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「粉雪」

作者: さわいつき

 無造作に置かれているその手を、両手で持ち上げてみた。

「うわー。でっかーい」

 試しに手のひらと手のひらを合わせてみると、余裕で関節一つ分、わたしよりも大きい。大人と子供の差くらいはありそうだ。

「指も太いよねー。節も大きいし」

 わたしなんかとは違って、丸みも柔らかさも感じられないくらいにごつごつしている。

「暖房入ってるのに冷たいって、もしかして冷え性? でも男の人の冷え性って聞いたことないよね」

 手が冷たい人は心が、というのは本当だろうか。わたしの前ではかなり素っ気無いのだけれど。

 両手のひらで挟んでみても、やっぱり大きい。ついでに重い。

「男の人ってみんな、こんなに手が大きいものなのかなあ?」

 はっきり言って男の人の手なんて、お父さんのしかまともに見たことがない。ついでに言うと、お父さんの手なんて握りたいとは思わないし。

「こんなにごつごつした手であんなにきれいな字が書けるなんて、詐欺だよねー」

 中学の頃までは書道を習っていたと聞いたから、字が上手くても当然だ。わたしの字は女の子の間で流行りの丸っこい字ではないけれど、お世辞にも上手いとは言えない。読みやすいと言ってはもらえるけれど、何となく悔しい。

 持ち上げてひっくり返し、甲を抓ってみる。皮膚だってわたしとは違って分厚く感じる。

「でも全然荒れてないよね。わたしなんか、クリーム塗っていてもささくれができちゃうのに」

 女性の方が皮下脂肪は多いはずなのに。やっぱり悔しい。

 さらに元に戻し、その大きな手のひらから指先をなぞってみる。

「こら。いい加減にしろ」

 即座に引き戻された手を、慌てて掴んで引きとめた。

「やだ。触るくらいいいじゃない」

 せっかくの休みなのに、毎日の激務でお疲れのご様子。だから遠慮して我侭も言わず、こうして彼の部屋に押しかけるだけにしてあげている。

 どこかに連れて行け、なんて言わないから。だいいち、触ったからって減るものでもないだろう。

「だから手くらい貸してくれたっていいじゃない」

「その『だから』はどこから繋がっているんだ?」

「わたしの心の中の呟きから」

「そんなもん、俺に聞こえてるわけがないだろうが」

 それもそうだ。

「お疲れで使いものにならない本体はそこで転がってていいから、手だけでも貸してって、だめ?」

 ちょっとしおらしく小首を傾げてみたりなんかすると、途端に彼が不機嫌そうに眉根を寄せた。でも知っている。これは本気で嫌がっているわけじゃなくて、どちらかというと困っているときの彼の癖のようなものなのだと。

「それはすまなかったな」

 いきなり目の前に差し出された大きな手に、思わず口元がにやけた。

 わたしとはぜんぜん違う、男の人の手。実は結構好きなんだと、彼も知っている。

「触ってもいいが、あまりいじくり回すなよ」

「どうして?」

 彼が、眉間に皺を寄せたその顔を明後日の方に向けてしまった。今度こそ本当に困っているようだ。

「指には性感帯があるって、知ってるか?」

「し、知りません」

「おかしな気分に、なりそうになる」

 わたしは再びいじくり始めたその手を、ぱたりと落としてしまう。

「それって」

「使いものにならない体を、酷使したくなる」

 それは困る。かなり困る。

「じゃ。じゃあ、いいよ。謹んでお返しします」

 慌てて両手で押し返す。

「もういいのか?」

 いつもの調子でにやりと歪む表情に、顔が火照ってきた。

「もう気が済んだから! 体と一緒に休めてあげてください!」

 思わず声が上ずってしまう。ついでにじりじりと体が後退る。

「そうさせてもらう」

 くつくつと楽しげに笑う彼。どこまでが冗談でどこからが本気なのか、その真意を図りかねる。

 けれど多分九割くらいは本気なんだと、いつになく真剣なその目が物語っていた。

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