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天才×凡人

 王子様は、薔薇の棘が全身から生えるのろいにかかっていました。自分で自分を抱きしめても、傷つくばかり。苦しくて、痛くて、血がたくさん出た王子様は、魔法使いがだしたふわふわの綿毛に包まれて、幸せな気分になりました。【ばらものがたり】




 リオンは真っ赤になりながら、目の前の少年を見上げていた。すらりと長い手足に、白衣を纏っている。


「あ、あの、するの?」

「ああ。何か問題が?」

 問題はある。ここは学校だし、屋上とはいえ、もし誰かがグラウンドから見上げでもしたら──さらさらと流れる黒髪、緋色の瞳は血のような赤。見つめられているだけで、喉が乾いて、身体が熱くなる。


「家に帰ってからでも……っ」

 近づいてきた唇に、リオンはぎゅ、と目を瞑った。彼はためらったりはしない。ダンテの唇が重なった瞬間、くらくらするような、薔薇の匂いがした。


 唇が、触れただけで離れていく。真っ赤になってふらふらと頭を揺らすリオンに、ダンテは呆れた声を出した。

「いつになったら慣れるんだ、おまえ」

「慣れま、せん」


 彼、ダンテ・ロズウェルとリオンは恋仲ではない。なのになぜ昼間からキスをしているのかというと──それには、深い事情があるのだ。

 話はそう、ひと月前にさかのぼる。



 ☆



 はああ、という深いため息が、少女の口から漏れる。

「追試かあ……」

 リオン・オランジュは、手元の紙を見ながらとぼとぼと歩いていた。華奢な体躯を包む制服。柔らかそうな橙色の髪が肩に落ちていた。階段に差し掛かり、誰かにぶつかりかけたリオンは、慌てて立ち止まり、頭を下げる。


「すいません!」

 と、持っていた紙をひったくられた。

「!」

 顔をあげたら、ひとりの少年がこちらを見下ろしていた。用紙を眺め、皮肉げに笑う。

「E判定か。ひどいもんだ」

「か、かえして!」


 リオンの手をかわすべく、つまんだ紙をひらりと揺らし、彼は言い募る。

「よくこの成績で花魔術院(フラウィザードアカデミー)に入れたな、綿毛」

 ムキになりながら、リオンは叫ぶ。

「私は綿毛じゃありません、リオン・オランジュです!」

「E判定なんて、狙っても取れないだろ」

 リオンは成績表をひったくり、目の前の男を睨んだ。


「そりゃ、あなたは天才だから」

 彼──ダンテ・ロズウェルは、紅い瞳をこちらに向け、意地悪く笑う。端正な顔立ちなのに、リオンの前ではいつもそんな顔をしてみせるせいで、どこか歪んだ印象を受けた。


「100と0はどちらも極端な数値だ。つまり極端さでいえば、おまえも天才ってことになるな」

 花術院の制服ではなく、シャツの上に白衣を羽織った姿がトレードマークの彼は、この学院始まって以来の天才と呼ばれていた。しかし……。


「綿毛の魔術師。……ぷっ」

 クスクス。そんな笑い声が聞こえそうなほどに肩を震わせている。彼はなにかとリオンを馬鹿にするし、意地が悪いのだ。


「ぷ、魔術花(プリティモ)が薔薇だからって、威張らないで!」

「それはダジャレか? 全然笑えないんだが」

「〜っ!」


 リオンはダンテを避け、階段を登り始めた。後ろから彼の声が追いかけてくる。

「なあ、なんなら俺が花のあやつり方を教えてやろうか?」

「結構です!」


 またクスクスという笑い声が聞こえる。やな感じ。すれ違った女の子たちが、頰を染め、ひそひそ話している。

「ねえ、ダンテよ」

「素敵ね」


 リオンは、背後を歩く少年をちら、と見た。

 たしかに、ダンテは黙っていたらこの学院のどんな男子よりも素敵だ。漆黒の髪は艶めいていて、瞳はルビーのように紅い。彼の魔術花──プリティモと呼ばれる、個々の魔力を具現化した花──も相まって、薔薇の王子様、なんてあだ名があるくらいだし。


「でも、基本冷たいのよね。話しかけられてもにこりともしないし、告白されても誰とも付き合わないんですって」

「綺麗な薔薇には棘がある、ってやつよね。観賞用よ、ダンテは」


 冷たいというより、意地悪なんだと思うけど、たしかにダンテは、近づきにくい雰囲気を持っている。からかってきたと思えば、突然冷めたような態度をとったり。それは彼の性質なのか、それとも、ロズウェルの血を継いでいるからなのだろうか。


 ロズウェル。唯一赤い薔薇を使える血族だ。


 この学院は、あらゆる地方から魔法の才能がある者たちが集まっている。魔法が使えるか否かは、生まれる前から決まっていて、それは「花」を持っているかどうかが関わっていた。ただ、「花」を持っていたとしても、リオンのような落ちこぼれもいるのだが。



