03-3
――土曜日、か。
午後の授業中も、アスミはぼんやりとその事を考えていた。
今日は木曜。本番は明後日だ。
それまで自分に、何が出来る?
オカルトの素質など自分には無いし、寺生まれだの神社生まれだの教会生まれだの知人も居ない。
――何の準備もしなくていいわけない、よな。お守りくらい持ってた方がいいの、か?
そんな事すら分からないが、相談相手が居ない。
来栖冴季にも頼れない。彼女はアスミと再会しただけで倒れるような子だ。余計な負担をかけるわけにはいかなかった。
自分が狙われた理由――それが分からないのに、どうやって藤沢を助けてやればいいのだろう。
――足、痛かったな……。
あの時は足首の骨にヒビが入っただけで済んだ。
でもしばらく本当に不自由な生活を強いられて、自分なりにつらかった。
――でも藤沢さんの身に絶対何か起こるって決まったわけでもないし。
心細いと言うから傍に居てやるだけ。それだけでいいはずなのだけれど。
――まぁバンソーコーくらいは用意しとくか。
考えが何もまとまらないまま金曜日を迎え、放課後を迎えて帰宅した。
自分の分の洗濯をし、祖母の言う食材を買い出しして、ジャガイモの皮むきをしている時だった。
滅多に鳴らないアスミの携帯が鳴ったのは。
ジャガイモを置き、手を洗い、タオルで拭いて、パンツのポケットから携帯を取り出した。
見知らぬ番号が標示されている。
――誰だ? 間違い電話か?
警戒しながら「はい?」と出てみると、女の子の声で『僕だけど』と返って来た。
「来栖さん?」
『さっき葛西さんとちょっと話してたんだけど、アスミ、藤沢さんの今日の事、聞いてる?』
心当たりが無い。何の事だろう。
『リハーサルやるって』
電話を掴んでいる手に、ビクッと震えが走る。
――余興だと思ってたから……忘れてた!
本物のステージスタッフが揃っているのだから、リハくらいやってもおかしくはない。
いくら身内だけのパーティーだとは言え、相手は〈プロ〉のスタッフなのだ。
『用事があって電話かけてるらしいんだけど、出てくれないらしいよ。メール送っても返信が来ないって』
「ちょ! だってあいつ……」
本番の事しか言ってなかったではないか。知り合いが誰も居なくて心細いのだと、そんな事しか言っていなかった。
――ぽっちが嫌ならリハだって同じ事だろうに、それは何も言ってなかったぞ?
いや。リハは打ち合わせみたいなものだから、ぽっちで放置されっぱなし、と言う事はないだろう。
――だから俺に言わなかった?
打ち合わせがメインなのだから、アスミが付き合えば放置されるのはアスミの方だ。藤沢が、他人にそんな失礼を押し付けるわけがなかった。
アスミだって本気で、藤沢が危険だとは考えていない。そんなはずはない、と心のどこかがずうっと呟いていた。
だから、ぽっちの暇つぶしに付き合うつもりで。ただそれだけのつもりで。
でも、だけど。ずうっと考えはまとまらなかった。
「分かった。連絡ありがとうな。俺、今から行ってみる」
そう言って電話を切り、自宅を飛び出す。
外はもう薄暗く、かなり肌寒い。薄手のコートだけでは寒いかと思っていたが、走っているとすぐに身体はあたたまった。
よし。このまま走ろう。
あのホールへ行くための直通バスは、自宅から少し離れている。
商店街を抜けた先の駅前ロータリーまで行かなくてはならない。そこまでならバスで移動するのが普通だが、バスを待つ時間などを考えると、そうしてもいられないような気がした。
だって最寄りのバスは、よく遅れて到着してくれる。五分以上の遅れはいつもの事なのだ。
ここが幹線ではないから仕方ないのかも知れないが本数も少ないし、時刻表自体ちょっと信用出来なかった。
住宅街を抜け、商店街を抜け、駅前に並ぶショップの前を走っている時、再び携帯が鳴った。
それを取り出しながら走る。
「はい?」
『僕だけど』
「どうした、何か?」
『僕も行くから待ち合わせしよう。アスミは今どこ?』
「ちょ……どうして来栖が……!」
来なくていい! と言おうとした時、ちょうどコンビニから出て来た人とぶつかった。
「あっ、痛! す、すみませんっ」
足にドスンとした痛みが走った。多分大きなペットボトル数本が入った袋にぶつかったのだと思う。
慌てて口先だけの謝罪を投げ、アスミはその場を走り去った。
申し訳ないけれど、今、立ち止まる事は出来ない。
「あっ、痛! す、すみませんっ」
自分に向かってその言葉を投げた奴は、電話で話をしていた。
時間をかけてそいつを見たわけではない。
だがチラリと見えたその顔に、瞳に、見覚えがある。
――今の……。
その後ろ姿を見ていると、彼の声が聞こえて来た。
「どうしてお前がホール行くんだよっ。井崎町って結構遠いぞ!」
――井崎町の、ホール……?
「危険かも知れないんだろ、俺が行くからお前は来るなっ」
強い口調が聞こえた。
だがそれ以上は距離が空き過ぎて、もう聞こえない。周囲のざわめきの中に消えてしまった。
「おい、どうしたアオイ?」
連れに名前を呼ばれたが、アオイは振り向く事もせず。
ペットボトルが複数入った袋を、ふたつ。地面に置いた。
そして。
「悪い。俺、今夜のお泊まり会キャンセルな。ツカサにも伝えといてくれ」
「えっ? ちょ……これ全部俺に運ばせる気か? キャンセルするならせめて、これを運び終わってだな……おい、アオイーっ!」
なぜだろう。激しく胸が騒ぐ。
今の子は、本当に皆丘アスミだったのだろうか。それすら分からないけれど。
彼を追いかける足が止まらない。止められない。
アオイは、アスミに会いたいわけではない。
話がしたいわけでもない。
用事なんて何もない。
なのに、どうしてこんな真剣に彼を追っている?
それは、あのホールへ向かうと聞いたからだ。
自分達の間に決定的な亀裂を入れてくれた、あの時の出来事。
彼がその舞台へ向かっているから。
彼は今更、あんな場所に何の用があると言うのだろう。
危険かも知れないとは、何の事だ? 分からない。でも。
チラリとだけ見えたその表情が、本気だったから。
瞳が必死になっているように思えたから。
何が待っているのか。何をしに行くのか。
それが、知りたい。
知らなければならないような気が、する。




