表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月夜の新学期  作者: あおい
04
15/32

04-2


 ――もしかして、来栖?


 体つきはそのように思える。華奢で小柄で、あの髪の長さ。

 でも自称「僕」の子が、あんな短くてヒラヒラしてるスカートをはくだろうか。


 こちらが見ている事に気付いたのか、人影が近づいて来た。

 その人も近づくにつれ、どのような人物か見えてくる。


 スカート丈より少しだけ短い、白いコートの前ははだけていた。

 インナーはストロベリーカラーのジャケットとスカートだ。濃淡の織り混ざったチェックの布で、前衣にはアクセサリーがキラキラと揺れている。


 一言で言えば、なかなかに派手な衣装だ。

 そしてそれが似合ってしまう、とても愛らしい顔立ちの子だった。


 来栖冴季。

 そこに居るのは間違い無く彼女で、アスミの左右の人達が引くほどに可愛かった。


 ――な、何てセンスしてるんだコイツっ、アレが普段着っ? チャラチャラしやがって。


「あー、彼女、ちょっと怒っちゃってる?」


 アスミの右横に座っていた人が耳打ちして来た。

 言われてみれば確かに、ムッとした表情をしている。

 何だろう。そんな険しい表情になってしまうほど、藤沢が危険なのだろうか。


「気合い入った服装してるのに、不機嫌そうだね。もしあたし達のせいなら、本当にごめんなさいね」


「は?」


 三人は同じタイミングで立ち上がり「じゃーね」と言って去ってしまった。


 ――あの人達、本当にデートだと思ってるんだろうなぁ。そんなじゃないのに。


 アスミも何となく立ち上がり、来栖を迎える。


「待った?」


 来栖の第一声は、低い声の「待った?」であった。


「いや。そうでもない」


「嘘」


 ――え?


