05-2
しっかりとした光を放つLEDのライト。
それを右手に持ち、こっちを見て微笑んでいるのは。
「……来栖」
来栖冴季が二メートルほど先に立っていた。そして彼女の隣には。
――き……つね? と、鹿、か?
足下に蠢いているのは複数の蛇のようだ。ぞわっ、とした怖気が全身を貫く。
ハッとして、自分の身体を縛っている物を見た。
それは蛇ではなく、単なるロープだった。少しだけホッとしたけれど、状況が全く理解出来ない。
――どうして来栖が……。
来栖と知り合ってからの記憶が蘇る。
騙したり騙されたりしなければならないような、そんな深い関係にはなっていない、はずなのに。
なのに、どうして。
「説明とか……して欲しい?」
来栖はいつもと同じように微笑み、表情を崩さない。いつも見ている彼女の顔、だ。
「ああ。藤沢さんは無事なんだろうな?」
来栖の眉が一瞬、ピクリと歪む。
「そんなの知らない。あの子と連絡が取れないのは本当みたいだよ? だけど僕が隠したわけでもないしさ」
「本当に行方不明なのかっ?」
「連絡取れないって事だけしか聞いてないってば。それにしてもアスミはこんな時でさえ、藤沢さん藤沢さんかぁ……好きなの?」
「そんなんじゃないっ。けど俺達……俺とお前は、あいつのためにここまで来たんだろっ」
「違うよ。少なくとも僕は違う。でもアスミはそうだよね。僕の適当な言葉にホイホイ釣られてさ……疑いもせず、すぐに動き出した。簡単過ぎて、すっげつまんなかった。どうやって騙そうか、信用させようか、色々と考えていたのになぁ」
「お前、本当に藤沢さんの事は知らないんだな?」
来栖は苦笑いを浮かべて「しつこいなぁ」と呟いた。
「分かった。なら、いいよ」
「え?」
「藤沢さんの居場所が分からないのは心配だけど、ここに居ないなら、俺が頑張る理由は無くなったし……好きにすれば」
「はあっ?」
「痛いのは、イヤだけどさ」
「ちょ、ちょっと……! もっと理由を問いただすとか抵抗するとか、してくれてもいいんじゃないのっ?」
「抵抗しようが理由を求めようが、殺るったら殺るんだろ? そっちのノリの事なんか、知るか」
「はっ腹立つぅ~! アスミの、そう言うトコロが嫌いなんだよっ! 自分が特別な事を認めた上で、自分は何も欲してないのに恨まれてるわぁ~つらいわぁ~、みたいなその態度がっ!」
――え? お、俺がいつそんな態度をっ?
他人からどう見られていようが、自分には関係ないと思っていた。
けれど、これはあまりな言いがかり、ではないだろうか。予想外過ぎて、軽く引いてしまった。
狐がふぃっ、と息を吐く。
それは青白く輝き、空間を横切った。光は舞台の左右に飛び移り、篝火が灯る。
これまでとは比べ物にならないほど、明るくなる空間。
来栖や動物の影が炎と同調し、揺れ始めた。
アスミは息を飲み込んだ。
ここに居たのは狐や鹿、蛇ばかりではない。
大小の無数の影が、壁に床に揺れている。
どれも動物のようで、四本足のモノが多いようであった。
――囲まれてたのか、俺。
「ここに居る子達はね、みんなアスミの事が嫌いなんだ」
精神攻撃、だろうか。今さら嫌いだと言われても、どうって事はない。
これまでずうっと現実で嫌われ続けて来たのに、動物がどう感じていようがどうでもいい。ただ。
――食い殺されるのかな。それって痛いよな。多分、死ぬほど。
来栖がゆっくり、こちらに向かって来る。
下から見上げる足のアングルは生々しくて、アスミは顔を反らした。
アスミの傍にぴたり。立ち止まる。
「僕もさ」
脇腹を蹴り上げられ、アスミは呻き声を漏らした。
あの華奢な足からは考えられない、重くて強い力だ。それこそ、本当に男の蹴りだと言われても納得してしまうほど、身体の奥に痛みが食い込んで来た。
「頑丈な身体、しやがって。こっちの足の方が痛いや」
数秒、呼吸が止まった。そして咳が出始める。
蹴られた周辺の腹筋が痛み、強い咳も出来なかった。
「お母さんと同じように、お姉ちゃんもアスミの事が嫌いなんだと思ってた」
ぽつり。来栖が呟く。
「でも違った。いつもキラキラして可愛い僕のお姉ちゃんは、家族には言わなかったけど、友達にはアスミの事を〈すごい子なんだ〉って認めてた。お姉ちゃんの友達が言ってたよ、自慢げでさえあったって」
――……え?
