第9話
ジェスに連れられ街道を進み、次の町へ入ろうとしたけれど、そこは脱走した兵士達が党を組んで略奪の限りを行い破壊した町の残骸が広がっていた。
私達もその残党に襲われたけれど、ジェスの魔法のおかげで怪我1つしないですんだ。
町1つを破壊するほどの集団にジェスは残党のいない公益街道の方を回って進むことにしたんだけれど、泊まる予定だった町が破壊されてしまったので、次の町まで野宿することになった。
夕食は干した携帯食。
味は薄味で味気なかったけれど、わりと楽しく食事出来た。
全部ジェスのおかげだ。
夜は草むらをベッドにしてそのまま眠った。
仰向けに寝転ぶと視界いっぱいに星で占められる。
空に月はないけれど、この世界には星があった。
星座のことを聞いてみたけど、さすがに星座はないらしい。
温暖な気候なので野宿も苦痛じゃなかった。
逆に新鮮だったくらいだ。
ジェスの穏やかな声。
無駄のないゆっくりとした動作。
まだ心を許したわけではないけどジェスは一緒にいても安心出来る。
私が嫌がることはけしてしない。
けれど、会ったばかりの私になぜここまでしてくれるのかわからないのでは信じることはできないだろう。
人を信じることが出来なくなった自分が醜くて、ジェスが寝る支度をするのに後ろを向いた時、手をきつく握りしめる。
強くなりたい……。
誰に何をされても揺るがない自分に……。
「今日はなんか薄暗いね?」
「ああ、もうすぐ雨が降るんですよ」
そう言われて空を見るけど、今日は雲1つない晴天だ。
ただ、青空なのに光が届かないかのように薄暗い。
視覚では晴れなのに、感覚では曇りのようなファジーな感覚に捕らわれるのだ。
「こんなに天気なのに雨?」
「ええ、水の精霊が騒いでますし、薄暗くなりましたから……」
明るいのに何故か薄暗く見える。
お天気雨のようなものなのかな?
そう思って空を見上げていると、ぽつぽつと雨が降り出した。
「あ、雨……」
「降り出しましたね。これはずいぶん振りそうです」
ジェスが荷物の中から大きな布を出して私の上に広げた。
そして何かの呪文を唱える。
「何?」
「濡れないように布に呪文をかけました」
「あ、ありがとう」
ふと、自分も魔法が使えたらジェスがもっと楽になるのではないかと思った。
「ねージェス、魔法って私にも使えないかな?」
「残念ですがワカナには魔力がないようです」
「あーそう……」
魔法が使えないとはすごく残念だ。
ジェスみたくちゃちゃっと使ってみたかったな。
がっかりしている私に馬の手綱を引いてるジェスがくすくすと笑っている。
「笑うことないじゃない。私が使えたらジェスの手伝いが出来るでしょ?」
「ふふ……私としてはワカナが魔法を使えるよりも私の妻になってくれた方が嬉しいです。妻になってくれませんか?」
「あー、お天気雨って楽しいね」
私の露骨なごまかしにジェスは淡く笑う。
「お天気雨ですか?」
「うん、天気に降る雨のことだよ」
「こっちでは普通、お天気に関係なく雨が降るんです」
「へー」
被っている布を少しだけ持ち上げて空を見上げる。
その空は青空だ。
いつもならこんな時、ジェスは手を繋ぎたがるけれど、今は生憎雨が降っているせいなのか何も言ってこない。
手なんか繋いだら手が雨に濡れてしまう。
そう思っていても毎日繰り返された行為がないと物足りないような気になるのは不思議だ。
私は少しだけ苦笑して馬から下りた。
「ワカナ? どうしましたか?」
いきなり私が馬から降りたせいでジェスが心配そうに私を見る。
もちろんフードのせいでジェスの瞳は見えないが顔が向けられているので見ていることはわかった。
私はさっさとジェスの横に並んだ。
「はい」
そう言って私は自分の手をジェスに差し出す。
「え?」
「手を、繋ぐんでしょ?」
「ワカナ……」
ジェスがすごく嬉しそうに笑う。
少しだけ躊躇ってから私の手が握られる。
「温かい……ですね」
「うん」
旅を始めて17日目。
初めて私は自分の意志で自分からジェスと手を繋いだ。
(2011/10/14修正)