 教室に、カツカツとチョークが鳴る音が響いている。チョークは、人の手に握られているわけではなかった。教師は壇上に椅子を置いて腰掛けたまま。彼の足元に咲いたアマリリスから、蔓が伸びていて、チョークに絡みついている。教師は、蔓でチョークを操っているのだった。


 いま行われているのは、「蔓を自在に使って字を書く」という授業だ。


 リオンはちょろっと生えた蔓を使い、羊皮紙に板書を写していた。必死な形相でペンを走らせていると、チャイムが鳴り響く。周りの生徒たちはその瞬間席を立ち、羊皮紙を机に置いて、教室を出て行った。


 まだ板書を終えていないリオンは、続きを書こうとしたのだが──。


 教師が伸ばしてきた蔓に、羊皮紙を奪い取られる。

「あ、あっ」

 リオンは慌てて羊皮紙を追いかけた。

「タイムアップだ、リオン・オランジュ。また補習だな」

 教師が呆れた様に眉をあげる。

「まったく君ときたら、あらゆる実技において補習だとは。嘆かわしい」

「っ」

 リオンはかあっ、と赤くなった。


 その時、白衣が傍をひらりと通り過ぎた。ダンテは教師に向かって、

「先生。ここの解式、間違ってますよ」

 羊皮紙を差し出す。教師がとなにっ、と目を剥いて、羊皮紙を奪い取った。それから、ひくりと顔を引きつらせる。


「っお、おお! まあ、「花魔術師も蔓の誤り」というしな! はは!」

 ダンテは教師を胡乱な目で見て、さっさと歩き出した。

「君、ダンテくんに教授を願ったらどうかね?」

 教師がリオンにこっそり言う。ダンテが快く教えてくれるわけがない。あんなに意地悪なのに。

「まあ、君とダンテくんではレベルが違いすぎて、会話できないかもしれないがな」

 なにせ、教師よりも優秀なのだから。彼はそう呟き、肩を竦めた。


 ダンテは学園一の花魔術師。リオンは学園一のおちこぼれ。確かに、理解し合える点など、何一つなさそうだった。入学以来、よく馬鹿にはされるのだけれど……。



 ★



 花魔術師という存在は、200年ほど前に現れたと言われている。それまでは、街中や庭には、自然の草花が咲き誇っていた。しかし、花魔術が発見されてからは、「自然の草花」は不必要になった。


植物は、世話をしなければならないものだ。忙しく生きる人々──美しい花は眺めたいが、育てる暇は惜しみたい──そんな人々にとって花魔術は、まさにもってこいの魔法なのだ。


 花魔術は実験によって進化し、あらゆる種の保存に成功した。自然の植物は必要ない。虫や動物が減った際も、食料の確保は十分。以前はともあれ、今の価値観はそうなっているのだ。


 だがリオンは正直なところ、花魔術で咲かせた花よりも、自然に咲いている花の方が好きだった。


 おちこぼれのリオンがそんなことを言っても、あまり説得力はないのかもしれないが……。


 花魔術院(フラウィザード)には、生徒たちが快適な学園生活を過ごせるように、あらゆる設備が整えられている。食堂や購買。実験室は六つあり、いつでも利用可能だ。花魔術で彩られた温室は、生徒たちの憩いの場になっている。


グラウンドでは、花魔術を使ったスポーツが行われていた。巨大化した花を浮かせて上に乗り、ボールを取り合う、「花籠(フラケット)」というスポーツだ。


 金髪の青年がボールをゴールに投げると、女の子たちの黄色い歓声があがる。リオンは屋上で、文字通り華やかな場を見下ろしていた。滅多に人が来ない、寂れた屋上。リオンはここが好きだった。入学当初から、落ち込むとよくここにきていた。


「さてと」

 リオンは足元に置いてあるじょうろを持ち上げ、給水塔へと向かう。水を汲み上げ、重さに耐えながら花壇へと向かう。花壇は風除けのため、ビニールで覆われていた。ビニールをのけたリオンは、植えた球根の様子を眺める。


