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月夜の新学期  作者: あおい
05
17/32

05-1

■05■

 感覚で言うと、二階や三階ではない。五階や六階分くらいは下りたと思う。

 変わらぬ景色にうんざりし、そろそろ下りる事に嫌気がして来た頃。


 突然、広い場所に出た。


 来栖が段の途中で立ち止まり、ライトの光を広場へ向ける。光を上下左右に流した後、再び下り始め、彼女は広場へと足を下ろした。


「こう言う所を照らすには、キャンドルとかの方がよかったんだろうなぁ」と呟きながら、来栖はポケットからもう二本のライトを取り出した。

 距離を開け、それらを地面に置く。


 パッと見た感じ、教室よりは広いと思われる。体育館の面積くらいはある、のだろうか。

 比較物が何も無いのでちょっと分からないが、それくらいだろうなぁとアスミは感じた。


 薄ぼんやりと照らし出される空間の中央には、土が盛り上げられている。上部が平らになっていて、相撲の土俵みたいだと思った。


「これ……ステージだね」と来栖は言う。


「これがぁ?」


「東西南北に柱が立っていて、この空間を支えているでしょ。天井にもちゃんと人の手が入ってる。ここは〈誰かが使うため〉に〈作った〉場所なんだ」


「使うためなら、不便過ぎるな」


「うん。まぁ〈人知れず〉使う必要があるって言う事なんだろうね」


「ふぅん」


 そんな場所に勝手に入り込んでよかったのだろうか。とチラリ疑問が過ったが、今さらか。


「ここをどうにかして、藤沢さんを助けられるのか」


「ん~……ここ、さぁ。神様へ貢ぎ、捧げるための場所みたい。と言う事は、舞の舞台か。神楽とかをやるのかな? ね?」


「い、いや俺、そっち方面の知識は皆無だから」


 神楽って踊りだと思うけど、具体的にどう言う物かよく分からない。

 でもそのような踊りが存在している事は、知っている。


 ――祭とか正月に踊るのか、な?


「神様に踊りを捧げる舞台なんだから、きっと神聖な舞台なんだよね」


 まぁ、そうなのだろう。


「なら〈悪いモノ〉を押さえつけておく事くらい、出来そうだよね」


「ならこの下にナニかが、って言う事か」


「この舞台を壊しちゃったら、悪いモノが復活するかもねぇ」


 来栖が悪戯な笑みを浮かべた。藤沢の事があるのに、あまりそう言う冗談は言って欲しくない。


「そんな強く睨むなよアスミ。神様関係に手を出したりしたら、八つ裂きさ。無事で居られる人間なんて居やしないんだから、さすがの僕もそこまでバカじゃないよ」


 睨んでしまった、だろうか? と自分の顔の筋肉に手を添えてみた時である。

 ライトが数回点滅して、消えた……。



 ――あ、あれっ?


 確か来栖の持って来ていたライトは、全部で三つ。


 ――電池切れだとしてだ。三つ、同時に?


 数秒の狂いもなく三つ、同時に?


「大丈夫か? 来……す……っ」


 足下を何かが走り抜けたような感覚があって、アスミはバランスを崩した。

 この程度のバランスで転がる事などないのだが、真っ暗な中で上下左右の感覚が上手く掴めなかった。

 身体が重力に引っ張られ、右ひざと右手を地面に着く。


 ――なに……小動物っ?


 ここに来るまで、そんなモノは見なかった。土の中なのだから虫くらいは居るだろうけれど、動物は……。


 ――ねっネズミ、くらいなら居るのかな……いや、どうだろう。


 驚いて動揺し、状況も把握出来ない。

 そんなアスミの指先に、軽く触れる物があった。


 来栖、かと思った。だけど。


 びゅるっ! と風を切るような音が聞こえたと同時に、身体に痛みが走る。


「あっ!」と叫んだ時にはもう、上半身が縛り上げられていた。


 縛られて……いるのだと思う。見えないからよく分からないけれど、両腕が胴体に密着させられ、強い力で締め上げられているから。


 ――なんだこれは……っ!


