第5話
ジェスの住む場所は本当にいい所だった。
自然に囲まれているとかじゃなく、静かでなんとなく時間がゆっくり流れるような気がする。
疲れた気持ちが少し癒されるような……優しい空気。
そばにいるジェスの存在もあるかもしれない。
何だかんだと言ってはすぐ私に触れるもののジェスは約束を守ってくれているらしく、キスしようとしたり押し倒したりはしない。
ジェスの女性のようにも見える容姿のせいなのか、触れられても抵抗感がないのが困りものだ。
まあ、逆にそれが異性として意識しずらい要因でもあるのだけれど。
夜寝る為の部屋はジェスを育ててくれたというおばあさんの部屋を貸してもらった。
ベッドはふかふかで寝心地はいいんだけど、部屋にはドアがなく、布1枚が入り口に掛けられているだけなので夜這いし放題になっているのが気になっていたのだけど、そんなのは最初だけだった。
ジェスは布の向こうで声をかけるだけで、けして部屋に入ってくることはしない。
本当に律儀な性格だ。
育てたおばあさんがジェスをそういうふうに育てたんだろう。
ジェスは自分で言うように何でも1人で出来る。
話を聞いてみると15歳の時におばあさんが亡くなってそれ以来一人で生きてきたらしい。
「やっぱり寂しかった?」
「そりゃ……でも、私はハイエルフ族にもダークエルフ族にも受け入れることの出来ない存在です。かといって他のエルフ族にも無理でしょうしね」
「人間と一緒に住むことは考えなかったの? だって、ハーフエルフが生まれるくらいなんだしやっていけないわけじゃないんでしょ?」
「ええ、ですが、アンネにここから出てはいけないと言われていましたから」
アンネとはジェスを育てたおばあさんのことだ。
「何か理由があるの?」
「私の存在は至宝なんです。この美しさを見ればわかりますでしょう? だからここから出てはいけないんです」
「そ、そうなんだ……」
確かにジェスは超美人さんだ。
男の1人や2人くらいは軽く惑わせることが出来そう。
でもそれを自分で言っちゃう?
……ジェスってばナルシストの素質もあったのね。
「そう言えば出て行くとかで思い出した! いったい何時になったら街に連れて行ってくれるの?」
「あ、忘れてなかったんですね」
「ちょ……、あたりまえです!」
うやむやにするつもりだったのか……。
「……さっきも説明しましたが、街に行けば私が狙われてしまうのです」
「あ~はいはい。じゃあ、1人で行くから地図でも書いてよ」
どうせ私は狙われるような容姿してませんよ。
半分イジケ気分で、ジェスに答える。
「今この国は隣の国と戦争をしています。一番近い街ももう安全とは言えません。戦争が終わるまでここにいた方が安全なんです」
戦争?
世界のどこかで戦争しているのに、日本人の私にとって戦争はテレビで見るだけでしかない。
平和にしか見えないのにここも戦争をしていると言う。
本当なのだろうか?
「どうしてここにいるのが安心なんですか?」
「ここは神の森だからです。どの国にも必ず神の森があり、神の森を争いごとで汚せば国が滅ぶとされているんです。例え自国の神の森じゃなくてもね」
「つまり聖域ってことか……」
いちごみたいな甘酸っぱいジュースを一口飲んで喉を潤す。
お昼はピクニック気分になりたくて、今日は外で食べている。
もちろん全てを用意したのはジェスだ。
どんなに遠慮してもジェスは私をお姫様かのように世話してくれる。
「でも戦争がいつ終わるかわからないんでしょ?」
「……ええ、そうですね」
「戦争が長引いたらその分だけ召還者を探すのに時間がかかる。とても終結するまで待てないよ……」
「……」
本当に戦争しているのかわからないけど、戦争なんてものがすぐに終わるとは思えない。
ここが安全であっても、ここにいたらいつ還れるのかわからなくなってしまう。
……還ったとして待っている人がいなくても、見知らぬ世界に1人よりずっとマシだ。
「そんなに還りたいのですか?」
「……当然だよ」
「……」
ジェスはどうしてこんなにも私をそばに置いておきたいのだろうか?
寂しいから?
私も寂しいけれど誰も側にいて欲しくない。
今は自分のことで精一杯で誰かの気持ちを考える余裕すらかった。
でも、優しくされるのは嬉しい。
向けられる優しさが打算だとしても、ないよりはずっといいから……。
「わかりました。明後日出発しましょう」
「ジェスさんも一緒に行ってくれるの?」
「ええ、ワカナを一人にするわけにはいきませんから……、止めても無理にでも行くつもりなのでしょう?」
「……ごめんなさい」
ジェスがここから出たがっていないことはわかってる。
本当は1人で行くべきなんだろうけど、やっぱり1人で行くのは不安だ。
「とりあえずバルト国と戦争している西にあるリキシス国は避けるとして、南にあるエジルオン国を目指しましょう。あそこはとても大きな国で100年や200年じゃ倒れたりしないでしょうしね」
「ありがとう」
「いいえ……」
次の日、ジェスは朝からばたばたと何やら忙しそうだ。
聞いてみれば出発の準備に忙しいらしい。
「半刻ほど出かけてきます。一人で待っててもらえますか?」
「どこに行くんですか?」
ここに一人で残されると聞いて不安からついマントを着ているジェスの側に行ってしまう。
「近くの村に行って馬とお金を調達してきます」
「お金?」
「ええ、ここにいるとお金はあまり必要ありませんが、出るとなればそれなりに必要になるでしょう?」
そう言われてお金がかかることに初めて気づいた。
ジェスは私の為にお金を作ろうとしている。
「……少し時間がかかるかもしれないけど、ちゃんとお金は返すから」
「いいんですよ。気にしないでください。さっきも言いましたがここではお金なんて必要ないのです。返す必要なんてありません」
「でも!」
返さなくていいと言われたって「はい、そうですか」なんて言えるわけない。
ジェスはそんな私の腕を掴んで自分の胸の中へと引き寄せる。
「ワカナと少しでも一緒にいられるのなら、お金などいくら使ってもかまいません」
優しく抱きしめられて少しだけどきどきしてしまう。
私の頬に綺麗な銀髪が当たっていて気持ちがいい。
私との時間の為ならお金を使っていいなんて……。
どうしてジェスはこんなに優しいんだろう。
私だけ?
それとも誰にでも?
ついそんなことを考えてしまう。
「一人で不安でしょうが、ここに結界を張っておきますから誰もここには入ってこられません。安心して待っていてください」
「うん……気をつけて行って来てね」
「ええ」
少しだけ私を強く抱きしめるとジェスは離れて家を出て行った。
私のせいでジェスに迷惑をかけている。
元の世界に戻れるようになったらジェスに何か恩返しをしたい。
私はツリーハウスの窓からジェスの背中を見えなくなるまで見送った……。
(2011/10/13修正)