07-5
あの頃。
新しくユニットを組んだばかりの頃。
アスミは愛想もないし、ちょっと取っ付き難い子供だけれど、仲よく出来るならそれに超した事はないと、アオイだって考えていた。
誰だってそうだと思う。しばらく一緒に行動する事になった相手なのだから。
年齢もバラバラな男子が四人。
六年生の自分と、五年生のヒロキにツカサ。そして三年生のアスミ。
ヒロキもツカサも実力は学年トップクラスだったし、アスミだって可愛げこそないものの実力だけはあった。
そんな自分達に課せられるハードルは高いだろうが、この四人なら乗り越えられると思っていた。
現に講師達からの課題要求はどれもクリア出来たし、技術に関する不安は持っていなかった。
例え最初は出来なくても練習し続け、自分のものにしてしまう。四人ともそれが出来る人間だった。
一番年下のアスミでさえ愚痴ひとつ零さず、苦手なダブルダッチを取り入れた振り付けをこなせるようになっていた。
頑張るとはどう言う事か、感覚で理解出来ている子達だった。
他人は持ち得ない、先天的なセンスとスタンスが似通っていたのだと今では思う。
そんな四人で踊る事に対しアオイは、何の不満もなかったのだ。
愛想のない子供なんてどこにだって居るし、愛想がないからと言ってアスミは悪い子ではない。
だが他人は、自分達四人について好き勝手な事を言った。
アオイはマコトほどではないものの、キッズクラスではリーダー的な役割をさせられていた。
アスミは言うまでもなく、悪い意味で目立つ子だった。
そんな自分達と組む事になったふたりが、噂の生け贄となったのだ。
ヒロキとツカサである。
『聞いたかよ? あいつら、年下のガキの引き立て役だとよ』
『ひゃ~ははは、情っさけね。オマケじゃんよ』
『あいつらと俺と、そんな違いがあるとは思えないんだけどなぁ』
『あのポジションは結局、誰でもよかったんじゃねーの』
『あそこに潜り込めるとか、運だよ運。センセ達の、ちょっとした気まぐれユニットさ』
『いやぁ~逆にさぁ、アスミちゃんに引っ張り上げてもらってるんじゃ』
『いいよなぁ、アオイさんとアスミだって。注目集めるし目立つに決まってるもんな。ズリぃわ~』
『ホントマジ俺と変われってカンジ』
そして、アスミがあのケガをした後だって。
『犯人、実はあいつらじゃねーのぉ』
『だってあの構成、あからさまにアオイとアスミがメインだったもんなぁ。アスミなんて二学年も下だしさぁ、腹立つの分かるわ』
『動機は嫉妬か……情状酌量あるかな』
『警察とか弁護士とか来たら、俺チクっちゃお~っと』
『おまわりさん、あの人達です! ひひゃっ』
なぜヒロキとツカサがそこまで言われなければならないのか。
アオイは血が逆流しそうなほど腹が立った。
誰かがアオイに直接吹き込んだ噂ではない。自分には隠そうとしている空気も感じていた。
けれど、そう言うものはどうしても聞こえて来るのだ。
ロッカールームで、廊下で、帰り道で、不意に誰かの声が流れて来る。
ふたりをバカにしたニヤけ声が、耳に届く。
あんな噂の嵐の中で、ヒロキとツカサはどんな気持ちで過ごしていただろう。
あのふたりはアオイに、一度たりとも愚痴らなかった。
「あいつらにバカにされてる」と漏らす事もなかった。
もちろん、ふたりで話し合ったりはしたのだろう。
その結論として、アオイには愚痴らない。そう答えを出したのではないだろうかとアオイは思っている。
ユニットの中には、そんなふたりとアスミが居て。
アオイの気持ちはバランスを崩した。
あんな状況の中に居て、どうしてアオイがアスミの方に付ける? 付けるわけがない。
あの子にはマコトだって居るのだし、放っておいても勝手に育つだろう。こちらから近づいても迷惑そうな顔しかしないのに、必要以上に構う理由などどこにも無い。
アスミは放っておいて大丈夫だ。そう言う子なのだ。
だから自分は、せめて自分だけは、あのふたりのため傍に居よう。
噂を無かった事には出来ないけれど、せめてアオイだけは誠実に接してやりたい。
そう考えたし、そう行動した。
ケガをして、アスミはスタジオをやめてしまった。
その引き金を引いたのは多分、自分だ。
みんなの前で「やめろ」と言ってしまったのは、あまりにも軽卒だったと反省している。
自分を責める気持ちが、未だに治まらない。
チクチクチクチクと罪悪感が疼き続け、ずうっと解放されない。
だから昨夜、アスミを見かけてしまった時、追いかけずにはいられなかった。
このホールに向かうと言う声が耳に届いた時、どんな悪夢かと思った。
でも悪夢などではない。
あの子は現実に今も生きていて、アスミなりの毎日を過ごしている。自分がこうやって、日々を過ごしているように。
アスミはあんな場所に来てまで、八つ当たりの犠牲になろうとしていた。
抵抗する様子さえ見えない。
オカルトチックな会話の中身は理解出来なかったけれど、女の子が本気でアスミに危害を加えそうだと言う事だけは分かった。
どうやって助けよう?
口で説得出来るほど、アオイには事態の把握が出来ていない。
けれどそのまま見過ごすわけにもいかなかった。
これ以上、イヤな自分にはなれない。だけどどうすれば助けられるのか、見当がつかない。
どうしようかと戸惑っていた時だ。
〈宵闇の伽番〉と名乗る声が、アオイの意識にアクセスして来たのは。
『あの子を助けるのに協力してくれないだろうか。きみの身体なら、私を受け入れられる』
始めはどう言う意味か理解出来なかった。幻聴かとも思った。
けれどその相手はアオイに、アスミについての情報を流し込んで来たのだ。
アスミを狙っているのは今も昔も同じ奴らで、このままでは確実に始末されてしまう。
ひとりきりでこの場を抜け出せはしないだろう。
アスミはすでに殺されるのを覚悟してしまっている事。
生き続ける事に未練も価値も持てないでいる事。
ただひとつ願っているのは、殺される時の痛みや苦しみが少なければいいな、と言う事のみ。
アオイは愕然とした。
あの子はダンスをやめてしまったように、生きる事すらやめようとしている。
努力する事を知っているくせに。結果だって出して来たくせに。
アスミは様々な事を投げ捨てていたのだ。ダンスもそのひとつに過ぎなかったのか。
彼はこれまで、どんな思いで生きて来たのだろう。アオイには到底理解出来ない。
殺されてもいいなんて思っているのか? 本当に?
『アオイ。アスミのこと、たのむな』
アスミが初めてスタジオにやって来た日、マコトに背中を叩かれた。
その記憶が突然、蘇る。
振り向くと、闇色の布を身に纏った清廉そうな顔立ちの男が、こちらを見て微笑んでいた。
その腕に背中を軽くトン、とタッチされたのだ。
断れるはずが、ない。




