表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月夜の新学期  作者: あおい
02
9/32

02-3


「次って何だっけ」


「音楽だよ。多分校歌の練習だね」


「そっか」


 ――音楽、ね。


「それよりアスミ」


「ん?」


「友達になろう」


 それはあまりにもストレートな申し入れだった。

 友達って、自然になるのではないのだろうか。友達らしい友達が居ないので、よく分からないが。


 ――あ。だから気遣って、そんな事を言ってるのか? 友達も作れないような男だって、思われてる?


 友達が居ないのは本当だから、何も言い返せないけれど。


「あのね、アスミ」


「はい」


「友達になるのにセオリーとかって、無いから」


 こちらを見上げて笑う来栖。

 あまりにも明るくて、アスミの胸に沸いた疑いが溶けてしまいそうになる。


「きっかけなんか、どうだっていいでしょ。一緒に居て楽しいなら、それで」


 下足室に辿り着き、それぞれロッカーを開ける。


「……お前、俺と居て楽しいのか」


 数秒、彼女は考えてから。


「そうだね」と微笑んだけど、本当だろうか。


「だってアスミみたいなタイプって、見渡しても他に居ないしさ」


 ――それ、珍しいって事だろ。楽しい、とはちょっと違うよーな。でも新しいモノや珍しいモノが好きな奴って居るか。う~ん。


「あのさ、そんな悩まないで欲しいんだけど。さすがにちょっと恥ずかしい、よ?」


「え? あ、ごめん」


「いや、謝んなくていいけど。僕はさ、ただ素直に」


 ――うん。……え?


 アスミは右横を見た。女子のエリアで、ロッカーの扉を開けている人物を。

 彼女は耳まで赤くして、硬直している。


「い、今、お前……ぼ……」


 その首がゆっくりと動き、顔がこちらを向いた。

 真っ赤だ。首まで赤く染まっている。


 ――うわぁ。すっごく恥ずかしそうだな。


 その顔が、強張ってしまっていた。全身がピクピクと震えている。


「聞いて、いいのか?」


 その問いに、来栖の身体がビクン、と痙攣した。


「いいのか?」


 このまま、理由も知らずにアスミが考えたいように考えてしまっていいのか?

 それとも、事実を説明出来るように質問をしていいのか?


 さっき、ベンチで笑っていた人間と同一人物だとは思えない。顔が強張って、身動きも出来ない様子でフリーズしてしまっている。


 アスミは彼女の足下を見た。靴は履き替え終わっている。


「あの、とりあえずロッカーの扉閉めれば?」


「ウ、ウン……」


 肩が、腕が、カクンカクンと動き、パクッと扉は閉められた。

 そして、異様にぎこちない足取りで歩いて来る。


「お、オンガクシツ」


「その前に一度、教室だろ」


「ウ、ウン。ソウダネ」


 ――すげぇ。昔の世代の、面白くないギャグみたい。


 不自然な操り人形がギクシャクと不自然に歩いてゆく。


「ダメだ、やっぱり我慢出来ん。ちょっと待て、来栖っ」


 ピタリ。停止する。


「ちょっとこっち」と言って、廊下の隅に彼女を引っ張る。消火栓入れの横だった。


「そのまま教室に戻るのは止めとけ、な」


「デモ」


「弁解があるなら聞くから、それから戻ろう」


「ウ、ウン」


「じゃあ聞くぞ。お前さっき、自分の事を〈僕〉ってナチュラルに言ったよな。あれ、どう言う事だ? オタクがたまに口にする〈僕っ子〉とか言うヤツなのか? お前」


 それならそれで別にいいんだけど。でも、この動揺っぷりは違うのだろうな。


「違ウ……オ姉チャンガ女ノ子ダカラ、自分ハ男ノ子ナンダッテ、暗示。暗示カケタ」


「どうして」


 不意に来栖の瞳の、瞳孔が開いたように見えた。

 小さな口が、息を吸い込む。


「男の子だからお母さんは、僕の事がお姉ちゃんほどには好きじゃないんだよ」


 アスミの息が止まる。


「分かった、もうい……」


「うちのお母さんはアスミの事も嫌いだった。あの時のケガの、何千分の一かは、あの人の責任」


 サクリ。と新しく心が切れた。

 痛いかどうかは分からない。今、来栖の事で動揺してるし。


「私はよく倒れるから。熱が出るから。お姉ちゃんみたいに踊って、お母さんを喜ばせてあげられない。でもそれは私が悪いんじゃなくて、きっと私は男の子なんだよ。だから、女の子の方が好きなお母さんだから、僕の方を振り向いてくれなくても仕方ないんだ。だってお姉ちゃんがカゼをひいて寝込んだ時には、あんなにも心配してるんだし」


「もういいって」


 来栖がため息を吐いて、うつむく。そして「ごめん」と呟いた。


「他の人には?」


 黙って首を横に振る。


「そうか」


「気持ち悪い?」


「いや。突然だったから驚いただけだ」


「でも」


「自分の事を〈オレ〉とか言ってるガラの悪い子だって居るんだし、そのヘンは別に」


「うちのお母さんの事、聞きたい? アスミを嫌ってるって話」


 聞きたく無い。それが本音だ。

 と言うか、そんな事は知りたくもなかった。見入らぬ人だが、そんな人にまで嫌われてるなんて、結構ショックかも知れない。


 でも今は。


「それはまた今度にして、とりあえず教室に戻ろう。音楽室まで行かなきゃいけないんだから」


「ん。そうだね」


 ふたりで教室に戻ると、藤沢と葛西に声をかけられ、一緒に音楽室へ向かう事になった。

 なので、話の続きは出来ない。


 ――学校の廊下を歩きながらするような話でもないか。


 それにしても。

〈昔〉がアスミを追いかけて来る。葛西に始まり、ツカサに来栖。こうも続くと気味が悪い。


 ――あのホールが取り壊されるから? まさかね。関係ないよな。


 廊下を歩きながら窓の外に視線を流す。

 音楽室は新館の三階なので、樹木が少し下に見えた。桜はもうほぼ、散り終わっていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