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こわす×われる

 アルフレッドとリオンは、図書室にある閲覧コーナーにいた。ダンテと図書室に来た時もジロジロ見られたが、女子生徒たちからの厳しい視線にさらされて、リオンは肩をすくめる。


 見目麗しいから、というのもあるだろうが、つくづく、ロズウェルの名とは特別なのだ、と思う。もしくは、薔薇の(プリ)魔術花(ティモ)が──だろうか。


 ダンテの変わりようを思い出すと、胸がちくりと痛くなる。薔薇にはきっと、他の花にはない魔力が秘められているのだろう。

 アルフレッドはリオンと共に閲覧コーナーへと向かった。椅子に座って腕を組み、


「あいつ、今朝から変なんだ」

「へん、ですか?」

 彼はうむ、と言い、

「普通、俺が抱きしめようものならすぐさま薔薇の蔓が飛んでくるのに、今朝は無反応で、されるがままなんだ」


 リオンはちょっと引いた。抱きしめたのか……。あの図体の弟を。

「実は、私も少し違和感が。目が……ダンテらしくないなって」

「リオンもそう思うか」

 頷くと、アルフレッドが目を細めた。


「やっぱりあの女、何かしたのか……」

「あの女?」

「シルヴィアのことだ。今朝、ダンテの呪いが解けたんだ」

「呪いが……? ほんとですか?」

「ああ。キスで」

「き、キス」


 その言葉には、地味にショックを受けた。リオンのキスで呪いが緩和したのだから、考えてみたら、当たり前の手段なのに。

「でも呪印は消えてるし、ルーベンスはダンテの異変にまるで気づかないし──というより、見てないし」


 リオンは、ルーベンスとダンテの冷たいやりとりを思い出した。

「異議を唱えてるのは俺だけだ。おかげですっかり無視されている。まあ、話しかけてもスルーされることは以前からあったがな!」

「は、はあ」


 リオンは、アルフレッドだけがはしゃぐロズウェル家の食卓を思い浮かべた。カオスだ……。アルフレッドは、じっとリオンを見つめた。


「なあリオン。ダンテを元に戻してくれないか。あんなのは、俺の弟じゃない」

 リオンは首を振った。ダンテが割った金平糖の瓶。思い出すと足が震える。近づいて、また拒絶されたら。そう思うと怖くて仕方なくなるのだ。


「私には、なにもできません。最弱のたんぽぽだから」

「リオン……」

 彼は優しい声で言った。

「俺は、たんぽぽとは強い花だと思うぞ。風に綿毛が運ばれて、荒れ地にだって花を咲かせる」


 リオンはアルフレッドに頭をさげ、閲覧室を後にした。廊下を歩いていくと、窓から青空が見えた。


(空を見たいな。そしたらきっと、気持ちが晴れる)


 屋上に向かうと、見慣れた後ろ姿が佇んでいた。


(あ……)


 艶のある黒髪が風に揺れて、白衣がパタパタと、風に揺れている。こちらを向いた紅い瞳に、リオンはどきりとした。二人の間に沈黙が落ちる。気まずくて、リオンは早口で言った。


「水やりにきたの。水をやったら、すぐ、行くから」


 慌てて給水塔までいき、じょうろで水を汲み上げ、畑の野菜にかける。無感情でこちらを見ているダンテの目が、こわくて仕方なかった。飛び散った瓶のかけらが、脳裏をかすめる。ぎゅっ、とじょうろを握りしめ、声を震わせないように言う。


「の、呪い、解けたんだってね。よかったね」


 ダンテの返事はない。リオンの言葉なんか、もう届かないのかもしれない。それが苦しくて、悲しい。すぐにリオンをからかって、意地悪で、ひねくれてて、でもリオンをちゃんと見てくれていたダンテは、もういないのだ。


