第22話(ジェス視点)
陽が昇ってすぐ、兵士の一人が俺を迎えに来た。
まだ若菜が眠っていたので、気配を消して音を立てずに素早く支度をすませてテントを出る。
人を殺したことはないが、殺すことに対して俺は思うことは少ない。
人間よりエルフの方が高位な存在だ。
人間が虫をつぶしてしても罪悪感が薄いのと同じ。
高位の存在である我々が人間を殺しても、殺したことに対しては嫌な気分になるし、それなりに罪悪感は感じるだろう。
だが、それだけだ。
普通のエルフならその存在は人間にも近く、人間と交わって生活する者も多い。
そのせいか人間を殺せば、罪悪感は仲間を殺したものに近いのだろう。
人間であるアンネに育てられ、人と関わりがあっているせいで、俺は他の高位エルフ達にくらべれば考え方に違いはあるものの、存在のエネルギーが感じ取られる以上、たぶん殺してもそれほど苦痛には感じない。
こんなことを若菜に言えばどんな反応をされるのか予想がつくので、罪悪感に苦しむ若菜には言うことが出来なかった。
人を殺すことに苦しまないと言えれば良かったのだが……。
馬で移動し、ずいぶん進むとそこは戦場だった。
昨日会った隊長のラスキングが兵士達に指示をしている。
そこへ連れて行かれた。
ラスキングはちらりと俺に視線を向け、今話している男と話を終わらせる。
「来たか。今日は広範囲の大きな攻撃魔法を使ってもらう。休まずひたすら打て。手を抜いたら女が罰を受けさせることになっている。それがどんな意味かお前にもわかっているだろう?」
「……」
「セブル!」
「はい!」
「この男を連れて行って監視していろ。何人かはこの男が倒れないように援護してやれ」
「はっ!」
男に連れられ前線に向かう。
魔法は万能ではない。
及ぼせる範囲は力に比例するが、攻撃対象に離れていては魔法が届かない。.
たくさんの人間を倒す時は、魔法を横からぶつけ、なぎ倒すように移動させる。
しかしこのような戦場では広範囲に人が散らばっており、なぎ倒すには効率は悪い。
高い場所から弓のように範囲のある魔法を無差別に落とすのが一番有効だろう。
だが、問題が1つある。
魔法とは自然の力のエネルギーを使う。
普通、そのエネルギーを使うのに精霊の助けを借りて力を使うのだ。
つまり、精霊がエネルギーを送り込んでくれるものなのだが、俺は精霊と契約をしていない。
精霊を媒介せずに直接エネルギーを使っている為、魔法を使うと体への負担が大きくなるのだ。
エルフは生まれて物心がつくと、親にから精霊と契約する方法を教わる。
しかし俺は生まれてすぐに捨てられ、アンネに育てられた。
当然、精霊との契約の仕方を知らない。
他のエルフに聞ければいいのだが、俺は存在ゆえに他のエルフ達に避けられていた。
誰もそれを教えてくれる人がいない。
人間は精霊と契約しなくても魔法が使えるようなのだが、そのやり方が理解できないのではどうすることも出来ないだろう。
その為、俺は魔法を使う時は体に負担のかかる、直接エネルギーを魔法に変換する方法で魔法を使っていた。
若菜を盾に取られている以上、倒れるまで魔法を使う以外ない。
俺は命令された配置につき、戦場を見回す。
「数人護衛につける。それでも弓や剣などの武器に対してしか対処できない。魔法を食らわないように自分で防御するように」
「ああ」
「それと、もっと良く見える場所に移動してくれ」
「良く見える場所とは?」
「お前の姿だけでも十分威嚇の役目を果たす。戦意を消失させるのに役立つだろう」
「なるほど……」
少し遠目に見たとしても、この髪と肌が目視出来れば、俺の存在がどういうものかわかる。
この姿ってことだけで、俺は自分の出生の秘密を晒して歩いているようなものなのだ。
俺はもう少し前に進み、少し小高くなっている場所に立った。
周りには数人の兵士が俺を守るように辺りを警戒している。
とりあえず戦意を消失させるなら、一番最初の魔法は大きい方がいいだろう。
俺は光の防御壁を回りにめぐらせ、闇の攻撃魔法を呪文を口にしながら練り上げていく。
呪文をどんどん練り上げて、その力を増幅させた。
後は最後の呪文を唱え、手を振りかざした……。
辺りは地響きが頻繁に轟く。
噂でしかなかったハイエルフとダークエルフのハーフの存在の登場に、敵は大混乱していた。
次々降り注ぐ広範囲の闇魔法。
リキシス兵にはかなりの魔道師がいる。
防御魔法で凌いではいるようだが、防御する範囲より、こちらの攻撃範囲の方が広いため、防御から外れた者が倒れていく。
自分でも魔法をこんなふうに使ったことは初めてなので、加減がわからない。
とにかくひたすら打たなければ、若菜に何をされるのかわからなかったので、ひたすら魔法を打ち続けた。
何時間ほど打ち続けたのだろうか?
急に眩暈がし膝が折れる。
「なんだ?」
急に膝をついた俺に、護衛についていた兵の一人が反応した。
「……もう限界だ。これ以上は無理だ」
「そうか、では下がれ」
そう言われても立ち上がる気力もない。
動けない俺を男が2人両脇から手を入れ抱えて歩き出す。
「今日は完全に圧勝だ。このまま続けていれば戦争に勝てそうだな」
「ああ」
抱えている右側の男が左の男に嬉しそうに話しかけている。
今日は圧勝かもしれてないが、リキシスも馬鹿ではない。
いずれ何かしらの手を打ってくるはずだ。
その時の反撃が怖い。
安全な場所に連れて来られ、土の上にそのまま横にさせられた。
酷い眩暈。
体も痛む。
それでも横たわったことで、少しだけほっと息がつけた。
腕にちりりとした痛みが走り、顔をしかめる。
さっき、炎の攻撃魔法が防御壁を破って俺に届いた。
腕の所が少しだけ火傷になっている。
俺の魔法が届くということは、相手の魔法も俺に届くということだ。
力に差があったとしても条件は同じ。
こちらは防御と攻撃の両方に力を割いている分、魔法の精度が落ちてしまう。
魔法には「威力」「範囲」「距離」の関係があり、どんなに力が大きくてもどこを特化するかが重大になる。
攻撃範囲は小さくても威力はあり、届く距離が短いなら、少数派の接近戦。
攻撃範囲は広く、威力は弱いが届く距離がそこそこなら、大人数向けになる。
そうして限られた力の配分を決めるのだ。
今日は大人数向けの戦い方にしたので、攻撃範囲を小さく威力を上げ、そこそこの距離に魔法が打てる者なら、俺にも魔法が届いてしまう。
いくら防御壁を築いても、攻撃も同時に行っている魔法では防御はゆるい。
だからこうして火傷をしてしまったのだが……。
若菜の所に戻る時には、少しでも癒しの魔法で怪我を治しておかなければならないだろう。
俺は少しでも体力が回復するように少し眠ることにした。