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そのスタジオの中でも、少年は小さい方であった。
「お前、どうせやる気なんか無いんだろ? もうやめろよ」
少年と同じユニットのリーダーが呟く。
少年はちょっとだけ驚いたように、少し目を見開いた。
「いくらマコト先輩が直々にスカウトして来たからって、みんなより才能がありそうだからって、踊れなきゃ価値なんか無いしさ」
「そのケガだってどーせさ、やる気の無い証明みたいなものなんだし。お前にとってはダンス辞めるいいチャンスじゃん。親にムリヤリやらされて不満だったんだろ?」
リーダーの背後から他のメンバーふたりも、言葉を浴びせた。
ガラス張りのレッスンスタジオの中に、キッズクラスの全員が揃っている。約五十人だ。
講師などの大人はまだ誰も来ていなかった。スタジオの中には父兄も入れない。
他のレッスン生も次々と口を開き始める。
「松葉杖じゃ練習すら出来ないだろ。帰れよ」
「そうだよな、帰れよ」
「て言うか、見学しに来たのか?」
「ボクたんケガしたんだもん、仕方なかったんだもん、悪く無いもん! って言い訳しに来ただけだろ」
「いくらその惨めな姿晒してくれても俺らさ、お前に同情してやれるほど心広くないなぁ~」
「地区予選のファイナルだぞ。結果出せてたら、アオイもヒロキもツカサも全国の本選に出られたのに、お前ひとりのせいでコレだし」
「当日のホールでケガなんて、普通あり得ないから」
「注意力散漫なんだよ。そんな集中力じゃ上手く踊れなかったんじゃねーのぉ?」
「あ、分かった! お前、自信なかったからわざとケガしたんだろ!」
「うぇ。バカじゃん~!」
バカコールが沸き上がる険悪な空気の中、講師が入って来た。三十歳前後くらいの、男の講師だ。
その瞬間、スタジオの中がピタリと静まる。
「よし、みんな始めるぞー……て、あれ。アスミ来てたのか。大丈夫か? あまりウロウロせず、シッカリ治すんだぞ」
少年は何も言わず、講師と入れ替わりにスタジオを出た。
「帰るなら、気をつけて帰るんだぞー」
少年は振り向かず、扉は閉まった。
防音設備の行き届いたスタジオなので、もう中の声は聞こえない。
そして少年は、二度とそのスタジオに行く事はなかった。
親に怒鳴られ、叩かれ、罰として食事を連日抜かれても、もう行かないと決めた。
それは、少年の初めての〈戦い〉であった。
飲まず、食わず、体力が落ち、身体が動かず学校にも行けなくなってから、数日。
学校から自宅へ問い合わせがあったようだが、電話に出た親は怒鳴り散らして説明を拒否したようだった。
親のあまりのヒステリーを見かねた祖父母に、少年は引き取られる事になった。
少年の名前は皆丘アスミ(みなおかあすみ)。
当時、小学三年生。