04-3
――な・ん・だ・こ・こ・は!
心の中で強くツッコみながら、来栖の後について階段を下りる。
来栖は携帯用の小さなライトで足下を照らしていた。
階段と言っても土で段差を付けただけのような、適当な物だ。雨で流されていない事に驚かされる。
そして壁も天井も土、土、土。
――な・ん・だ・こ・こ・は!
そう叫ばずにはいられない景色が、ずうっと下に向かって続いていた。
そのわけの分からない空間を、何分ほど下りただろうか。
地上の音はもう何も聞こえなくなっていて、自分達の足音と呼吸だけが聞こえている。
そしてまたしばらく進むと、強い土の匂いの中に、涼やかな水の匂いも感じられ始めた。
肌に感じられる気温はどんどん下がってゆき、吐く息も白くなる。
「あの、なぁ来栖?」
彼女の背中に向かって声をかける。
「んー?」
来栖は振り向かず、声だけ返して来た。
「お前、よくこんな階段とか知ってたな」
「知らないよ。でも湧き出てるからね」
「何が」
「写真見たろ。アレが」
――写真って、あの影みたいなやつか?
「えっ! ここからっ?」
「ここからって言うか、うん、まぁそんなカンジかなー」
「な、何だよ。ハッキリ言えよ。お前には見えてるって事なんだろ?」
「そうだなぁ、えーっと。うん、まぁ、ホールが蓋みたいな物なんだろうと思うよ」
「え?」
「フルムーンなんて名前も、適当に付けたんじゃないと思うんだ。過去に存在していた〈分かってる〉人達が建てたんだろうねぇ、ここのホール。満月の名を持つ蓋が必要だったんだろ、きっと」
「地下に、何かあるのかっ?」
前を歩いていた来栖がぴたり。と止まった。
そして、妙な表情でこちらを振り向く。
「今さらそれ聞くの?」
「えっ……あ、その。鈍くてスマン」
階段を下りていると言う事は、そう言う事か。聞くまでもなかった。
「別にいいけど。でもアスミと居ると調子が狂うなぁ」
「は?」
「それはそれで面白いから、いいんだけどさぁ」
――いいならため息とか吐くなよ。
ちょっと心が引きつるではないか。
「来栖ぅ。その蓋の話とかさ、ホールの名前の話とかさ」
「ん?」
「もっと他に知ってる事があるなら、教えて欲しいんだけど」
チロリ、と視線が流れて来る。
「いやだってさ、お前、何も分からないようなフリして、そんな事言うし……」
アスミの言葉の後に、沈黙が横たわる。
結構長い沈黙な気がするが、ほんの数秒だったのかも知れない。
間の後、来栖がやっと息を吸い込み口を動かした。
「何でも見通してるわけじゃないから」
冷たい視線が突き刺さる。
――あれ? 俺、ヘンな事言ったか?
「見えるからって全てを理解出来るわけじゃない。蓋の事だって名前の事だって、今ここに来てから気付けただけだ。それに僕が感じてる事も、全てが事実で真実って事はないだろう。情報を読み間違ってたり、騙されてる可能性だってある」
ちょっと待て。来栖が騙されてるとか言い出したら、自分は何を信じればいいと言うのだ。
「ついでに言っておくけど、アスミが信じていいのはアスミだけだからね。僕が何を言おうと納得出来ないなら、その時は自分の気持ちに従う事」
「そんな事あるのか?」
「さぁ、どうだろうね。でも無いとは言いきれないから」
そう呟いて、来栖は再び下り始めた。この辺まで来ると、階段と言うよりただの坂道になっていた。
「建て替えのためだと言っても、蓋が一時的に外されるとなると問題あるんじゃないか?」
アスミが来栖に向かって呟く。
「だろうね」
「蓋、って言う事は、蓋をして封じる必要があった、って言う事だよな」
「うん」
「葛西さんの見せてくれた写真も」
「そうだね」
「そっか」
――何かが封じられている場所に向かっている、と言う事かな。多分、そう言う事だよな。
――ちょっと待て。そんな場所に行って、俺達に何か出来るのか?
アスミが用意して来た物と言えば……藤沢がケガした時用の絆創膏のみだ。
――バンソーコーなんて、きっとホールでも準備してるよな。もっと違う物を用意してくればよかった! ……のか?
