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第26話

 馬に乗せられてから2刻(2時間)ほど揺られ、連れて来られたのは国境を守るリキシスの砦だった。


 砦に入り、たくさんの兵士が行き交う中を進んで行く。

 どの人もジェスの姿に気づけば、憎悪の視線を投げる。

 そんな様子を見る度に、胸が痛む。


 仲間をほふった憎いエルフ。

 きっとそれに近い想いでジェスを見ているのだろう。

 ジェスの意志に反しての行為であっても、それを彼らは知らない。


 今すぐ側に行ってジェスの姿を隠したいのに、両手を縛り上げられている私には何も出来なかった。


 大きな門の前に行くと、アンリが馬から降りる。


「そいつを連れて行け」


 その言葉にジェスを乗せた馬が離れていく。


「ジェスをどこに連れていくの?」

「お前には関係ない」


 冷たい一言。


 関係ないわけない。

 ジェスは私がこの世界から来た時から一緒にいて、私の面倒をみてくれたのだ。


 いつの間にか馬から降りていたウルベルムが私を馬から降ろす。


「離して! 触らないで!」


 暴れたとたんウルベルムに掴まれた腕に痛みが走り、悲鳴がもれる。


「大人しくしてろ」

「……」


 何の力もない自分が恨めしい。

 私はウルベルムに荷物のように担がれ、要塞の中へ入った。


 石を積み上げたレンガ状の壁。

 装飾性は一切なく、無機質で寒々しい感じがする。


 何度か角を曲がり、ある扉の前で止まると、その部屋に投げ込まれるように入れられた。


「ここでしばらく大人しくしていろ」

「ジェス、ジェスは?」


 3畳ほどの部屋には、格子のはまった小さな窓とベッドがあるだけ。

 今の私にはこんな所に閉じ込められることよりも、ジェスのことだけが心配だった。


「自分の身より他人の心配か……。お前の男のせいで、我々はかなりの兵士を失った。処分については王が決めることだろう」


 それだけ言うと、ウルベルムは部屋を出て行く。

 慌ててドアに近寄り、取っ手を掴んで引くが、ドアはびくともしない。


「そんなのジェスのせいじゃない! 犠牲が出ることは戦争するまえにわかっていたことでしょ! だったら戦争なんてしなきゃよかったじゃない!」


 大きな声で叫んでみても、ドアの向こうから足音が遠ざかっていく。


「そんなの……ジェスのせいじゃ……ない。戦争なんてするから……ジェスが傷つく……」


 私の声はむなしく響くだけですぐに消えていった……。






 誰も尋ねて来ない部屋に入れられてどれくらい経っただろうか。


 1日3食。

 食事はパンとスープとサラダ。

 時々魚や肉が一切れついてくることもある。

 味は淡白でシンプル。

 それでも忘れられることなく運ばれてきた。


 食事を運んでくる兵士にジェスのことを尋ねても、彼らはけして口を開こうとはしない。

 状況がわからないまま、1日が過ぎていく。


 何もすることがない私は、食事のトレーの上に敷いてある紙を使って折り紙を折った。

 覚えている限り、色々と折る。

 そんなには折れないかと思っていたけれど、意外と覚えているもので色々と折れた。


 私は最後の仕上げをして立ち上がると窓の前に行く。

 そこから外に向かって手をすっと伸ばすと、手から離れた紙飛行機はゆっくりと青い空を進む。


 紙飛行機が見えなくなるまで見送っていると、ドアからノックの音が聞こえた。


 食事の時間ではない。

 返事もせずにドアを見つめていると、ゆっくりとドアが開く。


 そこから顔を見せたのはハイエルフのアンリだった……。








「……ってわけで、バルト国は消滅したよ」

「そう」


 気さくに話しかけてくるアンリの言葉に返事だけして、ベッドに腰掛けていた私はもう一度格子越しに外を見る。

 そんな私の様子を見たアンリは何か誤解したようで、困ったように笑う。


「やっぱショック? あー、そりゃそうか。そうだよね。自分の生まれた国がなくなったんだもんね」

「違う」

「違う?」


 私の言葉の意味が掴めなかったのだろう。

 アンリの綺麗な眉がハの字に寄せられた。


「自分の国じゃないから」

「え? 違うの? じゃあどこの出身?」

「……日本」


 その答えにアンリが首をかしげる。


「ニホン? そんな国あったかなぁ?」


 あごに手をあてて考え込むアンリには顔を向けることなく、ただ外を見つめる。


 話を聞く前にジェスのことを聞いたけど、それはきれいに無視された。

 私にとってジェスの安否の方が重大なのに……。


「ニホンってどこの辺にある島国?」

「ジェスは?」

「……」


 何を聞いてもジェスのことを聞く私に、アンリは肩をすぼめる。


「……本当に聞きたいの?」

「当たり前じゃない」

「ふーん」


 謎めいた視線が向けられる。


 ジェスと同じエルフ。

 容姿に比例して魔力の強さが測れるらしいけど、アンリよりジェスの方がずっと綺麗だ。


「あいつね……」


 アンリが私をまっすぐに捕らえる。


「処刑されたよ」


 その言葉を聞いたとたん、息が止まる。


 嘘だ。

 そんなの嫌だ。

 ジェスが……、ジェスが処刑されていいはずがない。

 ジェスは私のせいで戦争に参加させられただけのに。


 私のせいだ!


 私はなぜこの世界に召還されたんだろう。

 そして、私と会わなければ、ジェスは死なずに済んだ。


 ジェスを殺したのは私だ!


 足元の床が消えて真っ暗な穴が開いたような気がした。


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