、つぶやいた。

「俺は恋なんかしない」

 その言葉に、アルフレッドはふっ、と表情を変え、開いた腕を下ろした。しばらくして、柔らかく、悲しげな声で言う。

「……ダンテ、恋はしようと思ってするものじゃないぞ。心まで薔薇の棘に囚われる必要はないんだよ」


 あんたになにがわかる。そう反論しようとして、思いとどまる。他人にわかるはずがない。この痛みも、苦しみも、呪われた身にしか、わからないのだ。言葉をぶつけたところで、何にもならない。


 兄が悪いわけではない。ただその明るさに、余計に苦しさが増す気がするから、一緒にいたくないのだ。いくら彼がダンテに明るく接しても、自分の身の上を忘れることなどできないから。ダンテは苦い思いを飲み込むように、黙ってコーヒーを飲んだ。


 アルフレッドはそれからなんやかんやと居座ろうとしたが、ダンテが帰れと言い募ると、ようやく立ち上がって玄関へ向かった。


 玄関に立ったアルフレッドが陽気にいう。

「じゃあ、兄は帰るよ。寂しかったら手紙を書いていいんだぞ」

「全くさみしくない。早く帰れ」

 ぐいぐい背中を押すと、兄はハハハ、と笑う。

「照れ屋だなあダンテは!」


 無理やり押し出し、ドアを閉めた。ドアに背をつけ、ため息をついたら、アルフレッドがドア越しに話しかけてくる。

「ダンテ」

「なんだよ。早く帰れ。門限があるだろ」


 ロズウェルには、午後九時まで、と門限が決められている。主にダンテを縛り付けるためのものだ。九時を過ぎて帰ると、何をしていたのかと詰問された。


 ロズウェルの人間は、ダンテを心配するふりをしながら押さえつけようとする。わずらわしい。そうとしか思わない。


「お兄ちゃんはいつもおまえの味方だぞ」

「……お兄ちゃんって言うのやめろ。気色悪い」

「じゃあお兄様と呼ぶがいい。ははは」

「早く帰れ」


 兄が去っていく足音を聞きながら、ダンテはため息をついた。ガチャ、と扉が開く音がして、リオンが自室から顔を出す。


「お兄さん、帰った?」

「ああ。自分の兄なのに、全く言葉が通じなくてびっくりする」


 あの男は、他人の言葉を全方位好意的に解釈するのだ。ダンテはソファに向かい、座り込んだ。リオンはこちらにやってきて、カップを片付ける。ふきんでテーブルを拭きながら、

「面白いお兄さんだね」

「変態だからな。もう一人は馬鹿だし」


 黒髪の兄を思い出し、ダンテはチリッとしたものを感じる。

「でも、いいお兄さんだよ。ツーショットの写真を持ってた。ダンテのこと、大好きなんだね」

 リオンが向けてくる優しい眼差しに、なんとも言えない気分になった。


「大好きとかやめろ……気色悪い」

「私、兄弟いないから、ちょっと羨ましいな」

「なんなら、やるよ」

「え……そ、それはちょっと」


 ほら見ろ。実際にあんな兄がいたら、うざくて仕方ないだろう。──そういえば、リオンはなぜ一人暮らしをしているのだろう。


「なあ、おまえの実家は? 学院から遠いのか」

 そう尋ねたら、テーブルを拭く手が止まった。リオンは少しだけためらったあと、

「私ね……養子なんだ」

 そう言って、また拭き始める。


「あのね、私、孤児院育ちで……オランジュの家に引き取られたんだけど、あんまり馴染めなくて」


 リオンは浮かない顔をしていた。まずいことを聞いただろうか。ダンテが何も言わずにいたら、

「だから、家に居づらくて。実家から通えないこともなかったんだけど」

「……そうか」


 知らなかった。ダンテがリオンのことを知らないように、リオンもダンテことはほとんど知らないはずだ。なのに、どうしてだろう。リオンといても、チクチクとした痛みはない。


 他人といる時に感じる煩わしさがない。柔らかな白銀の髪、ランプの灯りのような、オレンジの瞳。その目が、こちらに向いた。


「もう寝る? 灯り、消そうか」

 リオンはソファの脇に来て、ランプに手を伸ばす。ダンテはその手をつかむ。


「ダ……」

 引き寄せたら、細い身体が簡単にこちらに倒れてきた。彼女の柔らかい髪が、ふわりと揺れる。

「あ、あああの」


 至近距離で見つめたら、オレンジの瞳が泳いだ。ダンテは彼女の唇を指でなぞる。

「なんでアルフレッドに抱きしめられてたんだ?」


 ヤキモチか、ダンテ。兄の言葉が蘇る。アルフレッドは、誰が誰にヤキモチを妬いたと言いたかったのだろう。

 リオンはしどろもどろな様子で言う。

「なんで、って、ダンテはアルフレッドさんの気持ちをちゃんとわかってる、って言ったら、いきなり」

「わからないね、あんな変態の気持ちなんか」


 そう、わからない。アルフレッドはなぜ、上の兄のように自分を憎まないのか。なぜ、何度拒絶しても、ダンテに関わろうとするのか。わからないから、アルフレッドが苦手だ。アホのくせに、確信を突くようなことを言ってくるところも。


 リオンの頰に手を滑らせたら、オレンジの瞳が揺れた。

「あ、の、歯を、みがいてから」

「別にキスするなんて言ってないけど」


 リオンの頰がみるみるうちに赤くなる。それを見たら、胸が焦れた。これも呪いなのだろうか。


 さらに顔を近づけて、唇を重ね合わせたら、リオンがぎゅ、と目を閉じた。


 今はこの小さな唇も、暖かい吐息も、全部、ダンテが独り占めにしている。今この瞬間、リオンはダンテのことで頭がいっぱいのはずだ。だから、呪いを解くためにしているはずのキスを、もっとしたくなる。唇を離すと、彼女は小さな声で言う。


「し、しないって、言ったくせに」

「しないとも言ってない」

「揚げ足とり……っ」


 また唇を重ねたら、リオンがびくりと震えて、ダンテの服を握りしめた。

 ──ダンテ、恋はしようと思ってするものじゃない。兄の言葉が蘇る。


 俺がこの綿毛に、恋? そんなんじゃない。ただ、リオンと唇を合わせると、心地よくて、もう少しこうしていたいって、そう思うだけだ。


 ──俺は恋なんかしない。この呪われた血は自分の代で終わらせるのだ。誰かと生きることなど望まない。


 だが今は。今だけは、この心地よさに浸っていたかった。

 おやすみ、とささやいて抱きしめたら、細い身体が少しだけ震えた。今日はきっと、優しい夢を見られる。

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