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月夜の新学期  作者: あおい
01
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01-2


 保健室には誰も居なくて、とりあえず葛西が来栖をベッドに寝かせる。


「あの、ごめんね。本当にありがとう」


 頬を染め、葛西を見つめて微笑む来栖。


「ううん、気にしないで。朝から少しシンドそうだったけど、入学式でも倒れなかったし、よく頑張ったよ。うん」


 ――へぇ。葛西ってそんな事を人に言ってあげられる奴なのか。


「うん、うん。少しゆっくりして、それから帰ろうね」


 癒しにも似た声を持つ藤沢も、静かにそう言った。


「少し眠ったらどう? あたしでよかったら帰り、送って行ってあげるけど」


 来栖は小さく首を横に振り「大丈夫」と呟いた。


「よくある事だから、心配しないで」


「え? そ、そうなの? ……そっか。来栖さん、身体弱いんだ?」


 こくん、と頷く来栖。


「入学式だったもんね。イベント疲れかな」


 葛西の言葉を来栖は、否定も肯定もしなかった。

 そして、数秒後。


 来栖は不意にこちらを見た。


 ――えっ?


 ひとり離れた場所に立っていたアスミを、見ている。

 澄んだ冷水の泉のように潤んだ瞳で、真っすぐにこちらを見つめて来る。

 顎が細くて童顔で、白い肌を熱で赤く染めた女の子が、ただ、静かに見つめる。


 それに気付いた葛西と藤沢が、ゆっくりとこちらを振り返った。


「え、な……何?」


「皆丘くん、もしかして知り合い?」


 葛西の言葉に、アスミは首を横に振った。藤沢は不思議そうな表情をするだけで、何も言わない。


 ――え。ちょ……何? この状況。


 意味が分からない。


「熱が出ちゃったのは……朝、教室で皆丘くんを見つけたから」


「えっ」と叫んだのは、葛西とアスミだった。


「私、何年も前から皆丘くんに会いたくて、会えなくて」


 葛西が「知り合いかよ!」と言わんばかりの強い視線を投げつけて来る。


「聞いて欲しい事と、聞いてみたい事が……あったの。もうずっと、ずうっと――思って来た事が」


 ――〈何年も〉って、何年だ? 具体的に何年だ? まさか四年前とか言わないよなっ。


 忌々しいあの四年前。


 ――この子を葛西が知らないなら学校は違ったんだろうし、なら……ダンススタジオの奴か?


 ――……いや。キッズクラスはそれこそ大所帯だったけど、同学年は言う程の人数ではなかった。こんな子、居なかったと思う。


 同じ時期に入った〈同期〉はそれこそ学年がバラバラだけれど、パンフレットなどに掲載される時は学年順だった。

 アスミは当時の顔写真を思い出してみたけれど、やはりこんな子は居なかった。


 ならばいつ、どこで?

 アスミの存在を確認しただけで発熱させてしまうほどの出来事が、あった?


 自分に関する出来事なら、忘れたくても忘れられない。

 でも、他人の人生にそんな深く関わって来た覚えもない。


 それこそ、スタジオ内オーディションで蹴落として来た奴くらいしか心当たりがないし、それに。

 あの頃のアスミは、同じ歳の女の子なんて相手にしてはいなかった。


 心当たりが、全く無いのである。


「皆丘くんと話が……したい。してみたい」


 来栖が呟く。

 その時に「でも」と言ったのは、藤沢。


「それは今日じゃなきゃダメなのかな」


 藤沢の指先が優しげに、来栖の胸元辺りのシーツをトントン、と揺らした。ゆっくりと、二回。


「そんな事ないよね? 皆丘くんに会えると思っていなかったから驚いて、お熱が出ちゃったんだもんね? と言う事は、今日じゃなくてもいいんだよね? そのお話」


 戸惑ったように来栖が「う、うん」と答える。


「じゃあまた今度にしよ。今は来栖さんの身体が一番大切だと思うの。きちんと労ってあげなきゃ」


 小さな子供に言い聞かせるような、優しい優しい声だ。


「それに、皆丘くんは逃げないよ。もうクラスメートになっちゃったんだから、一年間はわたし達とずうっと一緒なの」


 ――いや藤沢さん。話の内容によっては俺、逃げたいかも。


「そうよねー。じゃあさ、皆丘くん。来栖さんと指切りしようか」


 突然、葛西がそんな事を提案した。


「葛西さんすごーい。お約束しちゃったら来栖さんも安心して身体休ませてあげられるね」


 喜ぶ藤沢。アスミは葛西にグイグイと腕を引かれ、ベッドサイドまで連れて行かれた。そして。


「はい。ふたり共、小指出して~」


 葛西の言葉を聞いて、来栖が申し訳なさそうな視線でこちらを見上げる。

 その瞳は『いいの? ダメなの?』と問いかけて来ているようであった。


「ほらほら」と葛西主導で、来栖と指が絡まる。


 ――あ……。


 触れた来栖の肌はほんのりと熱くて、本当に具合が悪いのだと伝わって来た。


「本当に大丈夫なのか? 体温計とかって、ここ……」


「ほんとに、いつもの事だから」


「はいはい、指切りよ。嘘ついたら針千本飲~ますッ」


 細くて弱々しい来栖の指と、約束を交わした。


 ――何て頼りない指……藤沢さんが心配して身体を労れと言うのも分かる気がする。


 身体の弱いこんな子が、自分なんかに何の話があると言うのだろう。気にはなるけれど、今は聞けない。


「じゃあ来栖さんは一眠りして。後で迎えに来るから」


 葛西が言うと、来栖は「そんな……」と言って上半身を起こそうとした。


「あたし、校内見学して来るね。今日、部活してるところもあるみたいだし」


「あ、わたしも吹奏楽部見学してみたいなぁ」


「そー言えばゆうなちゃん、フルート奏者だもんねぇ」


 藤沢は頬を染めて「へ……ヘタクソだけど」と言って苦笑いを浮かべた。


「だから来栖さん、遠慮なんてしないで寝ててね。あ。皆丘くんも一緒に行く?」


「いや、俺はいい」

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