第20話
昼間さんざん寝ていたせいか寝が浅く、すぐに目が醒めてしまう。
2、3回それを繰り返して結局寝るのを諦めた。
横にいるジェスはよく寝ているようで、静かな寝息を立てて眠っている。
その様子を不思議な気分で見ていた。
癒しの魔法は光属性でハイエルフが最も得意とする魔法だとか。
傷の治りを早める効果を与えるだけで、ぱっと傷が消えて治るというものではないらしい。
それでも重ね掛けすることによって効果は強くなる。
しかもジェスは力が強いので1度の効果も大きい。
でなかったら1日で歩き回れるようになることは不可能らしい。
ジェスが癒しの魔法が使えて良かった。
辛い思いが少しでも早く軽くなってくれるのは嬉しい。
苦しいのは誰だって嫌なものだ。
そんなことを考えながらうつらうつらとし始めた時だった。
カツンと金属音がすぐそばで聞こえ、慌てて目を開ける。
音がしたのは頭の上で、確認する為に顔をあげた。
「え?」
1つだけ残されたランプの光に反射する物を見て、思考が止まる。
頭に触れて確認してみれば、何も触れるものがなかった。
「ジェ、ジェス!」
小さな声で呼びならがジェスの体をゆする。
すぐに目を醒ましたジェスに頭の上にあった物を見せたとたん起き上がった。
「どういうことなんですか?」
「わかんない。と、とにかく逃げよう?」
「ええ」
ゆっくりと音を立てないように起き上がってテントを出る。
隣のフレッドさんのテントを覗いてみたが、何故かフレッドさんがいなかった。
こんな深夜にどこへ?
逃げる前に一言でも声を掛けたかったが、まさか探し回るわけにもいかない。
とにかくチャンスを逃してはならないと、歩いた時に見つけた馬のいる場所に急いで移動する。
お金は肌身離さず持っているのだ。
とにかく逃げることが出来ればいい。
そう思って馬のいる場所に近づくと、そこに人が立っていた。
「人がいる」
「仕方ありません、眠ってもらいましょう」
魔法を唱えようとしてたジェスが、いきなり呪文を止めその人物に向かって歩き出した。
「ジェス?」
「あれはフレッドですよ」
「え?」
少し近づいて見てやっとフレッドだってわかった。
この世界には月がないので暗くてわからなかったのだ。
フレッドさんもリングが外れて逃げようとしていたのだろうか?
「フレ……」
名前を呼ぼうとした声が途切れる。
暗くてはっきりしないが、テントの方からもられる光で少しだけ見えるフレッドさんの姿に私は足を止めた。
「ここにいる馬を全て逃がします。その1匹に乗り紛れて逃げてください」
「……フレッドさん、何をしたの?」
白い服や、顔に黒っぽいものがあちらこちらに付着している。
それがなんなのか私にも聞かなくてもわかっていた。
突然外れたリング。
フレッドさんの姿を見ればどうして外れたのかわかった。
「……あなたが渡し忘れた手紙には、娘を養女にしたということが書かれてました。妻は私が捕まった時、兵士の一人に暴力を受け、その傷が原因で亡くなっていました……。一人っきりになった娘をある人が引き取ってくれたようで、その人からの手紙でした」
「!」
話を聞いて言葉が出ない。
すぐ横にいたジェスにしがみついてしまう。
「私はもう医者じゃない……。娘に会いたいただの父親です」
「……そうです。あなたは医者である前に一人の父親だ。それに私と若菜を助けてくれた。苦しくなったら命を助けた私達のことを思い出してください」
「……ありがとう」
ジェスの落ち着いた静かな声が響く。
命を救う医者でありながら、娘の為に人を殺した。
ジェスの言葉が救いになるのかは、わからない。
それでもフレッドさんが少し笑ったことが嬉しかった。
「若菜、急いでここから離れましょう」
「うん」
ジェスは近くにあった馬に先にまたがり、私を引き上げる。
「私はここにいる馬を驚かせて逃がします。2人も乗せているのにその馬が驚いては逃げられないかもしれない。だから先に行ってください」
「わかりました」
「……フレッドさん、色々とありがとうございます」
「いいえ、短い間でしたが貴方達に会えてよかったですよ」
あらかじめ壊された柵を越えて森に向かう。
しばらく森を進んだ頃、後ろでバン、バンと大きな破裂音が2度聞こえた。
すごい勢いで走る馬にしがみついている私は舌を噛まないように口を開けることが出来ない。
必死に馬の首に捕まりながら、フレッドさんが無事に娘と会えるように心の中で祈り続けた……。
馬は南の方へ走り、結局元の場所。
最初に襲われた町の近くへ戻ってきていた。
長時間馬を走らせたせいで疲れたのだろう。
ジェスがぐったりしていることに気づく。
歩けるまで回復したとは言っても、こんなふうに馬に乗って走るほど回復してなかったのだろう。
ジェスの体が熱い。
川の近くで馬を降りて、馬もジェスも休ませることにした。
「大丈夫?」
「ええ」
川の水で濡らした布をジェスの額に乗せる。
長かったり短かったり、長さがばらばらの髪が昨日のことを思い出させた。
まだ元気になったわけじゃない。
それでもあそこにいる方が危ないのだ。
ジェスに水を飲ませたくって、何か入れ物の代わりになるものはないかと探してみる。
「若菜、あまり離れないでください」
「うん。ジェスの姿がわかる範囲しか行かないから大丈夫だよ」
月の光もない暗い森で、うっかり歩き回れば迷子になることは私にもわかっていた。
だから、ジェスが見える範囲で歩くつもりだった。
ジェスの頭の上に目印として、あそこから失敬してきた小さな光る石を木の間に置いてある。
光が見えなくなったら戻るつもりだった。
何度も光を確認しながら辺りを探していると、木の実を見つけた。
ベリーを少し大きくしたような姿で、味はオレンジみたいな感じの木の実だ。
これくらいならジェスも口に入れられるだろう。
服を籠代わりにして摘み取っていく。
たくさん採っても食べられなかったらもったいないので、片手くらいの量にした。
急いでジェスの所に戻ろうとして立ち上がった瞬間、誰かに腕を引かれて後ろに引っ張られた。
もう追っ手が?
それとも盗賊?
その答えはすぐにわかった。
背中に冷たい鎧の感触があったのだ。
声を出す前に口を塞がれる。
暴れて逃げようとするが、首に何かが当てられた。
「動くな」
後ろから聞こえる低い声に絶望感が沸き起こる。
せっかく逃げてきたのに!
せめてジェスだけでも見つかりませんように!
そう願ったのに願いは叶わなかった。
「若菜?」
私を呼ぶジェスの声が聞こえた……。