第29話
王都まで強行突破。
砦を出た時に野宿も覚悟していたけれど、夜はちゃんと宿屋に泊まった。
もちろん部屋も2つ。
質素だけれど、それなりの部屋。
アンリはジェスがしたように、フードつきのマントで自分の容姿を隠していた。
リキシス国は昔からハイエルフとの繋がりが深いため、他の国に比べて人間とエルフの関わりが深いらしい。
ハイエルフであるアンリは神の森の近くであればフードなどなくても気軽に歩いていたらしいが、森から離れているこの場所では騒ぎになるかもしれないという配慮から姿を隠していた。
そして2日目の夕方、王都に着いた。
着いて驚いたのは城のある場所だ。
目の前には海が広がっている。
街は海岸沿いに栄えていた。
それは城が海に浮かぶ島の上にあるからだ。
フランスにあるモン・サン=ミシェルに良く似ている。
あの場所は潮の満ち潮で道が出来たり消えたりする場所。
それと同じように、目の前の城へ続く道は水に満たされ見えなかった。
しかし、アンリは海岸に出ても馬を城のある方向へ進めていく。
「ちょ、ちょっと、道がないのにどうやって城に行くの?」
「僕がハイエルフだってこと、忘れてる?」
私の質問にアンリは楽しそうに答える。
忘れてはいないけれど、それとどう関係あるのか。
「僕は精霊を使役することが出来るんだよ。道がなくても、精霊が通してくれる」
アンリの言う通り、馬は海の上を問題なく進んで行く。
まるで海の上にガラスの道があるかのように、振動することなくゆったりと馬が歩いていた。
「まあ、こんなことしなくても、この街の到る所に城へ移動できる魔方陣があってね。そこからでも城に入れるんだ」
「じゃあ、普通はそこから移動するの?」
「そうだよ。でも手続きがちょっと面倒でね。僕とウルベルムはいつも海の上を行くんだ」
船に乗っているのとは違う。
揺れることなく海の上を移動していることに、ちょっとだけ不思議な感じがした。
「馬も怖がらないんだね」
「精霊の力が働いていることは、動物にもわかるからじゃない? ワカナも楽しい?」
「うん」
まあ、確かに海の上の移動は楽しい。
その上、アンリににっこり微笑まれると、何でもしてあげたくなる。
その時、ふとあることに気づいた。
そう言えばジェスも私の名前をカタコトで発音していたのに、いつの間にかちゃんと発音して名前を呼んでいた。
いつから?
思い出してみると疑問が湧いてくる。
街で襲われた時、ジェスはちゃんと発音できていたのに、捕まっていた時はカタコトに戻っていて、逃げ出してきた時はちゃんと発音していた。
なぜまたカタコトに戻ったりしたのだろうか?
深く考えようと思ったのに、アンリに話しかけられてしまった。
「門を入ったらすぐに広場だよ」
「あ、うん」
警備しているらしい兵が立っている門をすんなり通してもらい、馬は広場を進んで行く。
城はそれほど大きくはないが、壁には貝殻のようなものが貼り付けてあり、虹のような鈍い光を放っている。
少しだけ南国風のエキゾチックさが特徴的な、とても美しい城だった。
「この城に名前はあるの?」
「シャムル城だよ。リキシス国、初代国王の名がつけられている」
「シャムル城……」
まるで貝殻の名前に出来そうな名前。
この王都だけ見たら、とても鉱石だけで国を繁栄させているとは思えない。
「この国は鉱石で繁栄しているんだよね? 山は?」
「山はもう少し北に行くと山だらけだよ。リキシス国は山と海だけなんだ。あまり平地がないせいで植物を育てる場所がない」
「なるほど……」
農作物を育てる場所がなければ、必然的に他の国に頼らざる得ない。
しかし戦争に勝ってバルト国を手に入れた。
今後は鉱物と農産物の両方がリキシス国のものとなる。
リキシス国は今後飛躍的な繁栄をすることだろう。
「明日の式典はこの広場で行われる。王は城のバルコニーから姿を見せる。あそこだよ」
アンリが指差したのは城内へ入る入り口の真上にあるバルコニーだった。
「広場は場所が限られている分、誰でも広場に入れるわけじゃないし、その上、この城への出入りは魔方陣を通るしかない。式典中は魔方陣への魔力供給を止める。当然魔方陣は使えないからね。逃げるにしてもこの城からは出られない。よって実行者は捨て駒で実行したらすぐに自害かなにかするんじゃないかな?」
「……」
「すでに犯人の目星はついているけど出来れば実行犯を捕まえたいんだ。見事暗殺防ぐか、犯人を捕まえれば褒賞がもらえるよ」
アンリは何てことないように話してくれたけど、広場と言うだけあってかなり広い。
たくさんいる人の中で、たった1人の実行犯を見つけるにはどうすればいいのだろうか?
ありがたいのはかなり高い塀に囲まれて隠れる場所が殆どないというところだ。
私は王が立つという、ンバルコニーを見上げた。
暗殺するなら普通、武器を使うよね。
ここに来るには魔方陣を通るしかない。
「ね、アンリ、魔方陣からここに来る時って、どうやって魔方陣を発動させるの?」
「魔方陣には専用の魔術師がついていて、交代で魔方陣を発動させてる」
「なるほど……、その魔方陣には1度に何人くらい移動させられるの?」
「……説明するより見せるほうが早そうだね」
アンリは塀伝えに馬を進ませ、塀にある丸い建物に連れてきてくれた。
「町には4箇所魔方陣があり、城へはそこから移動できる。ここの他にも3箇所こういった建物があって、4つの魔方陣はそれぞれに繋がっているんだ。安全面を考慮され、魔方陣の上に人や物があるうちは魔法は発動しない仕組みになっている」
建物入り口は大きく開かれ、そこには白い幾何学文字みたいなものが円に書かれた模様があった。
大きさ的に直径100メートルもないかもしれない。
これが魔方陣なのだろう。
「この円陣に入れるなら一度に転送できる。人も荷物もね」
ここでしか城には出入り出来ない。
ふと、コンサートのことを思い出した。
コンサート会場に入る時、私物検査をさせられる。
録音、録画などを防ぐ為だ。
まあ、細かく調べることは出来ないから、隠し持って会場に入ることが可能な程度のチェックだけれど。
ここは海の上の城。
入るには入り口を通らなければ中には入れない。
これってコンサート会場と同じことが言える。
「魔方陣に入る時、荷物検査とかするの?」
「え? しないよ。書類を書いてそれが通れば誰でも入れるよ。まあ、明日の式典には重要人物とか、国の関係者しか入れないけどね」
紙一枚だけと聞いて驚いてしまう。
「……式典だけなら荷物なんていらないよね?」
「まあ、そうだね」
「じゃあ、魔方陣に入る前に荷物は持ち込まないでもらったら? 私物は一切なし、そうしたら武器も持ち込めないよね?」
「ああ、なるほどね!」
まるでそんなこと思いもつかなかったと言わんばかりの反応にどっと疲れる。
「もしかして、気づかなかったの?」
「自分の身を守る為に武器を所持することは当然だったからね」
育った環境の違いなのだろうか?
苦笑するアンリを見ながらいくらなんでも……と思ってしまう。
これだと色々と細かく確認しないとだめかな?
明日、王の暗殺計画を止めることが出来るのか、すっごく不安になってきてしまった……。
文字制限にひっかかってしまったので、ちょっと無理やり区切りにしました。