第27話
ショックな話を聞かされ、外はまだ明るいというのに、まるで光が消えてしまったように感じていた私の顔アンリが覗く。
私と視線があったとたん、にっこりと笑った。
「って言うのは半分う~そ♪」
「え?」
いたずらが成功したような顔をしているアンリをぼんやりと見る。
「だから、嘘! まだ処刑されてはいないけど、……でも、いずれそうなるよ」
「……」
「王は今終戦の処理でお忙しいから後回しにされているけど、処分が決まるとすれば処刑される。あいつはそれだけ俺達の兵士を殺したからね」
「でも!」
「君の言う通り、脅されて強要されたとしても、戦争であっても、憎むべき対象が目の前にいればその憎しみは向けられる。それくらい君だってわかるでしょ? まさか人を憎んだことがないなんて言わないよね?」
「……」
1年前の私なら「ない」と答えられただろう。
今はそう答えられない……。
「人は形あるものを求める。目の前にその対象があればなおさらにね」
ジェスからハイエルフは人間より高位で、普通なら人間と関わりを持たないと聞いた。
でも、アンリは人間のことをよくわかっているようだし、この国の為に戦争にも参加したらしい。
「バルド国王はすでに処刑された。他にも何人か処刑されてる。まあ、国の要人を全て処刑するわけにはいかないからほんの数人だけどね。国が傾いちゃうし」
私に呪縛の王冠を被せた、あの王の顔が浮かぶ。
死んだと聞いても何も感じない。
「あいつは戦場であれだけ派手に姿を見せてたんだ。誰の記憶にもあいつの姿は残ってる。当然憎まれる」
アンリの言いたいこともわかる。
それでも正しいわけでもない。
ジェスは脅され、強要されてたのだ。
「あいつとは違って君は何もしていない。だからここから出してあげる。そして君の力であいつを救ってごらんよ?」
「え?」
ジェスを救えと言われたような気がしてアンリを見る。
「さっきの話、バルト国の要人がずいぶん残ってるって話したでしょ?」
「うん」
「せっかく命を救ってやったっていうのに、王を暗殺しようとしてるお馬鹿さんがいるの。もし君が王を助けたら、王は君に礼としてたいていの希望は叶えてくれるし、俺達だって、大切な王を守ってくれた人の言うことなら聞きたいって思う」
言われている言葉をゆっくりと飲み込む。
私がジェスを救う?
そうすればジェスへの憎しみは消えるの?
「私が王を……」
「そう、君が王を救うんだ。あいつは命をかけて君を守ったみたいだけど、君はあいつに対し命をかけられる?」
自分の命をかけて王を守る。
そうすればジェスを助けることが出来る……。
今までただ生きていることが難しかった。
たった一人の男に裏切られ捨てられたことが、私の中で全てが変わってしまうほどのことだった。
昨日、あたりまえに出来ていたことが出来なくなった。
人を初めて憎んだ。
人の不幸を初めて願った。
生きている意味が……わからなく、なった。
昔の私なら男一人に捨てられたぐらいで……と思ったと思う。
向上のない付き合いなんて無駄だと。
別れて正解だったと思うと思った。
でも実際は違った。
私は生きているのが辛くなってしまったのだ。
たった1人の男に捨てられただけで……。
そんな私を、ジェスはいつも守ってくれた。
優しくしてくれた。
ジェスを守り為に命を賭けられるかと聞かれるなら、答えが決まっている。
「当たり前なこと聞かないで」
私がそう答えると、アンリはとても嬉しそうに笑った。
「ならボクが協力してあげる。暗殺の決行は3日後。王都の大広場で王が勝利宣言をする時。これから君を王都に連れて行ってあげるよ」
アンリの手が差し出され、私は躊躇うことなくその手をとって部屋から出る。
「あまり快適な旅じゃないと思うけど、もちろん我慢できるよね?」
「もちろん!」
走り出す彼に引っ張られるように外に出ると、一頭の馬が私達を待っていた。
それに乗る。
「じゃあ、王都に出発だ!」
そう言ってアンリは手綱を引く。
今まで守られているばかりだった私が、今度はジェスを守る。
不安や恐怖すらまったく感じない。
だって、アンリが協力してくれるのだ。
必ずやり遂げられる予感に私は砦の門を抜けて後ろを振り返る。
ジェス、待ってて。
必ず王を救って戻って来るから!
話せぬまま離れていくジェスに心で話しかける。
今、私は高揚感を久しぶりに感じていた……。