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流星群  作者: せせり
夢物語のような未来
14/28

1

 律は珈琲を淹れていた。あめ色のカウンターでサイフォンがこぽこぽと音をたてている。

 がらりと扉の開く音がして、「いらっしゃいませ」と、ぼそりと告げる。

「おい律。接客業なんだし、もっと愛想よくしたほうがいいぞ?」

 今しがた入ってきた客があきれたような声をはなった。

「おまえにだけだよ、博己。ほかの客にはちゃんとしてるから」

「そうかなあ?」

 カウンターの前のスツール椅子に博己は腰かけた。

「黒板とか、ちゃんと残してんだな」

「廃校カフェなんだし、あったほうがいいだろ」

「図書室は、なんだっけ? 本屋になったの?」

「うん。行ってみたけど、なかなかマニアックな品揃えだったよ」

 空き教室を活用して、わかい人たちが集まって店を出しているのだ。低学年の教室では若手の陶芸家がやきものを売っているし、となりの教室は布小物の店になるらしく、今慌ただしく準備作業が続いているところだ。

「で。ぶっちゃけ、もうかるの?」

 博己が身を乗り出して声をひそめた。律は苦笑して、ぜんぜん、と答えた――。


 ガ・ガ・ガ。

 ノイズに邪魔されて珈琲のかおりが逃げていく。

 律は目を覚ました。雨の音がする。まだ降り続いているらしい。

 ベッドの上にいるようだが、自宅のものではない。シーツのかかっていない、むき出しのマットレスの上。このあいだは校長室のソファだったが、どうやらこんどは保健室らしい。

 ひさびさに楽しい夢をみた。笑里が「ここをお店にしちゃえば」だなんて突拍子もないことを言い出すからだ。

 思い出すと、自然と笑みがもれた。あのとき、すこしだけ想像してしまったのだ。この教室を改築して喫茶店をひらき、大人になった博己や笑里や羽純が集う。

 未来。夢物語のような、未来。

 そこでは、もちろん自分も大人になっていて。ああ、自分も大人になれるんだと思った。前にすすめばそこにはきっと未来があるのだと思った。たしかな何かを、つかんだ気がした。一瞬だけ。

 どうして未だこんなところに自分がいるのかわからないが、とにかく夢のつづきが見たくなった。律がふたたび身を横たえようとした、その瞬間。

 り、つ。

 ラジオから、声がした。

 男の、声。

 律は目を見はった。

 りつ。

 くっきりと、律の名を発音する。律を、呼んでいる。

「おじさん……」

 声に出して、つぶやいていた。亡くなった海斗おじさんの声、そのものだったのだ。

 律。

「おじさん? ほんとうに、おじさんなんだね?」

 ちいさなラジオを揺すった。まさかほんとうに、亡くなった人の声を拾うなんて。

――律。なにをしている。

――はやくこっちに来い。はやく……

「おじさん?」

 こっちに…… 

 声は途切れた。

 砂嵐のようなノイズだけが、夜の保健室に残された。


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