第33話
たった1つの恋によって命の比重が変わってしまうことを私は身を持って知っている。
それでも自殺だけはしたくなった。
これから長い人生、また恋をする。
そう思っていても心がそれを受け入れない。
なぜあんなに深く人を愛せるのか。
なぜ、彼でなければならないのか。
私にもわからない。
人として最低な男だと、頭では思っている。
けれど、心はいつまでも彼にしがみ付いているのだ。
情けない。
みっともない。
愚かだと、そんな自分にたくさんの言葉が並べられるのに彼の存在は大きく、私は前に進めなかった。
でも、前に進む努力はしようと思う。
命を精一杯生きようと思う。
今の私は知らない道を歩いているのだ。
ジェスを助けたいなら等価として自分の命を差し出せと言われて、私の思考に生まれた想いだった。
今命を投げ出そうと思っていた私がこんなことを思うのは何だか変だけど。
反する行動でも、私はジェスの為に命を差し出す。
人って本当に不思議。
バラバラな想いと行動なのに、心はこれを受け入れている。
きちんとはまったパズルのピースみたいに、収まるべきところへ収まったような満足感があるのだ。
楽しくて笑っているのか、苦笑しているのか自分でもわからないけど笑いがこぼれた。
私は掴んでいた剣の刃を自分の首に引き寄せようとしたのだが、なぜかピクリとも動かない。
ああ、大きな剣だし、持っているのは王だから、自分から身を差し出さなければ無理なんだと納得して首を動かして刃に当てようとした時だった。
ぺしっと頭が叩かれた。
なんで叩かれたのか判らず、視線を上げると王が私を苦々しく見下ろしている。
「簡単に差し出してるんじゃねえよ。差し出される方もつまらんだろうが」
「え?」
驚く私をそのままに、王は剣を背中の鞘にしまう。
「明日、予定通り専属の魔術師に俺の防御壁魔法を張らせる。アンリ、お前、明日は隠れて誰もわからないような防御壁を張っとけ」
「何急に?」
「わざと暗殺計画を実行させる。で、お前の手柄をコイツの王子でもくれてやれ」
「え? バド、それって……」
「ウルベルムにすぐ王子を早急に連れてくるように言っておけ。砦からすぐにこっちへ向かわせろ。王子が砦に囚われているのに俺を助けたらおかしいからな」
「……OK」
納得したのか、王の言葉にアンリが淡く優しく笑う。
「バト、ありがとう」
「いい。お前が自分の手で殺すと言い出した時からわかっていた。殺したいのと同じくらい本当は助けたいと思っているってな?」
素直にお礼を言うアンリに、王がニヤリと笑った。
幼い時からの友達。
その言葉が納得できる。
「あ、そうだ。姫君にはいますぐ誓約してもらおうか」
「え? 誓約?」
「王子の命を救う等価に姫君の命と、王子の誓約をさせるって話だっただろ?」
誓約がどういうものなのかわからない。
束縛の王冠が脳裏に浮かぶ。
また命を盾に命令を受けなければならないのだろうか?
「誓約って束縛の王冠みたいなものなんでしょうか?」
「ああ、似たようなモンだな。誓約すれば2人とも一生俺の物になる」
「……」
あんな風に脅されるなら誓約なんてしたくない。
そんな思いが顔に出ていたのか、アンリが困ったように笑いかけた。
「忠誠を誓い王の部下になるってことだよ。束縛の王冠のような強制力はないから安心して」
「部下?」
「俺の下で働いてもらう」
王の下で働くと聞かされ、さらに困惑してしまう。
私、侍女みたいな何かをして働くことになるんだろうか?
「何して働くんですか?」
「そうだな」
肯定しているのに、その内容を教えてくれない。
どうせ聞いても教えてくれないだろうと思うような人の悪い笑みを浮かべている王に少しむっとしてしまう。
「年頃の女の子が普通嫌がるような変な仕事はしませんからね」
先手を打って釘を刺してみると、王はすごく楽しそうに笑い出す。
アンリも楽しそうに笑っている。
明日、王が無事ならジェスが助かるのだ。
笑っている2人を見ていたら、じわじわとそんな実感が湧き出してくる。
王の暗殺計画を阻止するのに、他に私は何が出来るのだろうか?
都合のいい流れになったけれど、運命とは時にそんなものなのだ。
嘘みたいにいい方向へ転がる時もあれば、思いもよらないほど悪い方へ転がる時もある。
神がいるかどうかはわからないけれど、何かの運命に導かれているようにも思う。
だって、お話の中にしか起こらないと思っていた異世界への移動。
すでにこのこと事態が運命の1つとしか思えない。
私は、親しく話す2人を見ながら、廊下の窓から見える空を見上げた。