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月夜の新学期  作者: あおい
03
11/32

03-1

■03■

 来栖の、衝撃の告白から一夜が明けた。


 ――う。あんまり眠れなかった。


 教室に入って着席する。寝不足で心臓がちょっと苦しい。


 数十秒後、背後から「おはよぉ」と声が聞こえ、藤沢が前の席にストンと座った。

 アスミも「おはよ」とだけ力なく返し、ため息を吐いた。

 するとほぼ同時に、藤沢もため息を吐いた。

 そして無気力なまま、ただボケッと時の流れをただ見送る。


 ――そう言えばこいつ、これから気乗りしないステージに立たされるんだっけ。


 立ちたくないステージが待ち受ける事のストレスと意味の無いプレッシャーは、気力をゴリゴリと削ってくれる。


 ――気の毒だけど、助けてやりようないしな。家庭の事情じゃなぁ。


 無気力状態に陥って身動き出来ない間に、担任が入って来た。

 ホームルームが始まり、そして授業が始まる。



 三時間目が終了した時、アスミの元へ来栖が来た。

 突然、耳元に顔が近づいて来たので驚いていると。


「藤沢さん、大丈夫なの?」と囁かれた。


 他人から見ても落ち込んでいるのだろうか。


「そんな事聞かれても、俺には分からないよ」


 アスミの横に立ち、来栖がしばらく藤沢の後ろ姿を見つめる。

 そして再び耳打ち。


「ちょっと……ヤバくない?」


「え?」


「気付いてない? アスミと同じような事になっちゃうかも」


 身体がびくん、と反応する。


「……どう言う意味、だ?」


 来栖はきょとん、とした表情でこちらを見下ろした。そして。


「葛西さんに聞いたんだけど、藤沢さんってあのホールの関係者なんでしょ」


 どくん。


「あの日、僕達が居たあのホールのさ」


「フル……ムーンホール、か?」


「おじいさまがオーナーさん、って聞いたけど」


 それは意外な正体だが、でもだからって藤沢が自分と同じ目に遭うなんて思わない。オーナーの孫娘が狙われる理由など、ありそうもないが。


「場所が同じだからって、関係無くね?」


「この様子を見ていて、本当にそう思う?」


 見るからに力を落としている藤沢の背中を指差し、来栖が言う。


 ――ま、まぁ確かに? ちょっと落ち込みは激しいのかも知れないけれど?


 拒絶感、と言う言葉が頭を過る。


 ――あの、心がざわめく感じ。


 どす黒い方向に気持ちが引っ張られて、どうしようもなかったあの感じ。


 ――あれを今、藤沢が感じてる……?


 だからこんなにも、諦めにさえ似たような感じで落ち込んでいるのか?


 ――俺がケガをさせられた本当の理由なんて分からない。それは来栖の言ってた通りだ。解決なんかしてはいない。だけど、だからって。


 藤沢が同じ目に遭うと言うのだろうか。決まっているのだろうか。


 ――理由が分からないのだから、絶対に安全だとは言えない、か。


「心配、だよね?」と呟き、チラリとこちらを見下ろす。

 だがアスミに出来る事などない。藤沢の家族に「娘を見せ物にするの止めろよ」なんて言えないし。


 どこの家族も厄介だなぁ、とアスミが思っている時だった。

 葛西が「ねぇねぇ!」と来たのは。


「皆丘くんは信じる? オカルト!」


「……は?」


「ゆうなちゃんは現実主義者だから信じてくれないんだぁ~。今ね、ネットでも話題になってるの」


 唐突過ぎる。


「井崎町の方で、心霊写真がいっぱい撮れてるんだって。まとめサイトでもたくさん報告されてるの、ほらこれとか、こっちとか。これも」


 井崎町ってどこだ? と考えながら、差し出されたスマホ画面を見る。

 町の景色に煙のような影が映り込んでいた。モヤモヤしていて、よく分からない。


 ――オカル……ト? これがぁ?


「こっちとか」


「だから葛西さん、それきっと画像ソフトで加工した物だと思うのぉ。子供でも作れそうな画像だよねぇ?」


 藤沢がこちらを振り向き、苦笑いを浮かべた。


「ほらほらこれこれぇ」と新たな画像が差し出される。

 それを見た途端、アスミは自分の瞳孔が収縮したのを感じた。


 そこに映っていたのは、あのホールだった。

 月光を浴びた外壁の手前を、複数の影が蠢いているような画像。


「いっ井崎町って、ここだったのか……!」


 声が引きつっているのが、自分でも分かった。

 何をこんなにも動揺しているのだろう。藤沢が言う通り、誰かの悪戯かも知れないのに。


「でもね、葛西さん。もしこの中に〈本物〉が紛れ込んでいたら、危ないよ」


 来栖の言葉に葛西が「え?」と反応する。


「もし人の精神に影響するような〈悪いモノ〉があったら、どうするの? それに気付かずこうやって鑑賞してしまったら、影響受けちゃうかも」


「え、影響って」と低い声で呟く葛西。


「例えば自律神経がバランスを崩して集中力を欠いたり、もっと怖い事になるかも」


「ど、どんな?」


「心霊現象で心や精神がヤられちゃうのってスタンダードだよね? 鬱になってその反動でやけ食いに走ったり、食欲中枢が乱れて大食いになったり。その結果、体重が大幅増量とかになっちゃったらどうするの? 塩分の取り過ぎで浮腫んでしまうかも知れないんだよ?」


