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第7話

 初日は神の森から一番近かった小さな町ケセナで宿泊し、次の日、またすぐに出発した。

 景色はテレビで見るような外国ののどかな田園風景が続く。


 私は馬に乗せてもらっているが、ジェスはその馬の手綱を引いて徒歩だ。

 本人は歩くことに慣れていると言っていたけれど、自分だけ馬に乗っていることがすごく申し訳ない。

 時々ジェスの様子を伺うが、疲れている様子はなく私は戸惑ったまま馬上の上で揺られていた。


「ジェスさん、次の町までどんくらいあるの?」

「夕方までには次の町に着きますよ。疲れましたか?」


 ジェスは常に私のことを気遣ってくれる。

 森を出たことのないってことはジェスだって旅をするのは初めてなはずだ。

 慣れない上に私の世話までして疲れないはずがない。


「私は疲れてないけど、ジェスさんは休憩しなくて平気?」

「大丈夫ですよ。疲れたらちゃんと休ませてもらいます」

「本当にちゃんと休んでね?」

「ええ」


 ジェスが少し顔を上げると上に曲湾しているスッと通った細めの唇がフードから覗く。

 笑っているのだろう。


「この国は隣国のリキシス国と戦争してるんだよね? どうして戦争なんてしてるのかな?」

「バルト国は温暖な気候に恵まれ、地形的にも緩やかな土地が多いんです。そのせいか農業が盛んなのですがそれだけなんです。逆にリキシス国は地形に山や荒地が多く食料不足なんです。でも鉱山が多く宝石や鉱石などの採取が豊富でそれを輸出して栄えているのです」

「つまりお互いない物を持っているってわけね?」

「ええ、ですがバルト国の方が歩が悪い。鉱物は腐りません。食料は消耗品であり、たくさんあったとしても腐敗していくだけです。しかもリキシス国の鉱物は他の国でも需要がある。それなのに我がバルト国の食料はリキシス国にしか需要がない。よって我がバルト国はリキシス国を属国にしたかった……。そうして戦争が起きたのです」

「……」


 ゆっくりと馬上からのっどかな田園風景を見渡す。

 とても今戦争が起きているとは思えないほど静かで平和だ。


「目指しているエジルオン国はリキシス国の下に位置します。リキシスの国境に近くなれば戦争に巻き込まれる可能性が出てきます。かといって遠回りに行こうにも連なる山脈が邪魔で通れない。多少危険でもリキシスの国境を通らなければなりません。今争っている場所が近くないといいのですが……」


 心配そうな声が少しだけ不安を感じさせる。

 戦争がどれくらいの規模でどのようなものなのか私にはわからない。

 この国が戦争しているという実感はなかった。


「どうして人は自分が持っているものだけで満足することが出来ないんだろうね」

「ワカナ?」

「ううん、何でもないよ」


 町は旅人が1日徒歩で進める距離で点在している。

 おかげで野宿はなく順調に進んでいた。


 出発して7日目。

 ほぼ一日中ジェスと一緒にいるせいで毎日色々なことを話していた。


 そのほとんどはこの世界での常識についてだが、時々お互いのプライベートな話もしていた。

 それでわかったことなのだが、ジェスの知識の殆どはアンネからもたらされたもので経験によって培ってきたものではない。

 人との接触が極端に少なかったせいか、ジェスは純粋で優しすぎる。


 そんなジェスをかっての自分に重ねてしまっているのか私はジェスの未来がが気になってしまう。


 人を疑うことはけしていいことではない。

 それでも人を平気で騙す人がいるのだ。

 自分の利益だけの為に人を傷つけても厭わないという人間が……。


 私は宿屋の部屋で窓の縁に腰掛け、涼しい夜風を感じながら静かに目を閉じた。


 ジェスは隙あらばアプローチしてきて、いつの間にかそばにいて手を繋いでいる。

 困るのは咎めようとしてジェスの優しい笑みを見ると何も言えなくなってしまうことだ。

 純粋なジェスを拒否することは私には出来ない。


「なんだかな……いつまでも傷を抱えてる自分がホント情けなく感じる。ジェスは容姿も心も美しくてすごく眩しいよ……」


 最初は女性と見まがうほどの美しさに気を取られていたが、今では内面からにじみ出る美しさを感じていた。

 そんなジェスに自分が妻として請われていることに戸惑う。

 ジェスのとって自分に近い年齢の異性にがたまたま私だったせいで私を好きだと思い込んでいるんじゃないだろうか。


 平凡な容姿。

 特別何かに秀でているわけでもない。

 それどころか今の自分は何ももっていないのだ。

 空っぽな心を持つ私……。

 そんな人間をいったい誰が好きになるのだろうか?


