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ふわふわ×トゲトゲ

 チュンチュンと、鳥の鳴き声が聞こえてくる。まぶたに光を感じた。ああ、朝だ……起きなきゃ。リオンは身じろぎしたあとんん、とうめき、ゆっくり目を開いた。こちらを見つめる紅い瞳と視線が合う。


「!?」

「おはよう。寝顔も間抜けだな、綿毛」

 ベッドに肘をついてこちらを見るのは、すでに着替え終えているダンテだった。リオンは慌てて起き上がり、枕を抱きしめて叫ぶ。

「な、なんで私の部屋に!」

 彼はしれっと、

「いつまでも寝てるからだろ。腹が減った。なんか作って」

 ──私はお手伝いさんか何か!?


「自分で作ればいいじゃない」

「作ったことがない」

 そうか、ダンテはお坊ちゃんだった……リオンは彼から後ずさり、

「とにかく、着替えるから出てって」と言った。

「おまえの着替えを見てもべつになんとも思わないぞ」

「そういう問題じゃないっ!」

 ダンテが出て行くのを見届け、リオンはパジャマを脱ぎ始めた。ちょうど首からパジャマを脱いだ瞬間、がちゃ、と扉が開く。


「なあ、新聞は」

 ダンテと視線がかちあった。

「キャーッ!」

 リオンは思い切り叫び、彼に枕を投げつけた。



「そんなに怒ることないだろ?」

 トーストをかじりながら、ダンテが言う。リオンはそっぽを向きながら、カモミールティーを飲んでいた。

「心配しなくても大丈夫だ、見てないし。だいたい、見るほどの胸がな」

 リオンはダンテにばふっ、とクッションを投げつけ、真っ赤になって叫んだ。

「最低!」


 彼はクッションを阻み、

「すぐ物を投げる人間は忍耐力が足りない」

 いけしゃあしゃあと何を言うの、この人。一番人に忍耐力をしいているくせに。リオンはむうっとしたまま朝食を食べ終え、皿を片付けた。ダンテはすでに白衣を羽織って、鞄を持っている。


「俺は先に行く。勘繰られないよう時間差で来いよ」

 そちらが強引に同居に持ち込んだくせに、何を言っているのだ。

「わかってる。早く行ったら」

 ツンとした声で答えたら、ダンテが後ろから近づいてくる気配がした。


「おい、綿毛」

「私はそういう名前じゃありません」

 振り向いたら、いきなり唇を奪われた。ちゅっ、と軽い音がして、リオンはびくりと身体を跳ねさせる。

「じゃあな」


 彼は何事もなかったかのように踵を返す。開閉したドアの音は、ダンテの傍若無人さを表すように、大きな音を立てる。

 ──また勝手にキスされた……っ!

 リオンは唇を押さえ、真っ赤な顔でううう、と唸った。



 ☆



 カタン、カタン。トラムが坂を登っていく。リオンは街の景色を眺めながら、手すりに掴まっていた。


 学院行きのトラムなので、見渡すかぎり制服で埋まっている。その中でひときわ目立っているのが、すらりとした体躯に白衣を纏うダンテだ。


 彼はトラムの入り口付近に立ち、思索にふけるように目を伏せている。


 長いまつげが、トラムが揺れるのに反応して震えていた。両手は白衣のポケットに収まっている。朝日に輝く黒髪と、憂いを帯びた紅い瞳。周りの女の子たちは、頰を染めながらダンテをちらちら見ていた。


 ──ほんと、黙ってれば綺麗なのに。リオンの視線を感じたのか、ダンテがこちらを見た。


「!」


 リオンは慌てて窓の外に視線を移す。と同時に、運転手が「次は、フラウィザード学院です」と告げた。トラムが停車すると、ぞろぞろ生徒たちが降りていく。


 ダンテはなぜか降りずに、入り口付近に立ち止まったままだった。リオンは訝しげに思いながら、彼の脇をそろそろと通る。がし、と腕を掴まれ、リオンはびくりとした。ダンテがこちらを見下ろしている。