「うーん、育つかなあ」

 予定では、そろそろ芽が出る頃なんだけど。リオンは雨水をためたじょうろを運び、土に水をかけた。

「大きくなあれ」

 鼻歌交じりに水をやっていたら、屋上のドアがガチャリと開いた。


「あ」

 現れたのはダンテだ。リオンは慌ててじょうろを置いて、屋上の陰に隠れる。隠れる必要などないはずなのだが、また嫌味を言われるのは嫌だった。


 どくどく心臓を鳴らしながら様子を伺っていたら、ダンテに続いて女の子が歩いて来た。彼は女の子と向き合い、無関心な口調で尋ねる。

「話って?」

 リオンは、建物の影から、こっそりと彼らの様子をうかがう。


 ──わ、かわいい子。ダンテの向かいに立っていたのは、まるでお姫様みたいに可憐な女の子だった。彼女は顔を赤らめ、


「あの……私、ずっとあなたが好きだったの」

 これ、告白だ。告白されているのはダンテなのに、なぜかリオンの心臓が高鳴り出す。

「へえ」

 あくまでも冷えた声に、リオンは息を飲む。


「付き合って、ほしいの」

 彼女は恥ずかしそうに瞳を揺らす。リオンは、自分のことのようにドキドキした。

「いいよ」

 え。その返事に、リオンは目を見開いた。あんなに冷たいリアクションをしておきながら、オッケーするなんて。

「ただし、俺の花魔術を破れたら」


 次いで告げられた言葉に、リオンはまたギョッとした。女の子も驚いたようだったが、意を決したように頷く。

「いくぞ」


 ダンテが手のひらをかざすと、地面が光り出し、みるみるうちに大輪のバラが咲きほこった。しゅるり、と薔薇の蔓が出て来る。リオンは、その壮麗さに見惚れた。


 女の子も手のひらをかざし、足元に百合の花を出現させる。魔力の大きさは、術者の足元に出た花の大きさでわかる。彼女もかなりの魔力を持っているようだが、ダンテの薔薇とは比べものにならない。


 あれだけの大きさの薔薇、しかも、赤い薔薇を出せるのは、恐らく今この世界にダンテひとりだけだ。


 ダンテが操るツルの棘が、女の子の白い花びらを切り裂いた。その瞬間、女の子ががくりと膝を落とす。ダンテが手を下ろすと、大輪の薔薇がふうっ、と消えた。ダンテは女の子を見下ろし、無情なひとことをつげる。


「約束だ。あんたとは付き合わない」

「……っ」

 女の子が目を潤ませて顔を覆った。そのまま立ち上がって駆け出した彼女は、屋上の扉から出ていく。

 そんな。こんなのあんまりにも、ひどい──。私は持っていたじょうろを、ぎゅ、と握りしめた。


 歩き出そうとしたダンテを呼び止める。

「待って!」

 ぴたりと立ち止まったダンテが、こちらを振り向いた。


「何してるんだ、綿毛」

「綿毛じゃないっ、リオン!」

「まさか覗き見してたのか。そんな場合か? 落第生」

「まだ落第してないっ!」

 リオンは小さな声で呟く。


「 あんなやり方、ひどいよ」

「ひどい? なにが」

「あなたに勝てる人間なんて、いないのに。勝てるはずのない勝負を持ちかけるなんて」

「だからだよ」

「え?」

「勝てるはずがないのに受けたんだから、結果に納得してもらわなきゃ困る」

「でも」

「それに、俺の薔薇を無効化できない人間なんか必要ない」


 その言葉に、リオンは首を傾げた。

「どういう、意味?」

 ダンテは口を開きかけ、また閉じた。

「綿毛には関係ない話だ。おまえは百花の中で最弱のたんぽぽだからな」

 リオンはぐ、と詰まった。ダンテの言葉は的を射ていたからだ──。


「そ、そんなの、やってみなきゃわからない」

「へえ」

 近づいて来たダンテから、リオンは後ずさった。

「な、に」

「やってみせろよ。無効化できたら、綿毛って呼ぶのをやめてやる」


 ──そもそも私は綿毛じゃないし、そんな条件をつけられる筋合いはない──そう反論したくても、リオンにできるのはただただ後ずさることだけだ。


 ついには、じょうろひとつぶん空いての距離で、ダンテと相対することになった。彼がゆっくりと手のひらをこちらに向ける。リオンは慌ててじょうろを置き、彼にならった。


ダンテの足元には薔薇が咲き誇り、リオンの足元にはたんぽぽの花が咲く。両者の花のどちらが優れているかは、比べるべくもなかった。


 薔薇から伸びてきた蔓によって、一瞬で、リオンの花は散らされる。ああやっぱり、無理だ。リオンがそう思いかけたとき、ダンテが無表情でこちらを見ているのに気づいた。


 ──なんで、そんな顔するの?なにかを諦めてるみたいな。無表情なのに、なんだか苦しそうな顔。

 そんな顔、しないで。リオンがそう思った瞬間、ふわりと柔らかいものが宙を舞った。


「!」

 ふわふわと浮く綿毛が、舞い降りてきて、薔薇の棘に付着していく。ダンテは珍しく目を見開いて、その様子を見ていた。棘が綿で覆われ、薔薇は毒気を抜かれたかのように動きを止める。ダンテは、停止した蔓を呆然と見つめる。


「なんだ……これ」

 紅い瞳がこちらを向いて、リオンはびくりとした。ダンテが足元の薔薇を消し、リオンに身を寄せる。いきなり至近距離に顔が近づき、リオンは慌てて彼を押しのけた。


「な、なにっ」

「いいからじっとしろ」

 大きな手のひらがリオンの手首を掴んだ。──え。と思った瞬間。


 唇に柔らかい感触がした。

 き、す、して、る?

 薔薇の、匂い。ぶわっと体温が高くなる。


 次の瞬間、ふわ、とダンテの体を綿毛が包んだ。

 唇が離れていくやいなや、リオンはばっ、と口もとを覆った。なに、いまのは、なに!? ダンテは平然としつつ、手のひらを冷静な顔で見ている。なぜ冷静? なぜじっと手を見る?


「……呪いが」

「え?」

「もう一回」

「え、ちょ、やだっ」

 また近づいてきた顔にびくりとし、リオンは思わずダンテにばしゃりと水をかけた。

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