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第4話

 少し歩いた所にジェスの家はあった。

 ジェスの家は大きな泉のすぐそばにある大樹に作られたツリーハウスだった。

 かなり大きくずいぶんと立派で驚いてしまう。


「ここに家族と住んでいるの?」

「いいえ、一人で暮らしています」

「両親は?」


 私にとってこの質問はごく普通の世間話のようなつもりだった。

 しかし、振り返ってジェスの瞳を見た時、胸がズキっと痛み質問したことを後悔した。

 それほど苦しそうな瞳をしていたのだ。


 そういえば、さっき、自分がハイエルフとダークエルフのハーフである時も瞳が翳った。

 この手の質問は地雷なのだろう。


 慌てて質問を取り消そうとした私の口をジェスの人差し指が押さえる。


「気にしないでください。ワカナは事情を知らないのですから、その質問は当然です」

「ジェスさん……」

「先ほども言いましたが私はハイエルフとダークエルフとの間に生まれた子です。ハイエルフとダークエルフはエルフの中でも対極的な存在でお互い対立し合っているんです。ワカナは魔法を知ってますか?」

「うん」

「ハイエルフの魔法属性は光、ダークエルフの魔法属性は闇。この2つは対極の存在であり、けして交わることが出来ません。ダークエルフの父は力試しにハイエルフの母に戦いを挑み、結果母は敗れました。そして母は父から辱めを受け、私が生まれました」

「え……」


 衝撃的な話に言葉が出なくなる。

 それじゃジェスの存在って……。

 そこまで考えて思考を止める。

 そんなことはジェス自身が一番わかってるはずなのだ。


「私がハイエルフの姿をして生まれて入ればもっと違ったかもしれませんが、あいにく両方の特徴を継いでしまったようで私は母に捨てられてしまいました」

「ジェスさん、もういいですから……」

「……ワカナ、貴女がそんなに苦しそうな顔をする必要なんてないんです」


 救い上げるようにジェスの両手が添えられ、優しく顔を上げさせられる。


「私を拾ったのは人間です。力を失いかけていた魔術師で高名な占い師の老婆でした。彼女は人里から離れ残りの余生を静かに暮らしたいと望んだ人でした」


 目の前にある金の瞳がその時の記憶をさ迷っているのか視点が遠くなる。

 その老婆との記憶はけして辛くはなかったらしく、少しだけ穏やかな表情に変わったことでほっとしてしまう。


「彼女は私にあらゆることを教えてくれた人です。家族であり、師でもあった。……そして私に何を恨むのは時間の無駄だと教えてくれた人です」

「……」


 ジェスの言葉が私の心を鋭く突き刺す。


 私はゆっくり目を閉じる。

 誰かを恨んでも意味などない。

 それでも恨まずにはいられなかった。


 心が痛い……。

 自分だけが辛いなんて不公平だ。

 相手の不幸を望まぬにはいられない。

 そう思う気持ちを止められなかった。


 じくじくと痛む胸が今でも苦しさを訴えてくる。

 不幸になればいい。

 辛くて苦しんだら嬉しい。

 そう思った時だった。

 いきなり唇に暖かな感触がする。


「ん……」


 目を開ければ視界いっぱいにジェスの顔があった。

 驚いて胸を押すとあっけなく離れることが出来る。


「ちょ、ちょっといきなり何を」

「私の前で目を閉じたのでキスしていいのかと思って」

「いやいや、人に許可なくキスしたらダメです!」

「そうですか……、わかりました」


 ジェスは聞き分けだけはいい。


 目を閉じたらキスしていいって……これじゃ寝てるだけでもキスしていいことになってしまう。

 そう言えばさっきも息苦しくて目が覚めた時もジェスは私にキスしてたな……。


「キスする時は私の許可を取ってからにしてくださいね? しゃべれないからとか、寝てるからとかでも許可がなければ絶対にしちゃダメですからね! あ、あと事後承諾もだめですから」