「な、なに」

「なんで見てた」

 紅い瞳に見つめられると、急激に体温が上がる。

「なんでって、あなた一人だけ白衣だから目立つな……って」


 基本的に、白衣は実験の時にしか着用を許されていない。ダンテが制服ではなく白衣を着ることを許されているのは、彼が特別だからなのだ。


「見るな。変に思われる」

「私だけじゃないわ。みんな見てた」

「言い訳するな。綿毛のくせに」

 なによそれ。

「大体あなた、どうしていつも白衣を着てるの?」

「制服は着替えるのが面倒だから。あと色が嫌いだ」


 フラウィザードの制服は黒と銀を基調にしている。なかなか素敵なデザインだ、とリオンは思っていたのだが。リオンの表情を見て、ダンテはこう付け加えた。


「嫌いなのは──兄貴たちの頭の色と同じだからかもな」

「ダンテって、お兄さんがいるの?」

「ああ。バカとアホだ。銀髪がアホ。黒髪のやつはバカって相場が決まってるんだよな」

 随分な言いようだ。

「あなたも黒髪じゃないの」

「とにかく俺を見るな。わかったな」


 一方的に話を打ち切り、ダンテはさっさと歩いて行った。

「……なによ、見ないもん」

 そうだ、いくら綺麗でも、ダンテは偉そうだし意地が悪い。それに、強引で自分勝手だ。リオンはさっさと歩いていくすらりとした後ろ姿に向かい、べえっ、と舌を出した。



 ☆



 教室に入ったリオンは、ダンテと目を合わせずに席に着いた。まだ気持ちがむかむかしている。勝手に人のうちに住み着いて、勝手にキスしてきて、見るな、ってなんなのだ。


「ねえ、リオン。試験結果どうだった?」

 前の席の女の子に尋ねられ、リオンは内心ぎくりとした。ダンテがちら、とこちらを見たのがわかる。──なによ。そっちこそ、見ないでよ。


「……E判定、だった」

「え、あ……そうなんだ」

 気まずげに頷かれ、リオンは顔を赤くする。ああ、明らかに気を使われてる──もしかして、このクラスでE判定だったのは私だけなんじゃ。悶々と考えていたら、教師が入ってきて授業が始まった。


「一人ずつ前に出て、私が出した蔓を弾くように」

 生徒たちは、ずらっと列をなした。リオンは一番後ろに並んだ。ダンテはというと。

「ダンテはいい。必要ないだろう」

 教師にそう言われたため、席について窓の外を眺めている。


(何かあるのかな)


 そんなことを考えていたら、すぐに自分の番になる。教師は真面目な顔でこちらを見て、

「オランジュ、わかってるな。集中してやるんだぞ」

「は、はい」


 リオンは手のひらをかざし、足元にたんぽぽの花を出現させた。ふわ、っと花が光る。教師の足元に咲いたダリアも光り始めた。

 蔓がずずっ、とこちらに伸びてくる。リオンはそれをはたき落とす──つもりだったが、蔓が短すぎて空振りに終わった。教師が落胆のため息をつき、周りからくすくす笑う声が聞こえてくる。リオンはかあっ、と赤くなる。


 きっと、ダンテも笑ってる。いたたまれなくて俯いたリオンに、教師が席へ戻るよう言った。



 授業が終わると、教師がリオンを手招いた。

「オランジュ、ちょっと来い」

 手招かれたリオンは、教師と共に廊下に出た。教師は腕組みをし、厳しい顔でリオンを見る。


「前回の試験だが、E判定なのはおまえだけだった。このままだと、進級試験に関わるぞ」

「は、い」

「実技がなんとかなれば、筆記は問題ないからいけるだろう。課題はわかってるな?」

「攻撃にあっても花びらを散らさないこと……です」


 頭ではわかっている。だが、攻撃を受けると、いつも身体がこわばってしまうのだ。リオンは、花魔術の勝負で、誰にも勝ったことがなかった。

「おまえの場合、花の性質上難しいとはわかってるが、コントロールも力のうちだからな」

「はい」

「頑張れよ」

 教師はリオンの肩を叩き、廊下を歩いていった。リオンはため息をつき、踵を返す。室内に入ると、教室中の視線がばっ、とこちらに向いた。リオンはびくりとして立ち止まる。


 ──え?

