第35話
強い風が背中から前へと吹き抜けていく。
その風を受けてエプロンがバタバタと音を立てながら何度もめくり上がる。
青い空を見上げれば、風にのって編んだ髪が揺れた。
この渡り廊下は城で唯一の吹き抜けになっていて天気の悪い時の通行は不便だ。
私は髪が口に入らないように、唇をぐっとつぐみながら暴れているエプロンを抑えてゆっくりと進んで行く。
ふと横を見れば、すぐそこは海が広がっている。
リキシス国の王宮へは潮の満ち干きにより出来る道を通らなければならないような海の上にある城だ。
城は高い城壁に囲まれており、その外と海の間にある土地には兵士達の重要な訓練場のようなものになっている。
今も眼下では兵士達がそこで訓練していた。
城の最上階でもあるこの廊下からでは兵士の表情まではわからないけれど、たった1人だけ誰なのかわかるほど、すごく目立つ兵士がいる。
その姿に気づき自然と微笑がこぼれた。
私と同じように風になびく、銀に光る美しい髪の持ち主はこの城ではたっか1人しかいない。
ジェスの元気そうな姿にほっとする。
王の暗殺計画を無事に阻止することが出来て、約束した通りジェスの命が助かった。
しかし戦争していた国の兵士となって戦争に参加していた為に無罪放免とはいかず、ジェスと私はリキシス国の王、バルドフェルド・リデ・プライズ・リキシスに誓約を交わし、この城に住むことになった。
私はメイドのような仕事を。
ジェスはウルベルムが団長を務めている精霊騎士団に所属された。
命を救う条件としてジェスはこの城から一生出ることが出来きなくなってしまったが、処刑されるよりはいいし、環境的に考えてもここは悪いところではない。
ここには従兄弟のウルベルムとアンリがいるし、身の安全も王によって保障されている。
勝手にジェスの運命を決めてしまった私がそう思いのかもしれないけれど、ここにいることがジェスの為になってくれればいいと思う。
私は元の世界に戻ることが出来れば、家族や友人がいて寂しくはない。
けれど、1人だったジェスは私がいなくなればまた1人になってしまう。
でも、今のジェスには従兄弟達や騎士仲間がいる。
バルト国の戦争に加担し、たくさんのリキシス兵士を倒したということで、ジェスも最初は騎士団で色々あったようだけれど、1つ1つ解決して今では仲間として認めてもらえるようにまでなったとアンリが教えてくれた。
ジェスはゆっくりと自分の居場所を作っている。
そのことで安心しているのに、なぜか少し寂しくもあった。
私がそばにいるとジェスは自分より私を優先していまう。
それではここでやっていくには良くないということで、私とジェスは王の許しがあるまで会えない。
ずっとそばにいてくれたジェスに会えないのは寂しいけれど、二度と会えないわけではないし、こうして離れた場所からではあってもジェスの様子を見ることが出来る。
私の方といえば、城の掃除が仕事で、毎日、城のどこかを掃除している。
単純作業ではあるものの掃除係りの女の子は多く、おかげさまで何人か親しい友達が出来た。
それでもなぜか時々すごく寂しい時がある。
元の世界に戻りたいのに、ここの生活に慣れてきてしまっているからだろうか?
仕事が終わると好きなことをして過ごせる。
私の場合は文字の勉強だ。
覚えたばかりの言葉でジェスと手紙のやり取りをしている。
手紙といっても当然長文なんて書けないから、子供のお手紙みたいなものだ。
今日はなになにをしました。楽しかったです。
なーんてレベル。
それでもジェスは毎回きちんと返事をくれる。
「良かったですね」なんて短い内容の時もあれば、アンリに読んでもらわないと無理なくらい長い時もあった。
長文の時はどの内容も、私の心配などばかりだ。
毎日が目まぐるしいせいだろうか?
最近は、胸の苦しさが落ち着いてきたように思う。
それでも彼のことを思い出せば辛いし、私のところへ戻って来てくれたらたらという想像をしてしまうこともある。
ただこの世界に彼は来られないし、私に連絡することすらも不可能な状況が私を落ち着かせてくれた。
あんなに苦しんでもなお彼を思ってしまう。
そんな愚かな自分にひどく胸が痛む。
元々誰かをすぐに好きになったり出来ない性質ではあるが、これだけのことされても彼を嫌いになれないなんて私は救われない程の馬鹿だ。
この世界に雲というものはないので、どこまでも続く青い空に向かって私は笑ってみる。
また誰かを好きになれたら、きっと彼のことを忘れられるだろう。
そうしたら今度こそ、幸せな恋がしたい。
そう思えるようになった自分の変化が嬉しい。
今度恋をするなら私だけを想ってくれるような誠実な人がいい。
そう想った時、脳裏にジェスの姿が浮かんだ。
ジェスみたいな人なら、私は幸せになれるかもしれない。
私は訓練するジェスを見下ろしながら、そんな勝手なことを考えていた……。