第21話(ジェス視点)
若菜の命を脅かす『束縛の王冠』がフレッドのおかげで外れた。
命を救う医師である彼が人の命を奪ったことは、今後彼にどれほどの後悔と苦痛を与え続けるのか、少しだけ俺にも理解出
来た。
『してはいけない』ことをする。
その結果(娘)が目の前にいるのだ。
忘れることすら許されない。
だが、彼のおかげで逃げられることが出来た。
その彼に俺は娘さんと会って幸せになるようにと祈ることしか出来ない。
最後に言った言葉が、ほんの少しでもフレッドの心の支えになってくれればいいのだが……。
何とかあそこから逃げ出すことが出来たが、南にあるエジルオンを目指すには南に進むしかない。
結局、最初に行った襲われた町に近いところへ逃げてきてしまった。
軍から逃げ出した脱走兵の盗賊はタチが悪い。
人を殺すことに慣れた彼らは、どんなことでも躊躇わずに行動する。
少しでも安全な場所に行きたいが、森を出たことがない俺には安全な場所がどこなのかがわからない。
その場、その場をしのいでいくしかないのだ。
安全の度合いを考えるとあまりかわらないのかもしれないが、いざとなれば魔法が通じる分、盗賊の方が若菜の安全度は高い
。
長時間馬に揺られ、まだ回復にはいたっていない体が熱を持ち始めていた。
そんな俺の様子に気づいた若菜が川に近い場所で休憩を言い出した。
行く当てもないまま馬を走らせても仕方なかったこともあって、休憩を取る事にする。
癒しの魔法を何度も使っていたせいで体力がまったくない。
少し意識が朦朧とし始める。
若菜はそんな俺が少しでも休めるようにと濡らした冷たい布を額にのせてくれた。
水を入れられる物を探してくると俺から離れて行こうとしたので注意をすると、姿が見える範囲にしかいかないと約束したのだが
、すぐに姿が見えなくなった。
心配になって呼ぶが反応がない。
起き上がって若菜を探そうとした瞬間、頭に激痛が走り、俺は意識を失った……。
若菜の命を盾にされ、俺は戦争に協力することになった。
自分の魔法が人の命を奪う。
それでも俺にとっては若菜の命の方が重い。
了承以外の道はなかった。
王が俺を見る。
「ハーフが両方の資質を持つことこそ奇跡に近い。噂では生まれないと言われていた……。だが、どうだ? その奇跡が我の目の
前にいる!」
「……」
「戦争が終わったら、ハイエルフかダークエルフを見つけ出そう」
恍惚な表情を浮かべ、王は俺のあごに手をかけて顔を上げさせた。
本当は敬語で話すのも嫌な相手だが、言葉1つで人を処罰出来る地位の王に揚げ足をとられてはかなわない。
「何のためにです?」
「今度はクウォーターを生み出すのだ。1人くらいは資質を受け継いだ娘が生まれるかもしれない」
「……くだらない。その前にエルフを捕まえた時点で気が変わるでしょう」
「なぜ?」
「美しいエルフを前に、手を出さずに俺にあてがえるとは思えないからですよ」
「なるほど……」
俺の言葉に王が楽しそうに笑う。
王は俺に子供を作らせ、資質を継いだ女が生まれたら自分の愛人にしようと言っているのだ。
気の長い上に、ずいぶん低い確率に賭けている。
それに上位エルフを見た瞬間、自分の物にした方がいいと思うに違いない。
ハーフであっても、大抵は片方の資質は受け継ぐ。
ハイエルフとダークエルフから生まれた俺には、ハイエルフの力を継いだ子か、ダークエルフの力を継いだ子のどちらかが生まれる。
俺と同じ両方の力を継ぐ子供が生まれる確立は俺より奇跡の確立になるだろう。
それに若菜以外の女は愛せない。
彼女以外に妻にと望むことはない。
俺の子供はこの世に生まれることはないのだ。
「お前は女を抱いた経験はあるか?」
「……いいやない」
「ふふふ、女はいいぞ……。満足させてくれるのは快楽だけではない。女は絵画のように見て楽しみ、楽器のように喘がせて声を
楽しむ。蹂躙し、征服する者の優越感を感じることが出来る。女は一度抱くと何度でも抱きたくなるのだ」
王は思い出しているのか、少し恍惚とした表情になる。
「あまりいい趣味とは言えませんね」
「そんなことはない。他の貴族どもに比べればいたって正常な好みだろう? 女にしか興味を示さないのだからな」
本人は自分をまとものように言うが、本当にまともな者は、相手の意思を無視して何人もの女に手を出したりはしないだろう。
しかもこの王は女なら年齢、立場に関係なく手を出す。
つまり、子供でも、既婚者であろうと関係なくだ。
アンネの娘はすでに既婚者だった。
不義を強制され、自ら命を落とした。
そういう者がこの王のせいで後をたたない。
「お前と一緒にいた娘……。なぜあのような者をそばに置く? あまつさえあの娘の命の為に我の命令を聞こうとまでするのだ?