「E判定だって」

「ひでえな」

「私なら自主退学するけど」

「国のお金使って勉強してるんだもんね」

 ひそひそと話すクラスメイトたちの中、リオンは赤い顔で席に着く。──消えて無くなってしまいたい。


 率先して馬鹿にしてきそうなダンテは、無関心な様子で本を読んでいた。──内心、才能ないならやめろ、って思ってるんだろうな。彼はきっと、消えたいと思ったことなんてないだろう。

 ダンテは才能の塊だ。くらべてリオンは──なんの役にもたたない、ただの綿毛なのだから。



 お昼休み、リオンは売店でお昼ご飯を買い、屋上に向かった。はたはた揺れる校旗を眺めながら、サンドイッチを食べる。特製のコーヒーを一口飲み、ふう、と息をついていたら、屋上の扉が開いた。姿を現したのはダンテだ。彼は無関心な瞳でこちらを見て、


「おまえ、またここにいたのか。寂しいやつだな」


 ダンテに寂しいとか言われたくない。彼だって、友達らしい友達はいないはずだ。リオンとは別の意味で、ダンテは浮いていた。彼は優秀すぎるがゆえ、リオンはみそっかすがゆえに浮いているのだ。リオンはぷい、とそっぽを向いた。


「別にいいでしょ。何か用」


 彼は白衣の裾をはためかせながらこちらへ歩いてきて、隣に座った。ふわっ、と薔薇の香りが漂って、肩が触れ合わんばかりに近づく。その距離の近さが気まずくて、リオンは彼からじりじりと離れる。ダンテはリオンが持っている水筒に目をやり、

「それは?」

「たんぽぽのお茶、だけど」

「一口よこせ」


 なぜそんなに偉そうなのか。生まれた時から仁王立ちしていたのではないか、この男は。リオンがコーヒーを差し出すと、ダンテはそれを一気に飲み干した。唇をなめる動作に、どきりとする。艶のある黒髪も、ルビーみたいな紅い瞳も、思わず見とれてしまうくらいにきれいだ。


(やっぱり、かっこいい、な……)

ダンテはカップをこちらに戻す。

「美味いな。おまえ、花魔術フラウィザードの才能はないけど、お茶を淹れる才能はあるんじゃないか。砂つぶほども役に立たないが」

「美味しい、だけでいいじゃないの」

 どうしていちいち嫌味を言うのだ。かっこいいのに、性格が悪すぎる。ダンテは菜園を指差し、

「あれ、おまえが育ててるのか?」

「うん、自然栽培で植物を育てたくて」

「なんのために。この学院には百花の魔術師たちがいるのに、わざわざ栽培する意味がわからない」

「なにって、魔法が使えない人たちは、そうやって植物を育てるのよ。それが自然なの」

「おまえは一応魔術師だろ、E判定の綿毛だけど」


 リオンはムッとしたあと、

「別にいいじゃない。育てるのが楽しいんだから」

 ダンテはふん、と鼻を鳴らし、リオンが持っているサンドイッチを指差した。

「それ、美味そうだな。一口くれ」

 伸びてくる手をさっ、と避ける。

「いや。自分で買って」

「綿毛のくせに偉そうだな」


 その直後、強い香りが漂って、ダンテの足元に薔薇の花が咲いた。あっ、と思う間も無く、出てきた蔓にサンドイッチを奪われる。

「ああっ!」

 彼はくすくす笑いながら、おかしそうにこちらを見ている。リオンは唇を噛んで、足元にたんぽぽを出現させた。ダンテはおかしそうな声で、

「それでなにする気だ? ふわふわするだけだろ」

「ふわふわで窒息しちゃえ!」


 リオンはダンテの真上に綿毛を出現させ、そのままズボッ、と彼の頭に落とした。綿毛をかぶったダンテが、ふるふる頭を動かし、こちらをにらんだ。顔部分だけが、綿毛から覗いている。


「ふふっ、雪だるまみたい」

 思わず笑うと、視界がふっ、と暗くなった。のち、大量のバラの花びらが落ちてくる。

「ぷは!」


 リオンはバラの花びらを退けながら、ダンテをにらんだ。彼は肩をすくめ、

「おまえ、意外と負けず嫌いだな。からかっただけだろ」

「……どうせ、私のことなんかバカにしてるくせに」

 ダンテはロズウェル家のエリートだ。対して、リオンはただの雑草。たんぽぽは、百花の中でも力が弱く、ただ遠くへ飛んで繁殖するくらいしか能がない。


「ダンテに比べたら、それこそ砂つぶみたいな力しかないもんね」

 ダンテはじ、とこちらをみて、立ち上がる。

「ちょっと来い」

「え?」

 ぽかんとしながら見上げたら、彼が舌打ちした。

「早く」

「わっ」

 ぐい、と腕を引っ張られ、リオンはつんのめりそうになりながら立ち上がった。

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