呪い×同居
「あの……大丈夫?」
リオンはカバンからタオルを出し、ダンテに差し出した。彼はタオルをひったくり、髪をわしわしと拭きながら、不機嫌な声で言った。
「まったく。いきなり水をかけるか、普通」
「あなたがあんなことするから」
リオンはそう言って、顔を赤らめた。ダンテはタオルを頭から外したあと、へくし、とくしゃみをする。
「うちは遠い。おまえの家に連れて行け」
そんなことを言われ、最初は断ったのだが、俺が風邪を引いたらおまえのせいだ、劣等生のくせに生意気だ、と子供のようなことを言い募られ、仕方なく自宅に連れて来たのだ。
アパートを見たダンテは、「ボロい」「ショボい」「壁が薄い」と散々な評価をくだした。
確かに素敵というわけじゃないが、そこまで言わなくても。リオンはそう思ってむくれる。ロズウェルは名家だし、よほどの豪邸に住んでいるのだろう。
一人暮らしだから、ほんとは連れてきたくなかったんだけど……。リオンは自室の鍵を開け、ダンテに入るよう促した。ダンテは室内に入ると、興味なさげに辺りを見回した。
紅い瞳と視線が合い、どきりと心臓を鳴らす。先ほどのキスを思い出すと、頭の奥がぴりぴりした。キスしたのなんて、初めてだったのだ。
「お、お茶、淹れるから、座ってて」
ギクシャクしながら台所に向かい、マッチを擦ってコンロに火を入れる。やかんに水を入れて火にかけ、お湯が沸くのを待った。
カップをふたつ置いて、窓際にずらりと並んだ缶に目をやる。すべて、リオンが自分でブレンドしたオリジナルティーだ。
なんのお茶にしようかな。こないだ煎じたローズティーが……。
と、背後に気配を感じて振り返る。ダンテがじーっとこちらを見ていた。
「ひぃ」
思わずシンクにすがりつくと、ダンテがあざけるように言った。
「なにびびってるんだ?」
「い、いきなり後ろに立たないで」
「俺がおまえに襲いかかるとでも思ってるのかよ」
「だって、さっき、キス」
リオンがかあっと顔を赤らめたら、ダンテが目を細めた。
「あれは、ほんとうに呪いを無効化するのか試しただけだ」
「……呪い?」
ダンテは手のひらをこちらに向けた。かれの手には、火傷痕のようなものが見えた。薔薇の形をしている。これは──タトゥー?
「これはなに?」
「薔薇の呪印。おまえとキスする前はもっと濃かった」
彼はそう言って手を伸ばし、リオンの唇をついっとなぞる。リオンはびくりとして、目を泳がせた。距離の近さに、心臓がばくばく鳴りだす。
「ロズウェルには、隔世遺伝でこの呪印を負う男児が生まれる」
「呪いって……」
「俺の心臓には薔薇の蔓が絡みついてて、いつ心臓が止まるかわからない状態なんだ」
今日か、明日か、明後日か。
「薔薇の呪印が濃くなればなるほど、危険は大きくなる」
そんな話は聞いたことがない。リオンが困惑しながらダンテを見上げたら、彼が目を細めた。
「信じてないのか? 綿毛」
「綿毛じゃないわ。リオンよ」
そう訂正し、
「だってあなた、元気だし……(ものすごく偉そうだし)、死ぬ運命だなんて、信じられない」
「今何か、失礼なことを考えただろう?」
そんなことない。図星をつかれたリオンは、小声でそう返す。
「まあ、おまえがどう思おうがどうでもいい。俺は明日からここに住む」
「あ、うん……!?」
いきなりなにを言い出したのかと、リオンは目を見開く。
「な、なんでそうなるの!?」
「実験だ。キスをし続ければ、呪いが解けるかもしれない。おまえが一人暮らしで都合がよかった」
「よくない! そんな、だ、だめだよ!」
リオンは、真っ赤な顔で首を振る。彼は目を細め、
「安心しろ。おまえに対して妙な気分になる確率は砂つぶほどもない」
「!?」
リオンは唖然とした。なぜこんなに失礼かつ偉そうなのだ──お湯湧いてるぞ、と言われ、慌てて止める。彼は話は終わったとばかりに、さっさと席について、偉そうに足を組む。
「早く茶を淹れろ」
混乱しながらお茶を淹れたら、ダンテはそれを飲み干し、立ち上がった。
「じゃあな。また来る」
そう言って、さっさと出ていく。
「私は、いいって言ってないんだから!」
リオンはそう叫んだ。
☆
翌日。荷物を手にやってきたダンテを、リオンはドアの隙間から見た。
「ほ、ほんとに来たの……」
「ああ。さっさと開けろ、綿毛」
「綿毛じゃないもん。私は断ったはずよ、嫌だって」
「なるほど。つまり、ドアを壊されたいのか」
ダンテの足元に、薔薇の花が咲いた。蔓がシュルシュルと伸びて来たので、リオンは慌てて扉を開ける。彼の魔力なら、ボロアパートの扉を壊すくらいわけないだろう。
ダンテはそれでいいとでも言いたげに頷き、中に入ってきた。
「おまえはどこで寝てるんだ?」
「私は自分の部屋で、って!」
ダンテが勝手に自室の扉を開けたので、リオンは慌てた。
「勝手に開けないで!」
「少女趣味だな」
リオンは扉を閉め、真っ赤な顔でダンテを睨みあげた。彼は目を細めて、
「俺はソファで寝てやる。ピンクのシーツで寝る趣味はないからな。毛布をくれ」
「なんで何もかも上から目線なの……」
リオンはぶつぶつ言いながら、ダンテに毛布を渡した。彼は毛布を受け取り、ソファを寝床にした。そうしてソファの周りに、勝手に自分のスペースを作っている。リオンはそれを見ながら、気になることを聞いてみた。
「ねえ、ダンテ。親御さんはいいって言ったの?」
「さあ」
「さあって」
「間違いさえ起こさなきゃなにも言われない」
間違い? 首を傾げたリオンを見て、ダンテが目を細めた。
「うちの家は純血を大事にしててね。薔薇の花を持つ娘しか受け入れないんだ。万が一他の花に手を出したりしたら大騒ぎなんだよ」
手を出したりしたら──その言葉の意味するところを知り、リオンは真っ赤になった。
「……っ」
「だからこのことは秘密なんだ。わかるか? 綿毛」
「私、綿毛じゃないわ」
世界一無駄な抗議は、さらりと受け流された。
「腹が減ったな。何か作って。綿毛」
「……」
こうして、傲岸不遜な薔薇の王子様との同居生活が始まった。