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月夜の新学期  作者: あおい
07
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07-2


 アスミがあの舞で掴んだのは、違う〈場所〉へアクセスする方法だった。


 どのようなスピードで、どのような心持ちで、どれほどの集中力で、どのような角度から、どのような精神状態を保てば〈それ〉が叶うのか。


 どんな風に呼吸やタイミングを整えればいいのか。


 自分をどうすれば次元を突破出来るのか。アクセス出来るのか。


 それを身体でマスターさせられたのだ。

 あの舞には〈そこ〉へ到達するための、様々な〈ルート〉が隠されている。


 だが代々、舞を伝えてきたと言う姫巫女達は、その〈舞の実態〉を理解していないだろう。あれは、肉の身体を持つ者だけが知るべきものだ。

 元から異空間の存在である彼女達には必要がなく、だから〈隠された意図〉には気づけない。


 そして。

 次元を超える術なのだから身体が砕けそうに反応するのは当然だし、どんな身体でも耐えられるわけではないと言うのも、よく分かった。


 姫巫女が言うように〈質〉が違えば、アオイほどの踊り手であっても耐えられはしない。

 精神が壊れたり、肉体が物理的に砕け散ったり、するのだろう。そんな気がする。


 アクセスした先が〈神の世界〉、と言われる理由も分かった。

〈あそこ〉は〈創造する次元〉なのだ。


 この剣のようにイメージさえすれば、きっと何でも創造出来る。

 正しくアクセスし、思えば、願えば、手にする事が出来るのだ。


 だがエネルギー密度は濃厚で、油断してアクセスすれば、細胞は押し潰されてしまうだろう。


 でも一度、アクセスを成功させたアスミには恩恵があった。

 あんなにヘトヘトだった身体が、元気になっている。

 あの濃密な世界のひと雫が、身体中に満ちたのだ。


 姫巫女が言っていたように、自分は変わる。

 アスミはきっともう、人間としてのラインを超えた。変わってしまった。


 その事で、もしかしたら副作用があるかも知れない。躁鬱のように、反動が来ないとは限らない。

 けれどそんな事、今は分からない。


 とりあえずあの目障りな狐を、どうにかしてしまおう。

 アスミは螺旋の風に吹き上げられながら、思った。


 狐の身体は自分よりも軽いのか。彼はアスミよりほんの僅か、少しだけ〈上〉に居た。




『死ね――死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね! お前なんか死んでしまえ! クソ人間っ!』


 死ぬのはお前の方だ、と言い返してやりたかったが、考えてみればあの狐はもうとっくの昔に死んだ動物だった。だから化け物だし、意思の疎通も出来ているのだが。


 ――「お前が死ね」って言い返せない、悔しい。


 アスミはこまれでずっと、他人に対するわだかまりを抱え生きて来た。

 けれど他人と触れ合う事も拒絶して来たため、罵り合いには慣れていない。言いたい事も、飲み込み続けて来た。

 日常の些細な感想すら、極力口にはしなかった。


 ので、他の人よりボキャブラリーが貧困である。


 ――くっそ、本当に悔しいなぁ……何て言い返せばスカッとするんだろ。


 悔しい。


 言い返せないのが、悔しい。

 今の気持ちを表現出来ないのが、悔しい。


 悔しい。悔しい。

 あの狐の化け物が、ムカつく――。


 ――俺だって、俺だって! 腹の中には毒が詰まってて!


 猛毒で、息も満足に出来なくて。


 ――愚痴も、言えなくて……八つ当たりすら、出来なくて……!


『言い返す事も出来ないのかよ、ドクズが! 神の犬め!』


 ――四つ脚はお前の方じゃねーか。


『俺はこのまま〈外〉に出て、人の世界をぶっ壊してやる! 俺達の犠牲の上に成り立った人間の世界なんて、破壊してやるぅぅぅ!』


 ――あんな世界、どうなろうと知るか。


 でも。

 アスミの意識を、数人の面影がチラリと過ぎった。


 祖父母。そして数少ない友達。

 来栖冴季と、藤沢ゆうな。そして葛西。


 ――……アオイ。


 彼と同時に心を過ぎったのはツカサであり、ヒロキであり。


 マコトだった。


 ――マコト……さん……!


 彼は今、どこに誰と居て、どんな生活を送っているのだろう。

 アスミの知らない場所で、後輩達と楽しく過ごしているのか。


 どこかの小さな子をまた見つけて励まし、優しく導いていたりしているのだろうか。


 遠い所で。アスミの知らない、たどり着けない場所で。


 涙が、零れた――。





『…………え』


 アスミは狐に追いつき、その身体を抱きしめる。

 胸がトクントクンと、鼓動を鳴らしていた。


「つらかったよな……寂しかったよな……お前、お前ら、そんなにも長い間苦しんで、悲しんで、充分過ぎるほどに地獄を味わったよな……」


『き……キショ……離せ、アホたれ!』


 腕の中で狐が暴れる。もしかしたら鋭い牙や爪を肌に肉に立てられ、ズタズタにされるかも知れない。

 でも、腕に力が入って、離せない。


 もうどうなってもいい。八つ裂きにされたって、もういい。

 自分なんか、どうでもいい!


 悲しくて胸が痛くて、生命を持っているのがイヤになる。

 こんな痛みを味わうなら、心なんて要らない。

 生きたくて生きてるわけじゃないし、生まれて来たくなんか、なかった。


 涙が込み上げて来て、止まらない。


「もう……イヤだ……!」


『な、ナニ泣いてんだよお前っ。かかか懐柔なんかされないからなッ』

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