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月夜の新学期  作者: あおい
05
18/32

05-2


 しっかりとした光を放つLEDのライト。

 それを右手に持ち、こっちを見て微笑んでいるのは。


「……来栖」


 来栖冴季が二メートルほど先に立っていた。そして彼女の隣には。


 ――き……つね? と、鹿、か?


 足下に蠢いているのは複数の蛇のようだ。ぞわっ、とした怖気が全身を貫く。


 ハッとして、自分の身体を縛っている物を見た。

 それは蛇ではなく、単なるロープだった。少しだけホッとしたけれど、状況が全く理解出来ない。


 ――どうして来栖が……。


 来栖と知り合ってからの記憶が蘇る。

 騙したり騙されたりしなければならないような、そんな深い関係にはなっていない、はずなのに。

 なのに、どうして。


「説明とか……して欲しい?」


 来栖はいつもと同じように微笑み、表情を崩さない。いつも見ている彼女の顔、だ。


「ああ。藤沢さんは無事なんだろうな?」


 来栖の眉が一瞬、ピクリと歪む。


「そんなの知らない。あの子と連絡が取れないのは本当みたいだよ? だけど僕が隠したわけでもないしさ」


「本当に行方不明なのかっ?」


「連絡取れないって事だけしか聞いてないってば。それにしてもアスミはこんな時でさえ、藤沢さん藤沢さんかぁ……好きなの?」


「そんなんじゃないっ。けど俺達……俺とお前は、あいつのためにここまで来たんだろっ」


「違うよ。少なくとも僕は違う。でもアスミはそうだよね。僕の適当な言葉にホイホイ釣られてさ……疑いもせず、すぐに動き出した。簡単過ぎて、すっげつまんなかった。どうやって騙そうか、信用させようか、色々と考えていたのになぁ」


「お前、本当に藤沢さんの事は知らないんだな?」


 来栖は苦笑いを浮かべて「しつこいなぁ」と呟いた。


「分かった。なら、いいよ」


「え?」


「藤沢さんの居場所が分からないのは心配だけど、ここに居ないなら、俺が頑張る理由は無くなったし……好きにすれば」


「はあっ?」


「痛いのは、イヤだけどさ」


「ちょ、ちょっと……! もっと理由を問いただすとか抵抗するとか、してくれてもいいんじゃないのっ?」


「抵抗しようが理由を求めようが、殺るったら殺るんだろ? そっちのノリの事なんか、知るか」


「はっ腹立つぅ~! アスミの、そう言うトコロが嫌いなんだよっ! 自分が特別な事を認めた上で、自分は何も欲してないのに恨まれてるわぁ~つらいわぁ~、みたいなその態度がっ!」


 ――え? お、俺がいつそんな態度をっ?


 他人からどう見られていようが、自分には関係ないと思っていた。

 けれど、これはあまりな言いがかり、ではないだろうか。予想外過ぎて、軽く引いてしまった。


 狐がふぃっ、と息を吐く。

 それは青白く輝き、空間を横切った。光は舞台の左右に飛び移り、篝火が灯る。


 これまでとは比べ物にならないほど、明るくなる空間。

 来栖や動物の影が炎と同調し、揺れ始めた。


 アスミは息を飲み込んだ。

 ここに居たのは狐や鹿、蛇ばかりではない。


 大小の無数の影が、壁に床に揺れている。

 どれも動物のようで、四本足のモノが多いようであった。


 ――囲まれてたのか、俺。


「ここに居る子達はね、みんなアスミの事が嫌いなんだ」


 精神攻撃、だろうか。今さら嫌いだと言われても、どうって事はない。

 これまでずうっと現実で嫌われ続けて来たのに、動物がどう感じていようがどうでもいい。ただ。


 ――食い殺されるのかな。それって痛いよな。多分、死ぬほど。


 来栖がゆっくり、こちらに向かって来る。

 下から見上げる足のアングルは生々しくて、アスミは顔を反らした。


 アスミの傍にぴたり。立ち止まる。


「僕もさ」


 脇腹を蹴り上げられ、アスミは呻き声を漏らした。

 あの華奢な足からは考えられない、重くて強い力だ。それこそ、本当に男の蹴りだと言われても納得してしまうほど、身体の奥に痛みが食い込んで来た。


「頑丈な身体、しやがって。こっちの足の方が痛いや」


 数秒、呼吸が止まった。そして咳が出始める。

 蹴られた周辺の腹筋が痛み、強い咳も出来なかった。


「お母さんと同じように、お姉ちゃんもアスミの事が嫌いなんだと思ってた」


 ぽつり。来栖が呟く。


「でも違った。いつもキラキラして可愛い僕のお姉ちゃんは、家族には言わなかったけど、友達にはアスミの事を〈すごい子なんだ〉って認めてた。お姉ちゃんの友達が言ってたよ、自慢げでさえあったって」


 ――……え?