「暇だったからナンパしてたんだろ。三人も」


「……は?」


 来栖は、遠くまで離れた彼女達を視線で追いかけた。


「まぁ、普通程度には可愛い人達だったかもね。声をかけられたら、僕でも嬉しいかも」


「何言ってんだよ」


 ムスッとした表情のままで、こいつは何を言っているのだろうか。

 そんなに怒るほど藤沢が危険なのなら、そう言ってくれればいいのに。


「それより藤沢さんだろ」


「藤沢さん? ……まぁそうだよね。藤沢さん藤沢さん、っと」


 低い声で、口を尖らせ呟く来栖。

 なんだ、このトゲトゲとした空気は。さっき電話で話していた感じと全然違うぞ。


 でも今は来栖の気分より、藤沢の安全の方が大切だ。とにかく進もう。


「俺ら、ホールの中に入るのか?」


「入れてくれるかな」


「忍び込むつもりか? そんな派手なカッコしてるのに」


「は? なに? 僕の服装に文句があるわけ?」


「そう言うわけじゃないけど……ちょっとイメージ違うしさ」


 ――じゃなくて。


「もっと動きやすい、ボーイッシュなカッコで来るかと思ってたから」


 寒いし。ミニスカートはないだろうと思うのだが。


「仕方ないだろ……お姉ちゃんからのお下がりしか持ってないんだから」


 ツン、と心が冷える。

 そう言えば来栖は、そんな子だっけ。姉と格差を付けられた妹、だった。


 ――「お下がりしか」って、ホントにそれしか持ってないのかよ。マジか。


 それに対して、何もコメントが出て来ない。何て言えばいいのか、全く分からなかった。


 いくら自称が「僕」でも、中身は間違いなく女の子なのだ。好みだとかこだわりくらいはあるはずだが、触れてしまうには危ない話題のような気がする。


「僕の服装なんかどうでもいいだろ。行くよ」


「あ、あぁ」


 先を行く来栖について歩く。


 ――俺がひとりで行くより、来栖と一緒の方がホールの中に入れるかも知れないな。


 藤沢へ取り次いでもらうにしても、男が行くより女の子の方が中の人も警戒は薄れるだろうし。


 そう考えながら歩いていたのだが、来栖は裏口には入らなかった。

 だが敷地内には入って、駐車場の方へと歩いてゆく。そこを通り抜ける人は多いのだろうか。引っ越し作業をしている人達に咎められる事はなかった。


 来栖の向かう少し先には、三メートルほどの植え込みが見えた。建物に沿うように配置され、シンボルツリーがライトアップされている。


 それとは別に、もうひとつの植え込み群が見えた。

 楽屋に向かう人からも、駐車場に向かう人からも見逃してしまいそうな、死角になりえそうな、そんな場所に。


 誰からも注目されず、ひっそりと闇を湛えているかのような空間だ。


 意識をそちらに向けた、時。

 突然。目眩が、した。

 バランスを崩し、吐き気に襲われ、アスミは倒れそうになった。身体が沈み、右ひざを地面に着ける。


 ――頭が、目の奥が……なんだコレ? 小さな光がフラッシュして見える……。


 チカチカとした光が、視界と意識の中に広がる。


「アスミ、大丈夫?」


 数歩先に居る来栖が立ち止まり、こちらを振り向いた。


「初めてだもんね。こんなに簡単に反応してしまうなんて思ってなかったよ。気をつけてと注意するべきだった。ごめん」


 何が初めてで、何に注意しろと言っているのだろうか。


「これあげるから」


 ――ん?


「口、開けて」


 ――この、匂い……。


 冷たい指にくちびるを撫でられる。

 アスミはその冷たさに驚いて、小さく身を震わせた。そして薄く口が開く。


「糖分だよ」


 ――あのキャンディ、か。


 コロリとした物が口の中に入って来た。

 甘酸っぱいあの香りに、精神がリラックスしたのが分かった。

 それから数秒、背中を撫でられる。


「気分はどう? 立てるかな」


「ああ……ごめん。ありがとうな」


 自分が足手まといになるなんて、考えてなかった。


「別に謝る必要ないよ。僕だってアスミに助けられたんだし」


「え?」


 そんな事あったっけ?


「ほら、入学式の日」


「いや、あれは葛西さんが」


「鞄、持ってくれたし」


「藤沢さんも持ってくれたし」


「だから彼女を助けに行くんだよ、僕は」


 ――あ。


「ね」と言って来栖が微笑む。


「僕は彼女を助けるよ。だからアスミの事はフォロー出来なくなるかも知れない。その時は置いてくんだからね」


「荷物になるよりそっちの方が有り難いから、その方針でよろしく頼む」


「当たり前だ」と言って来栖が笑った。

 その笑顔にアスミはホッとする。


 来栖は立ち上がり、手を差し伸べてくれた。

 その手に掴まり、アスミも立ち上がる。


「ここから先は不安定な空間になっている。さっきみたいにはもうならないと思うけど、意識がブレないよう充分気をつけて欲しい」


 気をつけようとは思う、けど。どうやって気をつければいいんだか。それに。


「さっきみたい、って言うのは、何だ?」


「境目。俗に言う結界、ってヤツかな。僕達は今もう、さっきまで居た場所とは〈違う場所〉に居るんだよ」


「……いや待てよ。俺達、藤沢さんに会いに行くんだろ?」


 来栖は苦笑いを浮かべた。そしてその口が動いて「違うよ」と言う。


「彼女が巻き込まれないよう、原因を始末しに行くんだ」


「原因……?」


「原因がさぁ、藤沢さんからアスミの匂いを感じ取ったら、どうするんだろうねぇ」


 胸に冷たいものが過る。


「それ、どう言う意味だ? お前やっばり、俺が襲われた原因知ってるんじゃないのか?」


 その視線がチラリ、と流れて来る。


「ふぅん。僕の事、疑うんだ?」


 くすっ、と鼻で笑われた。


「そんなわけないだろ……だけど、そんな言い方されると、さ」


「あぁ、そうか。また誤解させたんだね。ごめん」


「俺こそ悪かった。ごめん」


 だけど。


「そんな顔するなよ、アスミ。僕が一緒に行くのはきみだけだ。ここには他に誰も居ない。例えアスミが僕に騙されていたのだとしても、犠牲になるのはアスミひとりだ。それなら大して心は痛まないだろう?」


 何を言っているのだろうか、よく分からない。

 だけど他人に迷惑がかからないのなら、それでいいような気がする。


 バカで間抜けな自分が騙されてしまった時、被害を被るのが自分だけならば……アスミは自分を許せそうな気がした。

 本当に藤沢が巻き込まれずに済むのなら。


「だから行くよ、ほら」


 左手首が引っ張られ、アスミは歩き始めた。

 植え込みの奥には小さな祠があり、その扉を開くと、中には地下へと続く階段があった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