 私は少し笑って立てた膝に顔を伏せる。


 突然の異世界に飛ばされてもそんなに驚かなかったのは、驚けるほど気持ちに余裕がなかったからだ。

 自分のことだけで精一杯で、心の中は空虚だった。

 時々、このままこの世界にいてもいいんじゃないかって思う。


 ジェスの妻になって大切にされることがひどく魅力的に見える。

 でもジェスが向けてくれる気持ちはいつまで続くのだろうか?

 私はジェスを信じることが出来ないのだ。


 心変わりにもう傷つきたくはない。


 闇はいつまでも続く。

 夜明けはいつ来るのだろうか……。



 旅を始めて13日目。

 夕暮れに染まった空の下、目の前には黒い煙をくすぶらせ焼け落ちた町が広がっていた。

 その惨状に唖然としてしまう。


「な……」

「……ワカナ、急いでここを離れましょう」

「ええ?」


 驚いているうちに馬が反転し、ジェスが走り出す。


「ちょ……」


 どうしたのかと聞こうとしたとたん、すぐ目の前を何かが通っていた。

 いったい何なのかと飛んでいった方向を見て絶句してしまう。

 地面に矢が突き刺さっていた。


 ジェスがそれを見てすぐに呪文のようなものを唱える。

 すると、また飛んできた矢が何か見えない壁に阻まれるように、何もないところでぶつかりそのまま下に落下した。


「まずい!」


 それだけ言うとジェスは私の後ろに飛び乗ってきた。


「馬の首にしっかり捕まっていてください!」

「え? あ、はい!」


 馬がすごい勢いで走り出す。

 ジェスに言われた通り、慌てて馬の首にしっかりと捕まった。

 後ろでジェスがまた呪文のようなものを唱えはじめる。

 うっすらと開いていた視界に鎧の様なものを着ている男が数人こっちに近づいてくるのが目に入ってきた。


 鎧?

 もしかして戦争している人達?


 青い炎が私の頭上からその男達の方に飛ぶ。

 炎は地面に落ちると一気に燃え上がった。


「ワカナ、目を閉じてください!」

 

 急いで目を閉じると、まぶた越しに視界が突然真っ白になる。

 さっきからいったい何が起きてるの?


 しばらく馬に揺られ、どれだけ経った頃だろう。

 やっと馬が止まった。


「ここまでくればもう大丈夫でしょう」

「もう目を開けてもいい?」

「ええ」


 おそるおそる目を開けて後ろにいたジェスに振り向くと、ジェスに後ろから抱きしめられた。

 恥ずかしかったけれど、今はジェスの体温にほっとしてしまう。


「怖かったでしょう? 怪我はありませんか?」

「大丈夫、怪我はないけど……。今の……何?」

「略奪者です」

「略奪者?」

「ええ、戦場から逃げて盗賊に身を落とした者達です」


 ジェスは私を放すと馬から下りて歩き出した。


「軍にいれば食料などの配給には困りませんが、逃げれば当然配給を受けられなくなる。食べ物がなければ生きていけない。脱走兵はあんなふうに村や町を襲って略奪するそうです」

「……」


 さっき見た焼け落ちた町が思い出される。

 あんなに大きな街1つが略奪者によって破壊されるのだ。


「そんな人達から、どうやって逃げたの?」

「もちろん魔法です。私はエルフ族ですから魔法が使えます」

「……あの青い炎とか光とか?」

「ええ、私は光と闇の両方の魔法が使えますから」


 さすがファンタジーな世界だ。

 魔法まであるとは……。


 ジェスが魔法を使えて良かった。

 私はジェスに助けてもらってばかりだ。

 もしジェスがいなければ、私も略奪対象になっただろう。


「これからどうするの?」

「そうですね……。町1つが破壊されるほど略奪者がいるということは、戦争の軍配はあまり思わしくないのかもしれません。少し遠回りな上に危険になるかもしれませんがもう少し上の大きな街道に出た方が逆に安全かもしれませんね」


 少し考えながらジェスは道を外れていく。


「大丈夫、ワカナの事は私の命に代えても傷1つつけさせたりはしない。私が必ず守りますから」

「うん……。ありがとう」


 情けないが今はジェスに守ってもらうしかない。

 私に出来ることはジェスの邪魔にならないことだ。


 近くで戦争が起きている。

 それをやっと実感した出来事だった。



(2011/10/14修正)

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