 葛西の表情が思い切り壊れる。そして叫んだ。


「そんなのヤだ!」と。


 ――うわ。女子の一番嫌いなトコを突くな。さっすが女子。


「だったらもう、こう言うのを見たり興味を持つ事は、止めようね」


「う、うん」


 葛西はそれらの画像を削除し、そのようなサイトにアクセスしないと来栖に約束をした。


 ――葛西が素直なのか、来栖の誘導が上手いのか。


 一番信じて怖がりそうな藤沢が、一番冷静だなんて。人は意外である。


「それより来栖」


「ん?」


 さりげなく近寄り、声を殺す。


「お前の方こそ大丈夫なのか。あんなモノ見て」


 こう言う世界を見てしまうから身体が弱い、とかって言っていたような。


「うん。大丈夫みたい」


「なら、あの画像は偽物なわけか」


 少しホッとする。あのホール周辺でオカルト現象だなんて、シャレにならないと思うから。なのに。


「本物だよ」


 来栖が笑う。


「え」


「だから僕、藤沢さんの事を心配してるんじゃないか。あんな目に遭ったって言うのに、ほんっと鈍いよね、アスミは」


 うっ、と息が詰まった。返す言葉が出て来ない。


「信じてないから、感じられないから無事で居られるわけじゃない。災厄に襲われる時は襲われてしまうものなんだよ。弱っている時には引っ張られたりもするし、イヤな予感が自分のガードを弱めたりもする」


 それは、やっぱり。


 ――ふ、藤沢の事を言ってるんだろうな……。


 行くべき、なのだろうか。行っても自分に何か出来るとは思えないのだけれど。


「あ、あのさ来栖。俺……」


 そこまで言いかけた時、チャイムが鳴った。

 来栖は葛西に引っ張られ戻って行き、ひとり残されアスミは、困惑して藤沢の背中を見つめる。



「おい。で、本番はいつなんだ」


 給食中、小さな声で問いかけると、藤沢はくるっ、とこちらを向いた。

 彼女はその小さな口にパンのカケラをくわえていた。それをもぐもぐして、飲み込む。


「付き合ってくれるのっ?」


 藤沢が叫んだ。食い入るような視線が突き刺さって来る。


 すると左隣から「ひゅーっ」と冷やかしが聞こえた。

 振り向くと、男子生徒三人がニヤニヤしながらこちらを見ている。


 ――うわ、勘違いしてる。こいつらバッカじゃね。


 でも今のは誤解されても仕方ないかも知れない。一応、訂正しておいた方がいいだろうか。藤沢にとっても迷惑だろうし。


「いやあの、付き合うってそう言う意味じゃなくて」と彼らに伝えようとした時。


「今度の土曜日! 夕方からっ!」と強い口調で言われた。


「お、おう……いやだから、今、訂正をさ」


「本当によかったぁ~。ひとりぼっちで心細くて、本当にどうしようかと思ってたの……」


 その瞳が、潤んだ。思わず呼吸が止まってしまう。


「お、おう……そうか」


「うんっ」


「そうか……」


 何度も何度も頷く藤沢。

 こんなに安心してもらえるなら、最初から付き合う事にすればよかったかも知れない。


「皆丘くんのおかげで緊張が解けたのかな、震えてきちゃった。ほら」


 差し出された掌が、確かに震えている。


「そんなでフルート吹けねーな」


「そうなんだよ! 吹けねー、なんだよっ。なのにさぁ」


 彼女は再びため息を吐いて、肩を落とした。アスミが動いたところで、彼女の演奏時間が消えてしまうわけではない。


「そこはまぁ、諦めろよ。助けてやりようないから」


「う、うん。それは分かってる。はぁ」


 数秒、沈黙して。

 藤沢はにこっと笑った。


「ごめんね、皆丘くん。そして、ありがとうね」


 彼女は再び前を向き、給食を食べ始めた。けれどほとんど食べずに片付け、教室を出て行った。

 閉められた扉をぼんやりと見ていた時。


「お前ら、土曜の夜にデートなのか?」


 左隣から声をかけられ、振り向いた。


「さっき言いかけたけど、違う。俺達、そんなじゃないから」


「またまたぁ~」とニヤニヤを止めない彼ら。


「藤沢さんに迷惑かかるから、誤解しないで欲しい」


 真面目なトーンで言うと、三人は苦そうな表情でアスミから顔を反らせた。

 からかおうとしたのにマジレスされれば、興醒めもするだろう。

 それでいい。退屈しのぎの生け贄にはなりたくないから。

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