「あの子すごいんだよ、いつか有名になると思う、っていつも言ってるんだって」
――嘘、だろ?
「そんなアスミに比べ、僕って何なんだろうね。すぐに倒れて、熱が出て、ずうっと苦しくて、ひとりぼっちで。惨めだよ、すっごく」
――惨め? そうだろうな。男でもないのに自ら暗示かけて「僕」なんて言ってる女の子が、幸せなわけないよな。
だけど。
――俺が殺されれば、幸せになれるのか?
アスミが居なくなったところで、来栖を取り巻く状況に変わりはない。
――そうか。ただの恨み、なんだもんな。
問題を解決するため、ではないのだろう。
恨みを晴らしたいだけ、なのだ。
感情は吐き出さないと、自分の中で育ってしまう。その捌け口にされていると言う事なのだろう。
――いいけどさ、別に。それならそれで優しく殺して欲しいけど、ムリなんだろうな。俺が痛がるように、苦しむようにしたいんだろうな。なるべく、さ。
「なぁアスミ。生け贄って言葉、知ってるか?」
「言葉としてなら」
「アスミも生け贄になろっか。ね?」
「……何の」
「この子達の」
ああ。やはり獣に食い殺されろと言う事なのだな。
「お前、その動物を飼ってるわけ?」
来栖はきょとん、と目を見開いた。充分に可愛らしい顔だ。
「飼えるわけないよ、こんないっぱい」
――う。数の問題じゃないだろ。
蛇はカンベンしてくれ、と言ってみようか。
いや、喜んで蛇漬けにされてしまうかも知れない。多分、そうなる。
――ナニがマシかな。狐火に焼き殺されるのもイヤだな。身体を食い千切られるのもイヤだな。やっぱ蛇毒で神経を先に殺された方がマシなのか?
「アスミのこの身体はね、神様への踊りを再現出来る貴重な身体なんだって」
「は?」
「ずうっと昔――古代から現代まで、土地には神様が居てね。供物を捧げ、奉って来たんだって。収穫した植物や狩った動物、酒や歌や踊り、なんかをね」
米や野菜や魚や……動物?
「こいつら、か」
「違う。この子達は、供物にされた動物達の子供。人間の手によって無惨にも生命を奪われたんだって。神様への捧げ物、なんて大義名分の元にね」
イメージが浮かび上がる。
父ちゃん、母ちゃん、と親を呼ぶ小さな生き物の姿が。
胸がきゅうぅぅ、となるほど悲しくて、心細くて、つらくて、寂しくて――悔しくて。
雨に濡れるたび、お腹が空くたび、親と一緒の仲間を見かけるたび。
人間を、神なんて存在を、恨んで呪った。
そんな動物達のイメージが、アスミの良心を責める。だけど。
「……それと俺と、なんの関係が?」
「神様への恨みを心で育て続け、魔物へと近づいた彼らには邪魔なんだよ。アスミが」
「だから、どうして」
ただの中学生に、なんの関係があると言うのか。
「だってアスミの身体は、神様への供物を舞として再現出来るから。踊る事でその力を〈向こう〉から〈こっち〉へ、引っ張り出したり出来るから。そんな事をされてしまうと、迷惑なんだよ」
「へっ?」
「最初から言ってるだろ。とにかくその身体が目障りなんだよ」
再び蹴られた。今度は、顔を。
頬が熱くなり、脳みそが揺れたような気がする。強烈な頭痛に、思わず両目を閉じた。
「やっぱ壊すなら、まず足からかな」
来栖の声に鼓動が反応する。あの時の事が蘇り、全身に緊張が走った。
「じゃあね、アスミ」
逃げ出せない。抜け出せない。ロープは少しも弛まない。
生き続ける事に未練はないけれど、身体を壊されるのはやはり怖い。痛みや苦しみが襲い来ると分かっているのに、身動き出来ないのはイヤだ。
――俺が死んだら……ばあちゃんくらいは泣いてくれるのかな。迷惑ばかりかけてごめんな、ばあちゃん。
マコトは……マコトにまで、情報は届かないだろう。
アスミが死んだって、彼に伝えてくれる人など居やしない。
――後は、藤沢さんか……どこに居るんだ。心配させやがって。
死んだら幽霊になって、彼女を捜しに行けるだろうか。彼女の無事を確認さえ出来れば、それでいいのだけれど。
――心残りはそれくらいか。俺の人生って、本当に何も無かったんだな。
呆れるくらいに空っぽで、寒々しい。それが自分の人生だったのだ。皆丘アスミの。
――それがこんな終わり方とか、似合い過ぎてウケる……。
「もう止めておけよ。猟奇リンチ殺人なんてシャレにならない」




