04-2
――もしかして、来栖?
体つきはそのように思える。華奢で小柄で、あの髪の長さ。
でも自称「僕」の子が、あんな短くてヒラヒラしてるスカートをはくだろうか。
こちらが見ている事に気付いたのか、人影が近づいて来た。
その人も近づくにつれ、どのような人物か見えてくる。
スカート丈より少しだけ短い、白いコートの前ははだけていた。
インナーはストロベリーカラーのジャケットとスカートだ。濃淡の織り混ざったチェックの布で、前衣にはアクセサリーがキラキラと揺れている。
一言で言えば、なかなかに派手な衣装だ。
そしてそれが似合ってしまう、とても愛らしい顔立ちの子だった。
来栖冴季。
そこに居るのは間違い無く彼女で、アスミの左右の人達が引くほどに可愛かった。
――な、何てセンスしてるんだコイツっ、アレが普段着っ? チャラチャラしやがって。
「あー、彼女、ちょっと怒っちゃってる?」
アスミの右横に座っていた人が耳打ちして来た。
言われてみれば確かに、ムッとした表情をしている。
何だろう。そんな険しい表情になってしまうほど、藤沢が危険なのだろうか。
「気合い入った服装してるのに、不機嫌そうだね。もしあたし達のせいなら、本当にごめんなさいね」
「は?」
三人は同じタイミングで立ち上がり「じゃーね」と言って去ってしまった。
――あの人達、本当にデートだと思ってるんだろうなぁ。そんなじゃないのに。
アスミも何となく立ち上がり、来栖を迎える。
「待った?」
来栖の第一声は、低い声の「待った?」であった。
「いや。そうでもない」
「嘘」
――え?
「暇だったからナンパしてたんだろ。三人も」
「……は?」
来栖は、遠くまで離れた彼女達を視線で追いかけた。
「まぁ、普通程度には可愛い人達だったかもね。声をかけられたら、僕でも嬉しいかも」
「何言ってんだよ」
ムスッとした表情のままで、こいつは何を言っているのだろうか。
そんなに怒るほど藤沢が危険なのなら、そう言ってくれればいいのに。
「それより藤沢さんだろ」
「藤沢さん? ……まぁそうだよね。藤沢さん藤沢さん、っと」
低い声で、口を尖らせ呟く来栖。
なんだ、このトゲトゲとした空気は。さっき電話で話していた感じと全然違うぞ。
でも今は来栖の気分より、藤沢の安全の方が大切だ。とにかく進もう。
「俺ら、ホールの中に入るのか?」
「入れてくれるかな」
「忍び込むつもりか? そんな派手なカッコしてるのに」
「は? なに? 僕の服装に文句があるわけ?」
「そう言うわけじゃないけど……ちょっとイメージ違うしさ」
――じゃなくて。
「もっと動きやすい、ボーイッシュなカッコで来るかと思ってたから」
寒いし。ミニスカートはないだろうと思うのだが。
「仕方ないだろ……お姉ちゃんからのお下がりしか持ってないんだから」
ツン、と心が冷える。
そう言えば来栖は、そんな子だっけ。姉と格差を付けられた妹、だった。
――「お下がりしか」って、ホントにそれしか持ってないのかよ。マジか。
それに対して、何もコメントが出て来ない。何て言えばいいのか、全く分からなかった。
いくら自称が「僕」でも、中身は間違いなく女の子なのだ。好みだとかこだわりくらいはあるはずだが、触れてしまうには危ない話題のような気がする。
「僕の服装なんかどうでもいいだろ。行くよ」
「あ、あぁ」
先を行く来栖について歩く。
――俺がひとりで行くより、来栖と一緒の方がホールの中に入れるかも知れないな。
藤沢へ取り次いでもらうにしても、男が行くより女の子の方が中の人も警戒は薄れるだろうし。
そう考えながら歩いていたのだが、来栖は裏口には入らなかった。
だが敷地内には入って、駐車場の方へと歩いてゆく。そこを通り抜ける人は多いのだろうか。引っ越し作業をしている人達に咎められる事はなかった。
来栖の向かう少し先には、三メートルほどの植え込みが見えた。建物に沿うように配置され、シンボルツリーがライトアップされている。
それとは別に、もうひとつの植え込み群が見えた。
楽屋に向かう人からも、駐車場に向かう人からも見逃してしまいそうな、死角になりえそうな、そんな場所に。
誰からも注目されず、ひっそりと闇を湛えているかのような空間だ。
意識をそちらに向けた、時。
突然。目眩が、した。
バランスを崩し、吐き気に襲われ、アスミは倒れそうになった。身体が沈み、右ひざを地面に着ける。
――頭が、目の奥が……なんだコレ? 小さな光がフラッシュして見える……。
チカチカとした光が、視界と意識の中に広がる。
「アスミ、大丈夫?」
数歩先に居る来栖が立ち止まり、こちらを振り向いた。
「初めてだもんね。こんなに簡単に反応してしまうなんて思ってなかったよ。気をつけてと注意するべきだった。ごめん」
何が初めてで、何に注意しろと言っているのだろうか。
「これあげるから」
――ん?