例えばお守りだとか、聖水だとか。
ホールのようなデカい〈蓋〉で封じられているようなモノが、そんなアイテムでどうにかなるとは思えないけど、でも、何も持たない今の状況よりはマシだったような気がする。
「来栖ぅ。下まで行ってお前、どう対処するとか考えてるのか?」
「考えてないよ。さっきも言ったろ、現場に行ってみないと分からない事はたくさんあるんだよ。て言うか、ほとんどが分からない。僕には分からない事だらけだから」
「ちょっと待てよ。なら何で、俺と来た?」
「対処法を僕が知らないからって、怒ってるの?」
ぎくり、と心が動揺する。
「何度でも言うけど、見えるって言うのは、何でも解決出来る便利な魔法でも何でもないから。逆に混乱させられたり、正常な道を見失ったり、ロクな事はないんだよ。だけどさ、僕だって藤沢さんの事は心配だったから」
そうだった。
来栖は最初から、藤沢を心配していた。
後ろの席のアスミよりも、彼女の元気が無い事を指摘していて。
「四年前のあの日、僕は驚いて見ているだけで――アスミを助けてあげる事は出来なかった」
――えっ?
「助ける、なんておこがましいかも知れないけど、あの時僕は身動き出来ないくらいに驚いて、何も出来なかった。アスミが舞台に立てなくなり、その後ダンスもやめたって聞いて」
「ちょ、待て! まさかお前、罪悪感なんか持ってないだろうなっ?」
前を歩く来栖の左肩に手を伸ばしたが、彼女は立ち止まらず、振り向きもせず、アスミは手を振り払われた。
「アスミにどうこう言われる筋合いはない、これは僕の気持ちだ」
「だけど……」
「あの会場はね、アスミを妬んでる人ばかりだったんだよ」
「はっ?」
「アスミの味方は、応援している人は、同じスタジオの数人の大人だけだった。同じユニットの人も、違うユニットの人も、アスミの事を嫌っていた。きつい言葉を使うけど、ごめんね。だけど、聞いて欲しい」
「う……聞、く」
「他の出場者の保護者達だって同じだ。うちの母親も、お姉ちゃんより年下のクセに才能があって認められているアスミの事が気に入らなくて、心の端では呪ってさえいたと思う」
自分は……認められていたのか? 誰に? どこの誰にっ?
――だって俺の味方はマコトだけで……他には俺の味方なんて、誰も。誰ひとり。
居たわけがない。
なのに妬まれるなんて、理不尽だ。
そんな事のために、どうして来栖が罪悪感なんて抱かなくてはいけない?
「あの時姿を現したロープは、魔物に近いモノだった。それを都合良く動かすためのエネルギーに、あの場は満たされていた。みんなの嫉妬と妬みがね。ハッキリとそのふたつが理解出来たのに、あの時ほど強く何かを理解出来た事はないほどだったのに、逆に僕は怯えてしまったんだ」
見える人の世界観とか常識とか、アスミには分からない。
「このホールの寿命は尽きかけている。と言う事は、あのロープに宿っていた魔物のような存在が自由を取り戻すんだよ。今は、あの時ほどに状況は揃っていない。藤沢さんを妬み恨んでいる人はそんなに居ないと思うし、魔物の糧となるエネルギーは少ないはずなんだ。でもだからって、安心は出来ない。だから僕達はこれから、状況を確認に行く。どんなモノが閉じ込められ、封印されているのか。それを確認しないといけない」
確認するだけ、なのだろうか。どうにかしてしまう方法は、ないのだろうか。
――あるわけないか。だってホールほどの大きな蓋なんか、どうしようもないもんな。
「あの写真に映る全てがどんなモノなのか」
来栖の言葉にぞわん、とした。
「そしてアスミが狙われた、本当の理由も」
――えっ?
「行けば分かる、のか?」
「さぁ? どうだろう」
「さっき言ってたのは、俺が妬まれてるからって」
「そうだよ。あの時居た〈人達〉はね。でも僕は、魔物の方の事情なんて知らないから」
「あ、そうか……」
「アスミがみんなに妬まれていた。それは事実だ。でもそれが本当の原因なのか、単なる糧としての餌なのか、僕には分からない」
「うん」
「だから行くんだ……取り返しがつかなくなる前に」
「えっ」
「ホールの解体が始まったら、どうなってしまうのか……」
急がなければならない理由が、そこにある……?




