第19話
どれだけ見ていたのだろうか。
いつの間にかフレッドさんが戻って来ていて、他の患者を診ていた。
「ワカナさん、薬を塗るのでまた手伝ってください。張った銀の紙を剥がしてくれますか」
「……はい」
返事をし、椅子から立ち上がって今度は銀の紙を剥がしていく。
「前から炎系の魔法を受けたようですね。とっさに魔法で攻撃を緩めたようですし、頭と背中は無傷ですから助かるはずです」
「……」
「癒しの魔法を使える人ですから意識さえ戻せば、自分の魔法で怪我を治すことが出来ますよ」
意識さえ戻ればとフレッドさんは言うけれど、それは戻らなかったら死ぬっていうことなのだろうか?
パリパリと音を立てながら紙を剥がす。
剥がした所からフレッドさんが薬を塗っていく。
「癒しの魔法で治るなら、ここに癒しの魔法が使える人がいないんですか?」
「……以前にも言ったと思いますが、自分よりも魔力の大きい相手には魔法がかけられないのです。いくら癒しの力があっても彼には意味がない」
「そんな……」
ジェスの魔力が大きいせいで治すこともできないなんて……。
そんなのない。
「意識が戻るまでですよ」
そう言われたって何の慰めにもならない。
それから紙を剥がして薬を塗ってはまた紙を貼るという治療を数回繰り返す。
夜遅くなり、自分のテントに戻って寝るように言われてもジェスのそばから離れない私に、フレッドさんはすぐ隣のベッドを開けてくれた。
ベッドに横になってもなかなか眠れない。
何度も目を開けてジェスの様子を確認しては目を閉じるということを繰り返し、やっと眠ることが出来た。
どれだけ眠ったのか、目を覚ますとテントの中は少し明るくなっている。
夜が明けたのだろう。
すぐに横のベッドを見ると、ジェスと目が合った。
「ジェス!」
飛び起きた私にジェスが静かにするように言う。
他にいる患者さんが寝ていることを思い出して声を小さくする。
「今フレッドさんを呼んでくるから待ってて」
そう言って急いでテントを出て隣のテントに飛び込むように入る。
「ジェスの意識が戻った!」
急に飛び込んで来た私のせいで目を醒ましたフレッドさんは小さく笑って立ち上がった。
「良かったですね」
「うん」
テントに戻ると、フレッドさんは紙の一部を剥がして傷の状況を確認する。
「少しは良くなっているようですが、自分の魔法で癒せそうですか?」
「少しなら……」
「無理しないでしばらくこのままでも構わないんですよ」
「いいえ。少しでも早く痛みを取りたいですから」
ジェスはそう言うと右腕の紙を剥がすように頼んだ。
フレッドさんが紙を剥がし出したので、私も一緒になって紙を剥がす。
綺麗に剥がすと、自分の額に左指を置きながら何かの呪文を言葉にした。
次の瞬間、ジェスの体が淡く光だし、数秒後、光が収まる。
紙を剥がしたことで見えていた右腕の火傷の跡が少し綺麗になっていた。
「どうですか?」
「さすがに痛みを取るところまではまだ無理のようです。ですが、ずいぶんと楽にはなりました」
「では、痛み止めの薬を飲みましょう。ワカナ、彼の頭を支えて薬を飲むのを手伝ってあげてください」
「うん」
言われて首の後ろに手を差し入れてジェスの頭を持ち上げ、受け取った薬を口に入れてからゆっくりと水を飲ませる。
「ゆっくり休んで魔法を何度も掛けていれば夜には元気になりますね」
「はい」
「ではゆっくり休んでください」
フレッドさんはそれだけ言うと、大きなあくびを残して自分のテントに戻っていった。
「私ももう少し寝ますから、ワカナもちゃんと寝てください」
「うん……」
「もう大丈夫ですから」
「……」
大丈夫なことはわかる。
それでも胸に何かがのしかかっていた。
しばらく考えた後、私は自分が寝ていたベッドをジェスの寝ているベッドにぴったりとくっつけ、ベッドに横になってジェスの手を握った。
そんな私に最初はジェスも驚いていたけれど、握った手を優しく握り返し微笑んでくれる。
次に目を醒ました時、ジェスはまだ眠っていた。
でも変な色になっていた顔色は普通に戻っていて、右腕に見える傷はほとんど塞がっている。
そのことに安心して私はまた目を閉じた……。
ふと目を醒ますとテントにはランプの光が灯っていた。
ずいぶんと眠っていたようだ。
隣を見ると、ジェスの背中が見えた。
しかもちゃんと服をきている。
私が起き上がると気配に気づいたのかジェスが振り向く。
「あ、起きました?」
「うん……。ごめん、いっぱい寝ちゃってた?」
「疲れてるのだから当たり前ですよ」
優しく微笑んでいるジェスの前にはフレッドさんが立っていた。
「昨日から何も食べてなくてお腹がすいたでしょう? 今食事を持って来ますのでちょっと待っててください」
「あ、それなら私が自分で運びます」
「そうですか?」
まだ起き上がるだけでせいいっぱいのジェスはそのままに、フレッドさんの分もテントに運ぶ。
医療テントに食事を運んだことを報告に戻ると、ジェスに「ゆっくり食べてきてください」と言われた。
ジェスはすでに病人食を食べたらしい。
いつもよりずっと早く食べて医療テントに戻ってきた私にジェスは少し困ったように笑う。
「消化に悪いですよ」
そう言われ、返事をせずに他の患者さんの包帯を換えたり、自分で出来ることを手伝った。
夜も更けて深夜になる頃、ジェスは立ち上がれるようにまで回復していた。
服の間から見える怪我もずいぶん薄くなっている。
自分で癒しの魔法を何度もかけていたらしい。
魔法を使うせいで体力だけがなかったと話してくれた。
まだだるそうだけれど、前のように疲れている様子はない。
そのことにほっとするが、ジェスが元気になれば、また戦場に狩り出されることを思い出した。
このままではいつ同じ目に合うかわからない。
こんなことがまたあったら、今度こそジェスは死んでしまうかもしれないのだ。
なんとしてもここから逃げ出さなければ……。
寝ると言うフレッドさんに挨拶した時、ふとあることを思い出した。
「あ、フレッドさん、ちょっといいですか?」
医療テントから出て、そっと胸から納品書を出す。
「昨日荷物を受け取った時にもらった納品書、預かったまま渡すの忘れていました。ごめんなさい」
「……何だって納品書をそんな所に隠してるんですか」
困った顔をしているフレッドさんに人差し指を口の前で立てて辺りを伺う。
夜遅いせいか人気はない。
フレッドさんにしか聞こえないほどの小さな声で話ながら紙を差し出す。
「中に手紙が入ってます。荷物を持ってきた人から受け取りました」
「……」
私の言葉にフレッドさんは神妙な顔で納品書を受け取った。
「じゃあ、おやすみなさい」
「あ、はい……」
戸惑っているフレッドさんと別れ、医療テントのジェスの元に戻る。
「お帰りなさい。急にどうしたんですか?」
「あ、昨日運んだ荷物の納品書渡すの忘れて」
「それでわざわざ外で?」
「うん、ポケットがなくて服の中にちょっと入れておいたから……ここじゃ出すのに恥ずかしいでしょ?」
その説明で納得してくれたのか、ジェスは「そうですか」とだけ言ってベッドに横になった。
私もベッドに横になる。
昨日は死ぬんじゃないかと思うほど酷かったのに、今日は歩けるほど元気になったジェスに安心していた。
後はどうやってここから逃げるかだ。
明日は誰かに話しかけてみようと思いながらゆっくりと目を閉じた。