 あの日を思い出す。

 気付いた時にはもう、足首が絡め取られていた……あの時。


 ゾクッ、とした緊張が、全身の筋肉を収縮させた。


「く……来栖? 無事かっ?」


 暗闇の中、返事はない。


 ――まさか、あいつ……。


 自分と同じように何かに襲われ、もう意識を無くしたりしているのか?


「来栖? 来栖っ!」


 呼ぶ。呼んでみる。

 気絶していたとしても、自分の声で気付いてくれるよう――アスミは彼女を呼んだ。

 何度も、何度も。


 だけど自分の声が虚しく反射するだけで、反応がない。

 不安が喉の奥に詰まったような息苦しさを感じる。酸素が突然薄くなってしまったような、不快さ。


 ――あいつ、どうなったんだよ? 悲鳴もあげなかったけど……そんなすぐ意識を失ったのかっ?


『あの時姿を現したロープは、魔物に近いモノだった』


 来栖の言葉が蘇る。


 ――……魔物?


 今、自分の身体を縛り上げているモノは、一体何なのだ?

 人間が他人を縛り上げるのに必要な手間、などと言うものは、かからなかった。


 細長い鞭で打たれるかのように、瞬時に縛り上げられた。

 肌に、筋肉に強く食い込んで痛いほど、しっかりと。


『ケケッ』


 ――っ?


 アスミは息を止めて、今、聞こえた奇妙な音の方を見た。

 真っ暗で何も見えない。

 だけど。


 ――何か……居る?


 小さな息づかいが聞こえる。気のせいだろうか、生臭い。


 ――さっき足下を何かが通ったよな、やっぱ小動物?


 動物の鳴き声、ならそれっぽい音だったと思う。


 ――だけど動物が、ネズミが、同時に三本ものライトを消したりしないよな。


 動物っぽい、魔物?


 ならば今、自分を縛り上げているのはナンだ?

 細長くて、獲物を縛り上げる生き物。


 ごくり。と息を飲み込む。

 蛇は苦手なのだ。爬虫類が苦手なのだ。

 あの細長い物体を想像しかけ、おぞましさで神経が凍り付きそうになったけれど。


 ――ちょっと待て! 蛇は『ケケッ』て鳴かないだろ多分っ。よし、違うっ。


 両腕に力を込め、謎の物体を千切ろうとした。千切れないまでも、緩めようと。

 でもどんなに力を入れても、こちらの身体が痛いだけで相手はピクリとも動かない。


 暗闇の中で、ひとり。

 連れの無事も確認出来ないまま、膨れ上がりそうになる不安を押し殺す。


 どんなに抵抗しても身体は自由にならず、そのうち、アスミは地面に転がってしまった。

 結局、抜け出す事は出来なかったのだ。


 ――くっそ! なんだよコレっ!


 その言葉をアスミは口にしなかった。

 声を出してしまったら最後、自分がパニックに陥ってしまいそうだったから。


『もがいてるねぇ、人間。ざまぁ、ってね』


 突然の声にギョッとする。

 言葉はどことなくぎこちなかった。イントネーションが微妙に違う。


 ――にん……げん?


『どぉしてここに戻って来るかなァ~? お前って多分、単純で考えなしのバカなんだろうな』


 ――バカかも知れないけど、別に好きで来たわけじゃねーし!


『ま、そんなわけでさ。あの時の続き、な』


「え?」


『お前みたいな人間が居ると迷惑なんだよ。だからその目障りな身体、始末させてもらうわ』


 ――身体が、目障り?


 意味が分からない。

 だが、あの時の痛みが胸の中に蘇る。


 骨折まではしなかったけれど、骨にヒビが入った時の、あの痛み。

 そして親やスタジオ、踊る事自体を切り捨てた時の、心の痛み。


 ――あれは、俺の身体を壊そうとして?


『今はもう、あの時より遥かに封印は弱まってる。分かるだろ?』


 ホールの寿命、と言うやつか。


『俺達はあの時よりも自由を取り戻したんだ。今日は〈あの程度〉では済ませないからな、人間……と、お前、名前は何て言うんだ?』


 そんな問いに答える義理はない。

 アスミは黙り込んだのだが、答えは他から告げられた。


「アスミ。皆丘アスミ、だよ。ね、アスミ」


 カチリ。と小さな音がして、再び。

 光が空間を照らし出した。

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