」
王が若菜に興味を持ち始めている。
彼の興味は性的なものと直結しているのだ。
これ以上の興味は若菜を性的な危険へと導いてしまう。
「……彼女は俺が初めて試した召還呪術によって召還された者だからです。俺は召還した者をまた別の世界に飛ばす研究を
している。俺にとって彼女は大切な研究材料だ」
「ほう?」
俺の言った嘘は説得力があるはずだ。
召還呪術は術法が確立されてずいぶん経つ。
召還した者を観察することは術を行った者によって当然の行為で、呪術を研究している者にとって研究材料は貴重な存在に
なる。
「別の世界に飛ばしたところで、何か大きな成果になるとも思えんがな」
王は予想通り、俺の答えに湧いた興味が失せたようだった。
「まあいい。明日の明朝、戦場に出てもらう。誰か、隊長のラスキングを呼べ!」
「かしこまりました!」
王が声を上げるだけで外に控えていた兵士が動く。
しばらくすると少しだけ鎧の形の違う男がテントに入ってきた。
「我が君、ラスキングです」
「明日よりこの者を使え。ひとまず連れて来た娘の所に連れていくがいい」
「かしこまりました……」
ラスキングと呼ばれた男は強面の熊のような体格をした男だった。
逃げることはないとわかっているらしく、男に連れられてテントへ向かう。
あんな体格でありながら足音すらしない。
王が俺を任せるほどなのだ。
それなりに武術が使える者なのだろう。
「明日、日の出と共に出る。出発する前に誰かを迎えに行かせる」
「……わかった」
案内をされたテントに入ると、若菜の声が聞こえた。
目が醒めているようだ。
少しだけ安心する。
テントの中に入れば若菜が震えていた。
「ワカナ?」
「ジェス?」
「どうしたんです? 何かされたのですか!」
視点も合ってないようだし、不安そうな表情だ。
側にはあの医師がいる。
医者だと言っても俺にとっては敵だ。
俺は素早く医師に近づき、胸倉を掴んで締め上げる。
「ちがっ……ぐっ!」
「ジェス? 何してるの? 私は何もされてないよ?」
若菜は驚いてこちらに手を伸ばしているが、その手が戸惑うようにさ迷っている。
まるで目が見えないかのように……。
「もしかして目が見えてないんですか?」
「一過性なものです。まだ毒が中和されていないせいで目がかすんでいるだけですよ。今薬を飲ませたので明日か明後日には
直ります」
医者が苦しげに首をさすっているのを視界の端に捕らえながらも、俺は若菜が横になっているベッドに座わり、その手を取る。
「大丈夫ですか? 気分は?」
「ごめんなさい……」
「急に謝ったりしてどうしたんです?」
「私のせいで王様の命令を聞かなくちゃいけないんでしょ?」
若菜には悟られまいと思っていたのに、この医師が俺の気持ちを無駄にした。
あまりの腹立たしさに医師を見ると、医師は怯えたように小さな悲鳴をあげる。
とたん、若菜が俺の手を引いた。
「フレッドさんを責めないで」
「私はそんなこと聞かせたくなかった……」
「でも私は事実を知れて良かったって思ってる」
そう言って若菜が笑う。
その笑みは無理に浮けべている事がわかるほど痛々しい。
守りたいと思った。
守れると思った。
しかし現実は何1つ上手くいかない……。
そんな俺の気持ちを察したのか、若菜から柔らかい唇が俺の唇に押し付けられる。
甘く痺れるような触れるだけのキス。
それでも若菜からしてくれた初めてキスは俺の体を熱くさせた。
「ごめんなさいとしか言えなくてごめんなさい。ジェスに返せるものが私にはなくて、ごめんなさい……」
「ワカナ……」
彼女は苦しんでいる。
自分のせいで俺を戦争に巻き込んだと思っている。
掴んでいた手を持ち上げ、手の甲にキスした。
「ワカナは何も気にすることはありません。それにここで足止めされるのも悪くないと思っていますよ」
「? どうして?」
「それだけワカナと長く一緒にいられますから」
異世界に還りたいと望む若菜とは一緒にいられる時間が限られている。
ずっと側にいてほしいのに、若菜の気持ちを考えるなら若菜を元の世界に還すしかない。
一緒にいる時間が限られているからこそ、この上なく甘美なものに感じる。
俺は若菜を抱きしめた。
「とりあえずワカナは早く良くなってくださいね?」
「うん……」
しがみつく様に抱きしめ返す若菜の反応が嬉しい。
恋に狂っている男は好きな子の反応ならどんなおこぼれも喜ぶ。
始末に負えないな……。