05-4
「あぁ、そうか。思い出した。あの時一緒に居た人だよね。ユニットのリーダーだった人、だっけ? そろそろ放して欲しいんだけど」
来栖としてはそう言うだろう。だけど、放せるはずない。
「まぁ僕がここに寝転がっていようと、あの子達はアスミを襲うんだけどね」
その言葉が合図だったように、複数の影が飛びかかって来た。
ビクッと身体に力が入り、両腕を顔の前でクロスさせガードしようとした時。
アオイが立ち上がり、呼吸を整えたのが分かった。
そして、その手足が流れるように動いて。
影のひとつを蹴り上げた。
ぎゃうん! と悲鳴が聞こえ、ひとつの影が落ちてゆく。
アオイは続けざまに他の影を蹴り上げ、踏みつけ、首筋に肘を入れた。
――すごい……!
久しぶりに見たアオイの動きは、とても綺麗だった。
――昔からこんな風に踊ってたのか、な……気付かなかったけど、こいつ、スゴい奴だったんだ?
影を叩きのめす動きなのに、踊っているみたいだった。これまで鍛えて来た筋肉を使って動いているから、なのだろうけれど。
――力強くてしなやかで、アクションからアクションが計算されつくしているみたいに流れて。俺、こんな人と踊ってたのか。
チチッ、と小さな音がした。
ハッとしてそっちを見ると、来栖がカッターを手に持ち、アオイに向かって腕を振り上げていた。
ギョッとして「来栖!」と叫び、アスミは彼女の腕を止めようと手を出した。
「バッ……アスミっ」
アオイに怒鳴られたが、何もしないわけにはいかない。
サクッ! と袖と腕の肉が切られたが、コートと服の上からだったので傷は浅い。
アオイが来栖の右腕を蹴り上げると、カッターが宙に舞った。くるくると回りながら、少し先の地面へと落ちて行く。
カツーン! と落ち、跳ねたカッターをアスミは拾い上げた。
――こんな物であいつの身体を傷物にするわけにはいかない。これ以上、傷付けるわけには。だってあいつはきっと、今でも踊ってはずだから。
だが。
次々に動物達の影は襲いかかり、アオイがそれらを撃退している。
アスミは避けるだけで精一杯で、戦力にはなっていなかった。
息が上がる。呼吸が苦しい。
立て続けに動き回る事のキツさを、アスミは忘れていた。
筋肉を動かせばその分、酸素とエネルギーを消耗する。それをまじまじと実感する。
逆にアオイは現役のダンサー。息も乱れず動いている。フットワークもすごく軽そうだ。
訓練されている人間と、何もやっていない人間は、これほどまでに違うのだな。
――俺も一緒に舞台に立っていたのに。
今はもう、動きがこんなに違う。
ほんの数年の間に鈍りきっていた、自分の身体。
――情けない……。
心がぽつり、と呟く。その時だ。
腹部をどすん! とした衝撃が襲った。
呼吸が、止まる。
そしてゆっくりと、自分の身体が背後に倒れてゆくのが感じられた。
引力に対して、何の抵抗も出来ないのだ。
引っ張られるまま、身体が後ろに倒れてゆく。
アスミは自分の無力さを今、この瞬間。全身で、イヤと言うほど味わっていた。
「アスミ……?」
アオイの声が聞こえた。
ハッと我に戻り視線を動かすと、彼の背後に飛びかかる影が見えた。
そして一拍の間の後。彼の前髪の間から、赤い液体が流れ落ちるのが見えた。
アスミは背中から地面に倒れ、後頭部を少し強く打った。
また意識が揺れて、目眩に襲われる。
――アオイ……!
クラクラしながら彼の方を見る。
アオイは血を流しながらも倒れる事なく、戦い続けていた。長い足が宙を舞い、腕が影の中心をヒットしてゆく。
手応えはあるのだろう。
一度打たれた影は一旦、襲うのを止めてゆくのだから。
けれど。
見ていると、それらは時を置いて回復し、再びアオイに向かっていた。
――あれじゃキリが無い……!
目眩が治まらない。吐き気もして来た。ヘンな所を打っただろうか。
けれどアスミは、立ち上がった。
「来栖……」
呼吸が苦しい。鼓動が必死に、血液を全身に向け送り出してくれているのが、分かる。
「アオイには、手を出すな!」
「無理言うなよ。あの人が邪魔してるんだから」
「お前達が壊したいのは、俺だろう?」
「そうなんだけど、さ。でもあの人がみんなを叩いてるんだから、ムカつかれちゃうのは仕方ないじゃん。だってほら、見て。アスミを襲うのより数、多いよね」
確かに。アスミは来栖と話す余裕があるけれど、アオイにはそれが無い。
間を置かずに襲われ続けている。
「止めろって……!」
「僕に言われてもねぇ」
それは、そうかも知れないけど。
「クッ!」
アスミはアオイに走り寄り、彼の背中を守る事にした。
「来るな、邪魔だからっ」
分かってる。足手まといにしかならないような気がする。
でも、放ってはおけないから。
「いいか、聞けよ来栖」
「え?」
「来栖冴季っ」
「な……なんだよ」
影が襲って来る。
影の吐く息が獣臭くてイヤになる。
アスミは来栖から奪ったカッターを手に、身構えた。
そして、腕を振る。
シャリッ……と、筋肉を切断するかのような手応えが、あった。
相手がこちらを物理的に傷付けられるのだから、こちらだって相手を傷付ける事は出来るだろう。
理屈的な事は分からないけど、エネルギーとか粒子とか、原子とか波動とか、何なりと法則はあるはずだ。
アスミには理解出来ないだけで、大学の教授とかには解説出来る事のような気がする。
気がするだけだが。
――アオイの蹴りが入るくらいなんだから、ある程度は物理攻撃が効くと思ってたけど、やっぱりな。
「武器は強いぜ」と呟くと、背後から「よ、よかったな」と返って来た。
――き、聞こえてたのかよ……。
思ってもいなかった返事に驚き、アスミは「は、はい」と返事をした。
すると背後から「ふんっ」と、鼻で笑うような息が聞こえて来た。
笑われて恥ずかしいような、こそばゆいような気持ちになる。
――今は、アオイのコトは置いておこう。それより。
「冴季」




