04-1
■04■
「おや。〈あの時の子供〉だ」
ホールの屋根に佇む影が呟く。
影は、男のシルエットをしていた。
男は月光を浴び、その顔を晒している。
二重がクッキリとした切れ長の瞳は涼しげだ。
走っている子供を見つけ、小さく笑う。
「もう二度とは来るまいと思っていたのに、どうしたのだろう」
白銀の糸が織り込まれた、濃紺色の布を身に纏っている。それは動きに合わせ、星空のように光を反射させた。
少し長めの髪は、後頭部で結い上げられている。
「舞さんに知らせてあげた方がいいな。だが今、私は彼らを送り出すお役目の最中、ここを離れる事は出来ない」
男の瞳には、多くの亡者が映っていた。それは人間達が画像に撮り騒いでいる、あの影である。
「長い時を満たした者達よ、急がず焦らず、順番に、お行儀よく出ておいで。私が見守っていてあげるから、夜も闇も怖くはないよ」
男の腕が動くと、影色の亡者達が反応する。
「私は〈宵闇の伽番〉――お前達を決して迷わせたりはしないから、さぁ出ておいで」
地面からホールの壁面から、影が幾重にも重なるようにして出て来る。
「そして舞の姫巫女――お時間がございましたらこちらへお越しください」
男は歌うように囁き、夜風の中へメッセージを送り込んだ。
「あなたがお気に召していた子供が今、ここへ、参っておりますよ」と――。
フルムーンホールの前は片側二車線の割りと大きな道路で、渡った正面にはコンビニがある。
ホール横の一車線道路を渡ると小さな公園で、アスミはそこで来栖と合流する予定だ。
電話で反対したのだけど、相手は言う事を聞いてくれなかった。
アスミは公園に向かう前、とりあえずホールの周りを一周してみた。
正面玄関から見た感じでは、中に人は居るのだろうけれど、イベントがあるような煌びやかさは見えない。当然と言えば当然か。リハーサルに客は来ないのだから。
裏口・楽屋口は逆に、結構な出入りがあった。
台車にダンボールを乗せて運び、それを車に積み込んでいる人達が大勢居る。
事務所の引っ越し作業のようだ。スタンバイしている機材も幾つか見える。
あれは次の新しいホールでも使うのだろうか。
そのうちトラックが到着し、あれらを積みに来るのかも知れない。
――これだけ慌ただしくしてるなら、屋内での事故も充分考えられるな。
書類が詰め込まれたダンボールや機材に襲われたら、骨折くらいしてしまうだろう。それらを載せた台車が暴走しないとも限らない。
打ち所が悪ければ、それこそ……と考えてしまい、アスミは慌てて首を横に振った。
あの建物の中では、何が起きても不思議ではない。自分は実際にあの中で、痛い目に遭ったのだから。
――藤沢……本当に今、この中に居るのかな。
電話やメールが通じない?
キャリアによっても違うらしいが、昔はよく大人達がそんな事を言っていたっけ。
防音が完璧で機材も無数にあるような施設なのだから、電波状況が悪いのは仕方ないと言えば仕方ないのだけれど。
――俺、藤沢の連絡先知らないからな……電話かけてみる事も出来ないし。
アスミはホールを見上げた。
周囲はもう真っ暗で、道なりに街灯が灯っている。光に照らし出されているホールの外観は、気のせいだと分かっているけれど、不気味に感じられて……困る。
とりあえず公園に入り、ベンチに座って来栖を待つ事にした。
――結構冷たいな、ベンチ。
冷たい風に吹かれながら居心地悪く座っていると、三人の女の子達が公園に入って来るのが見えた。
彼女達は座ってるアスミに気付いたようで、数秒、こちらを見た。
アスミも彼女達のシルエットをしばらく見たが、来栖ではないようだ。髪型がまず違ったし、友達を引き連れては来ないだろう。
――ま、関係ないか。
そう思っていたのに、彼女達は真っすぐにこちらに向かって来た。
――え? なに?
その人達が近づいて来て、顔や着ている服もハッキリと見えて来た。
高校生くらいだろうか。やっぱり完全に見知らぬ人達だ。なのになぜ、近づいて来る?
「ねぇ。もしかしてあなたも凸しに来たんじゃない?」
「………………は?」
「私達、オカ板の掲示板見ていて、これからこの周辺に凸するって書き込みを見たから来てみたの」
「いえ……違います」
思わず棒読み口調になってしまった。
――オカ板って、オカルトとかの事か?
「なぁんだ、違ったんだぁ~」
「ほらぁ。やっばりみんな、まだ駅に集合途中なんだよぉ」
「あたし達が近所なだけで、結構時間かかるかも、って書いてる人も居たじゃん」
――駅集合のクセに、何で公園に居る俺に声をかけたんだよ? 理解出来ねぇぇぇ……!
オカルトに興味を持つような人と言うのは、やはりちょっと変わってるの、か?
そう思った時、来栖と葛西の顔が頭を過った。
――う~ん……。断定していいような、よくないような。
「あたし達も行きたいって書き込んだら『未成年は来るな!』ってお断りされたから、勝手に来ちゃったんだよねぇ。てっきりあなたもそのクチかと思っちゃった。ゴメンねぇ」
「ん~。だけどきみ、こんな時間にこんな場所でナニしてるの?」
「俺は……友達と待ち合わせで」
「あ~ッ、もしかして女の子ォ?」
神経がギクリ、と固まる。
――否定出来ない……。
「女の子を夜に連れ回すのは感心しないなァ~。ダメだよ、早く帰してあげないと」
――誤解されまくりだし。
「あの、この周辺に凸って何かあるんですか」
「あれ~、きみ知らないのぉ? 最近妙な写真が出回ってるのよ。特にこの近くが多くてね」
やはり葛西が見せてくれたアレの事か。
「今夜くらい月が明るいと、肉眼でも見える人が居るんだってぇ!」
思わず夜空を見上げた。
月は半分よりも太くなっていて、確かに明るいかも知れない。街灯の下に居ると、あまり空の光なんて気にしなかった。
「彼女が来るまで暇でしょ? あたしがこれまで撮った写真見せてあげる」
「い、いや別に……見たいわけじゃ……」
「いーから! いーから! 暇潰し! ねッ」
アスミの左右に彼女達が座り込み、携帯を見せつけられた。
どれも葛西の見せてくれたモノとそんなに変わらない。透明感のある影が映り込んでいるだけだ。
――でもこれだけハッキリとした影が、こんなにも無差別に撮影されるのって、まるで物質化してるみたいだな。煙みたいにさ……粒子?
自分の足に絡んだロープはもしかして、このような粒子が絡み付いて動かしたのだろうか。
――外にこれだけ出現してるなら、ホールの中は充満してるかも知れないしな。いや、出所があそこってわけじゃないだろうけどさ。
これらと過去の怪異が同じだとは限らない、だろうけれど。でも。
――藤沢さん……。
心配になって顔を上げ、ホールの方を見ようと視線を流した時だ。
公園の入り口に立ちつくしている人影が見えた。
ミニスカートとロングブーツと、セミロングに近い短めの髪が確認出来た。
その影が、ジッとこちらを向いているように見える。