「……わかりました」


 先手を打って念には念を押すとジェスは残念そうに了承する。

 言っておいて良かったかも……。

 ジェスのあけすけな好意に困ってしまう。


「そういえば、ジェスさんっていくつなんですか?」

「私ですか? 21歳になります」


 25くらいかな?って思ったんだけどな……。

 ずいぶん落ち着いているせいなのかとても年下には見えない。


「ワカナはいくつなのか聞いてもいいですか?」

「私? 私は22歳ですよ」


 にっこりとジェスに微笑まれる。

 私は年相応に見えるはずだけど、この世界ではどうなのだろうか?


「年下の夫は嫌ですか?」

「え? い、嫌じゃないけど、その話はまだ持続してたんだ?」

「人は突然気の変わる生き物ですから……、私はいつ気が変わっても歓迎ですよ」


 両手を握られ嬉しそうに微笑まれると罪悪感を感じる。

 気は……変わらないだろう。

 元の世界に還りたいし、もう……恋はいい……。


「……それは置いておいて、家を案内してくれませんか?」

「ああ、そうでしたね。すみません。どうぞこっちです」


 手を引かれ、階段を上がる。

 ジェスがドアを開けて私を先に入れてくれた。


「うわ~」


 思っていた以上の素晴らしさに感嘆の声が出る。


 ウッドハウスの中は何もかもが木で作られていた。

 あちらこちらで植物模様の刺繍がされた布がふんだんに使われ、落ち着いて居心地がいい。

 高い場所にある為、風通しも良くいい風が室内を通り過ぎて行く。


「お腹はすいていませんか? きのこのスープがあるんです。少しだけいかがです?」

「あ……ちょっとだけ」

「そのテーブルに座っていてください」

「あ、はい」


 言われた通り座る。

 ジェスは広い室内を横切って、土が敷いてある一角に進む。

 わざわざ室内に土を持ち込んだらしく、土の上に薪が置いてあって、その上に陶器製のなべのようなものが下げられていた。

 そこは料理するキッチンのような役目の場所なのだろう。


 目の前にふわふわの真っ白なパン。

 木のコップには何かの果物みたいな甘い香りのものが入っている。

 スプーンまで木で出来た物だった。

 金属類はないのだろうか?

 辺りを見回すが、そういったものは見られなかった。


「今朝の残りで申し訳ないのですが、どうぞ」

「ありがとうございます」


 さっそく口に運ぶと、きのこのクリームシチューみたいなもだった。

 パンは蒸しパンみたいで少し甘い。


「美味しい……。これ全部ジェスさんが作ったの?」

「ええ。お口に合って良かったです。私、家事は何でも出来るんですよ?」


 どうですか?と言わんばかりの言葉に苦笑してしまう。

 いくら私でも言葉の真意は伝わっている。

 でも判らない振りをするしかない。


「すごいですね!」


 私もにっこり笑ってとぼける。

 そんな私の反応にジェスはがっかりしていた。


 そりゃ夫婦になるなら、夫が家事を出来ないより出来るほうが助かるけれど、でもジェスは違う世界だ。

 恋愛対象外だし、恋人なんて欲しくない。


 胸に出来た空洞が痛む。


 私は思考を目の前にある食事に意識を切り替える。

 とりあえず言葉は通じるし、食事もまったく問題はない。

 それだけでもずいぶんと助かった。


 言葉も通じない、食事もダメとなればどれだけ生活に負担があるだろう。

 しかもジェスが助けてくれて本当に良かった。


 それから後はジェスにこの世界のことや、色んなことを教えてもらった。


 順応力があって諦めの早いのが私だ。

 還ることは諦められないけれど、この世界に召還されたことは受け入れることが出来た。


 今の目標はなんとしてでも召還した人を見つけ出す事。

 私はそれだけは決心した。



(2011/10/13修正)

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