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月夜の新学期  作者: あおい
07
29/32

07-4


「もぉ。こんな所で寝たりして、風邪ひいちゃったらどうするの。私の……責任になっちゃう、でしょ」


 両膝を抱えて顔を伏せ、眠ってしまったアスミに抗議するのだが、小声過ぎて彼の意識には届かない。

 来栖冴季もアスミの隣にしゃがみ込み、その伏せられた横顔を見つめた。


 肌も服も髪も、土や血で汚れてしまっている。

 目を閉じ眠っているアスミの表情は、まだ小学生でも通りそうだ。なのに中身はシッカリ男の子で。

 自分なんかよりも全然、大人なのかも知れない。


 ――そうだよ、何もかも私の責任だよ。ごめんね、勝手に憎んでたの。あなたがこんな人だなんて、思ってなかった。


 仮想敵に仕立て上げられ、刃を向けられ……なのに大した抵抗もせず、冴季に殺されようとするなんて。


 アスミがダンスをやめた噂は聞いていた。

 表舞台から姿を消したからこそ、同じクラスで驚いたのだし。


「〈あの〉皆丘アスミと同じクラスになるなんて、ね」


 話がしたいと言えば付き合ってくれた。

 藤沢ゆうなが危険だと吹き込めば、嫌な思い出の場所にも来てくれた。


 お人よし過ぎて、危害を加えるには簡単過ぎる相手だ。

 彼を守ろうとする者さえ現れなければ、今頃――。


 ――どうして。どうしてこんなにもアスミが憎かったの? 悔しかったの? 殺せるチャンスがこんな容易に巡って来たの? どうして。


 鼻の奥が、痛い。



『藤沢さんを助けられるのか』

『藤沢さんは無事なんだろうな?』

『アオイには手を出すな』

『お前達が壊したいのは、俺だろう?』

『お前のために、お前の服を買ってやる』


 ――自分の事より、他人の事ばっかり。バカみたいだよ、アスミ。


 涙が零れそうになった、その時。


「そいつ、俺の背中に乗せてくれるか」


 突然話しかけられ振り向くと、地下で会ったアオイとか言う人が居た。


 彼はアスミの左腕を持ち上げ、その横に自らしゃがみ込む。

 その背中にアスミの体重を移動して欲しい、と言っているようだ。


「どうするんですか」


「連れて帰る。こいつの自宅、知ってるか?」


「知りません。同じクラスになったばかりだし」


 その人は数秒、苦い表情を浮かべて。


「仕方ない。うちに連れて帰るか」と呟いた。


「え、あなたの家に?」


「きみの自宅でいいなら、そっちに運ぶけど」


「無理、それはダメ……アスミがお母さんに虐められちゃう」


 アオイは深いため息を吐いた。


「とにかく、頼む」


 言われるままアスミの身体を引っ張って、その人の背中に乗せようと頑張る。


 ――け、結構重いな。


 脇に手を入れ結構乱暴に、放り投げるようにしてその人の背中に乗せたのだが、アスミは起きなかった。

 目を閉じたままグッタリと、彼の背中にもたれかかっている。


 アスミを背負い、スッと立ち上がるアオイ。

 それに比べ冴季は、息が乱れていた。少し頑張っただけで苦しくなる、自分の身体が恨めしい。


 そう。恨めしいのは自分自身だ。

 見える事も、弱い事も、親に愛されていない事も、全てアスミには関係なかったのに。


 どうして、いつの間に、すり替えてしまったのだろう。


「あ、あの」


「なんだ」


「アスミ、疲れてるだろうから、その」


 大切に扱ってあげて欲しい、とは言い難かった。彼を傷物にしたのは自分、だし。


「えっと……よろしくお願いします」


「ああ。分かった」


 そう言ってアオイはアスミを背負い、その道を行ってしまった。冴季の戻る道とは違う方向へ。


 本当はアスミに付いて行きたかったけれど、アオイが迷惑だろう。

 アオイに迷惑がかかるような行動を、アスミが喜ぶはずはない。


 ほろり。と涙が滴る。胸が痛くて、とても悲しい。


 ――どうしよう……私、どうしたらいいの?


 不安と呵責で涙が止まらない。


 ――心が、痛いよ……誰か、助けて。

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