 ──だめだ、泣いたりしたら。リオンが必死に涙をこらえていたら、ダンテがぽつりとつぶやいた。


「俺の呪いは……おまえが解け」

「え?」

 振り向いたら、ダンテが胸をおさえていた。ひどく苦しそうな声でつぶやく。

「違う……呪いは解けたんだ、俺は、どうして」

 ぐらりと身体を揺らし、膝をついたダンテを見て、リオンはギョッとする。


「ダンテ!」

 じょうろを投げ捨てて、しゃがみこんでいるダンテに駆け寄った。彼の肩に手を添える。

「どうしたの? 痛いの?」

 覗き込んだダンテの顔は蒼白だった。額には脂汗が浮いている。

「痛い……なん、で」


 こちらを向いたダンテの瞳に、リオンが写り込んだ。その目には、ちゃんと光が宿っている。

「おまえがいないと、胸が、いたい」

 長い指先が、リオンの頰に触れた。

「おまえの、ふわふわの、綿毛が、声が、優しさが、心地よくて……一緒にいると、暖かくて、幸せな気分になれた」


 おまえが、好きだ。そう言った、次の瞬間、ダンテが激しく咳き込んだ。

「ダンテ!」

 彼の口からは、血のような赤い花びらが零れ落ちている。これはいったい、なんなのだ。呻くように、ダンテが言う。

「だめだ、離れろ、リオン……!」

 ダンテの身体が光り輝いた直後、胸元から蔓が這い出した。

「!?」


 かつ、と靴音がして、給水塔の裏からシルヴィアが現れる。彼女の足元には、薔薇の花が輝いていた。加虐的な表情で、こちらを見つめる。

「いけない王子様ねえ。他の花と浮気しようなんて」

 リオンはダンテの身体を覆いつくしていく蔓に困惑する。


「シルヴィア、これはなに? ダンテはいったいどうしたの?」

「なにって、植物化でしょう?」

「そんな、呪いはとけたって」

  声を震わせるリオンを、シルヴィアはおかしそうに笑った。


「解けるわけないわ。私に従っていれば、死なずにすんだのに、薔薇以外にこころを移したから」

「なに、言ってるの……」

「奇跡の薔薇。私はそう呼ばれている」


 彼女の足元の薔薇が、強い光を放った瞬間、シルヴィアの姿が蔓薔薇で覆われた。

「!」

一旦、大きなつぼみのように固まった蔓が、しゅるしゅるとほどけていく。


 再び現れた少女の姿を見て、リオンは思わず息を飲んだ。シルヴィアは銀髪の美女に変わっていたのだ。全くの別人になったシルヴィアに、リオンは問う。


「あなたは……誰なの」

「シルヴィアよ。大昔は、魔女って呼ばれていたけどね」

「魔女……?」

「そうよ」

 シルヴィアは、ゆっくりこちらに近づいてきた。


「魔法を使える人間ってね、昔は忌み嫌われていたのよ」

 私も例外じゃなかった。シルヴィアはそう言う。

「迫害されてその果てに、ロズウェルに保護された」

 彼女の足元でしゅるしゅると動く蔓は、まるで生き物の腕にも見える。


「私お返しに、薔薇の魔法をあげたの」

 リオンは困惑しながら問う。

「なぜ、ロズウェルの紅薔薇は呪われるの……?」

 何事も代償が必要なのよ。シルヴィアは歌うように言った。

「私が長生きな訳を知りたい?」

「……」


 リオンが無言で見つめたら、シルヴィアがこう言葉を続けた。

「ひとに薔薇の種を植え付けるでしょう? そうするとね、薔薇が成長して、そのひとの生気を吸ってくれるの」


 生気を吸う。ダンテの様子がおかしかったのは、そのためなのか──。

「あなたが奇跡の薔薇と、呼ばれてるのは」

「植物化した人間たちはね、治ったわけじゃないのよ。私の魔力で動いているだけの話」


 妖艶な笑みを浮かべ、魔女は微笑む。では、シルヴィアが魔法を解いたら、みんな死んでしまうのか。リオンは自分の手のひらが、しっとり濡れていることに気づいた。


「ダンテは私のものにするわ──」

 シルヴィアはダンテに目をやり、

「この子の薔薇は、いままで見た中で一番美しい……ロズウェルの最高にきれいな薔薇は、この学園の生徒たちの生気を吸い付くして、大きくなるのよ。痛みのない世界で、ダンテは永遠に美しいまま生きられる」

 魔女は恍惚とした表情を浮かべた。


「そして私は、彼の生気を吸って、二人で幸せに暮らすの。ああ、なんて素敵なのかしら!」

 リオンはゾッとした。理解できない。そんな風に生きることが、幸せと言えるものか。だが、魔女は本気でそう信じているのだ。その歪みが恐ろしかった。


「そんなこと、ダンテは望んでないわ!」

 そう叫んだら、魔女が首を傾げた。

「あら、そうかしら? ダンテはこう言ったのよ。「誰でもいいから助けてほしい」って」

 リオンはハッとした。シルヴィアは、哀れむようにこちらを見ている。


「あなたじゃダンテを助けられないわ──雑草。最弱の花。かわいそうな名前だこと。せめて、美しい薔薇の養分になればいい」

 リオンの目前に、薔薇の蔓が迫ってきた。ギリギリと首を締め付けられ、リオンはうめく。

「諦めなさい、たんぽぽの魔女」

「ダ、ンテ……」


 リオンは蔓に覆われていくダンテの身体に手を伸ばしながら、くたりと気を失った。

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