「あの子すごいんだよ、いつか有名になると思う、っていつも言ってるんだって」


 ――嘘、だろ?


「そんなアスミに比べ、僕って何なんだろうね。すぐに倒れて、熱が出て、ずうっと苦しくて、ひとりぼっちで。惨めだよ、すっごく」


 ――惨め? そうだろうな。男でもないのに自ら暗示かけて「僕」なんて言ってる女の子が、幸せなわけないよな。


 だけど。


 ――俺が殺されれば、幸せになれるのか?


 アスミが居なくなったところで、来栖を取り巻く状況に変わりはない。


 ――そうか。ただの恨み、なんだもんな。


 問題を解決するため、ではないのだろう。

 恨みを晴らしたいだけ、なのだ。


 感情は吐き出さないと、自分の中で育ってしまう。その捌け口にされていると言う事なのだろう。


 ――いいけどさ、別に。それならそれで優しく殺して欲しいけど、ムリなんだろうな。俺が痛がるように、苦しむようにしたいんだろうな。なるべく、さ。


「なぁアスミ。生け贄って言葉、知ってるか?」


「言葉としてなら」


「アスミも生け贄になろっか。ね?」


「……何の」


「この子達の」


 ああ。やはり獣に食い殺されろと言う事なのだな。


「お前、その動物を飼ってるわけ?」


 来栖はきょとん、と目を見開いた。充分に可愛らしい顔だ。


「飼えるわけないよ、こんないっぱい」


 ――う。数の問題じゃないだろ。


 蛇はカンベンしてくれ、と言ってみようか。

 いや、喜んで蛇漬けにされてしまうかも知れない。多分、そうなる。


 ――ナニがマシかな。狐火に焼き殺されるのもイヤだな。身体を食い千切られるのもイヤだな。やっぱ蛇毒で神経を先に殺された方がマシなのか?


「アスミのこの身体はね、神様への踊りを再現出来る貴重な身体なんだって」


「は?」


「ずうっと昔――古代から現代まで、土地には神様が居てね。供物を捧げ、奉って来たんだって。収穫した植物や狩った動物、酒や歌や踊り、なんかをね」


 米や野菜や魚や……動物?


「こいつら、か」


「違う。この子達は、供物にされた動物達の子供。人間の手によって無惨にも生命を奪われたんだって。神様への捧げ物、なんて大義名分の元にね」


 イメージが浮かび上がる。

 父ちゃん、母ちゃん、と親を呼ぶ小さな生き物の姿が。


 胸がきゅうぅぅ、となるほど悲しくて、心細くて、つらくて、寂しくて――悔しくて。

 雨に濡れるたび、お腹が空くたび、親と一緒の仲間を見かけるたび。

 人間を、神なんて存在を、恨んで呪った。


 そんな動物達のイメージが、アスミの良心を責める。だけど。


「……それと俺と、なんの関係が?」


「神様への恨みを心で育て続け、魔物へと近づいた彼らには邪魔なんだよ。アスミが」


「だから、どうして」


 ただの中学生に、なんの関係があると言うのか。


「だってアスミの身体は、神様への供物を舞として再現出来るから。踊る事でその力を〈向こう〉から〈こっち〉へ、引っ張り出したり出来るから。そんな事をされてしまうと、迷惑なんだよ」


「へっ?」


「最初から言ってるだろ。とにかくその身体が目障りなんだよ」


 再び蹴られた。今度は、顔を。

 頬が熱くなり、脳みそが揺れたような気がする。強烈な頭痛に、思わず両目を閉じた。


「やっぱ壊すなら、まず足からかな」


 来栖の声に鼓動が反応する。あの時の事が蘇り、全身に緊張が走った。


「じゃあね、アスミ」



 逃げ出せない。抜け出せない。ロープは少しも弛まない。

 生き続ける事に未練はないけれど、身体を壊されるのはやはり怖い。痛みや苦しみが襲い来ると分かっているのに、身動き出来ないのはイヤだ。


 ――俺が死んだら……ばあちゃんくらいは泣いてくれるのかな。迷惑ばかりかけてごめんな、ばあちゃん。


 マコトは……マコトにまで、情報は届かないだろう。

 アスミが死んだって、彼に伝えてくれる人など居やしない。


 ――後は、藤沢さんか……どこに居るんだ。心配させやがって。


 死んだら幽霊になって、彼女を捜しに行けるだろうか。彼女の無事を確認さえ出来れば、それでいいのだけれど。


 ――心残りはそれくらいか。俺の人生って、本当に何も無かったんだな。


 呆れるくらいに空っぽで、寒々しい。それが自分の人生だったのだ。皆丘アスミの。


 ――それがこんな終わり方とか、似合い過ぎてウケる……。



「もう止めておけよ。猟奇リンチ殺人なんてシャレにならない」

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