「口、開けて」
――この、匂い……。
冷たい指にくちびるを撫でられる。
アスミはその冷たさに驚いて、小さく身を震わせた。そして薄く口が開く。
「糖分だよ」
――あのキャンディ、か。
コロリとした物が口の中に入って来た。
甘酸っぱいあの香りに、精神がリラックスしたのが分かった。
それから数秒、背中を撫でられる。
「気分はどう? 立てるかな」
「ああ……ごめん。ありがとうな」
自分が足手まといになるなんて、考えてなかった。
「別に謝る必要ないよ。僕だってアスミに助けられたんだし」
「え?」
そんな事あったっけ?
「ほら、入学式の日」
「いや、あれは葛西さんが」
「鞄、持ってくれたし」
「藤沢さんも持ってくれたし」
「だから彼女を助けに行くんだよ、僕は」
――あ。
「ね」と言って来栖が微笑む。
「僕は彼女を助けるよ。だからアスミの事はフォロー出来なくなるかも知れない。その時は置いてくんだからね」
「荷物になるよりそっちの方が有り難いから、その方針でよろしく頼む」
「当たり前だ」と言って来栖が笑った。
その笑顔にアスミはホッとする。
来栖は立ち上がり、手を差し伸べてくれた。
その手に掴まり、アスミも立ち上がる。
「ここから先は不安定な空間になっている。さっきみたいにはもうならないと思うけど、意識がブレないよう充分気をつけて欲しい」
気をつけようとは思う、けど。どうやって気をつければいいんだか。それに。
「さっきみたい、って言うのは、何だ?」
「境目。俗に言う結界、ってヤツかな。僕達は今もう、さっきまで居た場所とは〈違う場所〉に居るんだよ」
「……いや待てよ。俺達、藤沢さんに会いに行くんだろ?」
来栖は苦笑いを浮かべた。そしてその口が動いて「違うよ」と言う。
「彼女が巻き込まれないよう、原因を始末しに行くんだ」
「原因……?」
「原因がさぁ、藤沢さんからアスミの匂いを感じ取ったら、どうするんだろうねぇ」
胸に冷たいものが過る。
「それ、どう言う意味だ? お前やっばり、俺が襲われた原因知ってるんじゃないのか?」
その視線がチラリ、と流れて来る。
「ふぅん。僕の事、疑うんだ?」
くすっ、と鼻で笑われた。
「そんなわけないだろ……だけど、そんな言い方されると、さ」
「あぁ、そうか。また誤解させたんだね。ごめん」
「俺こそ悪かった。ごめん」
だけど。
「そんな顔するなよ、アスミ。僕が一緒に行くのはきみだけだ。ここには他に誰も居ない。例えアスミが僕に騙されていたのだとしても、犠牲になるのはアスミひとりだ。それなら大して心は痛まないだろう?」
何を言っているのだろうか、よく分からない。
だけど他人に迷惑がかからないのなら、それでいいような気がする。
バカで間抜けな自分が騙されてしまった時、被害を被るのが自分だけならば……アスミは自分を許せそうな気がした。
本当に藤沢が巻き込まれずに済むのなら。
「だから行くよ、ほら」
左手首が引っ張られ、アスミは歩き始めた。
植え込みの奥には小さな祠があり、その扉を開くと、中には地下へと続く階段があった。




