第18話
目が醒めると、私はジェスのベッドに眠っていて、使用主のジェスの姿はテントのどこにもない。
いっつものことだが、私が目を醒ます前にジェスはいなくなってしまう。
ここに来てから6日目の朝。
私は着替えてテントから出る。
入り口を見張っていた兵士はもういない。
拠点となっているここの周りには動物進入よけの障害物で囲まれている。
ジェスの働きに満足した王が、そこから外に出ない限りは自由に歩き回っていいという許可をくれたらしい。
ただし、一歩でもそこから外に出たら問答無用で足を斬ると脅された。
私はフレッドさんのテントに向かって、テントの合間を歩く。
一人で食べるのは寂しい事に気づいてくれたフレッドさんが、一緒に食べようと誘ってくれたのだ。
歩きながらさりげなく辺りの様子を伺う。
テントの配置などを頭に叩き込んでいく。
逃げるとき迷子になったら無駄な時間を浪費してしまうからだ。
お金は宿から出た時にジェスから預かっていたので、肌身離さず持ち歩くようにしている。
一応、一緒に旅してきた馬も連れてきているらしいけど、馬がどこにいるかわからない。
戻る時に少し散歩してみよう。
夕食を食べ終わり、自分のテントへ向かってぷらぷら歩いている振りして来た時とは違う所を歩く。
あまり長く歩いていると怪しまれてしまうので、朝、昼と夜に別々のルートを歩くことにしてあまり人がいないところを選んで歩いていた。
おかげでずいぶん色々とわかってきた。
「おい!」
突然背後から兵士に呼び止められて、心臓が飛び跳ねる。
もう怪しまれた?
そう思って振り向く。
「少し人手が足りない。手伝え」
そう言われて連れて来られたのは出入りしている入り口のそばだった。
少し広くなっている場所に荷車がある。
「荷物を受け取ってそれを医者に渡して来い」
そう言って兵士はいなくなってしまった。
残されたのは荷物を降ろす手伝いをしている数人の兵士と、鎧を着ていない一般の人が2人。
その一般の人は何だかきょろきょろしている。
そのうちの1人が私に気づくと、話しかけて来た。
「軍医さんへの荷物は君に渡せばいいのかな?」
「あ、はい」
「ちょっと待っててくださいね~」
そう言って荷物を取りに行ってしまう。
着いて行くべきなのか迷っていると、すぐに男は荷物を持って戻って来た。
「納品書を確認しますのでちょっと待ってくださいよー」
男は持っていた荷物を下に置いて紙を広げる。
「えっと、医師の名前はフレッド・オリヴァ医師?」
「はい」
「では、注文の……」
男が紙を確認しながら次々と荷物を渡していく。
1つ1つは軽いものだけど、意外と数がある。
最後の1つを私の持つ荷物の一番上に置くと、持っていた納品書を荷物を持つ手に差し込んだ。
「納品書は医師に荷物と一緒に渡してください……」
そこまで言った後、男が私にしか聞こえない小さな声で囁いてきた。
「中に手紙を挟んでおきました。誰にも見られないように医師本人に渡してください」
言われた内容に驚いて、辺りを伺うが、誰もこちらを気にしている様子はない。
私は手に差し込まれた納品書をしっかり掴み直す。
「はい、わかりました」
そう言って頷いてそこから離れてフレッドさんのテントに向かう。
なぜ手紙を他人に隠して私に渡したのだろうか?
それが少しひっかかる。
考えられることは内容に問題がある場合だ。
私はフレッドさんのテントに着いて声を掛けて中に入った。
「あれ? いない……」
病人がいるのは隣の大きなテントなので、そっちも覗いてみるがやっぱりいない。
とりあえず荷物だけ置いて、納品書と手紙を服を引っ張り胸の中に隠す。
服にポケットはないし、こっちの世界のブラみたいなものはアンダーがぴったりとフィットしてあるので落とす心配もない。
一応念を入れて、ブラと紙をフレッドさんの机の上にあった小さな医療クリップで固定する。
探しに行くべきか待っているべきか悩んで、もし荷物がなくなったら私のせいになるという理由(言い訳)があるということで、そこにそのまま待っていることにした。
30分くらい待っただろうか。
外が騒がしくなった。
いつものように兵士達が帰ってきたのだろうと思ったが、今日はいつもより騒がしい。
どうしたのかと出入り口から頭だけ出して隣のテントを見る。
負傷者を乗せた担架が隣に運び込まれていた。
一番後ろの担架にフレッドさんが付き添っているのが目に入る。
声をかけようかどうしようか迷っているうちに最後の担架が近づいてきて、私は信じられないものを見た。
「嘘……」
テントを飛び出して最後の担架に走り寄る。
「ジェス!」
「ワカナさんどうしてここに……」
フレッドさんが驚いているがそれどころじゃない。
担架に乗っているジェスの姿は酷いものだった。
あちらこちらがススで汚れ、火による裂傷など赤くただれて見える。
あれほど長かった髪はざんざんばらばらに短くなって焦げ、担架に乗っているジェスは私の声を聞いても目を開けなかった。
ここに運ばれるということは生きているということだ。
だが、軽傷じゃないことは誰だって見ればわかる。
「ちょうどいい。治療を手伝ってください」
中に運び、兵士がベッドにジェスを降ろすとフレッドはジェスの服を切り裂きだした。
「布を全て取り去って!」
言われて慌てて私も横にあったはさみを手に取る。
震える手を叱咤して急いで服を切っていく。
手際がいいのかフレッドさんの方が早い。
全て布を取り去ると、フレッドさんは私に銀色の紙を渡した。
「私が薬を塗ったらそこにこの紙を貼って」
それだけ言ってフレッドさんは器から透明なゲル状のものを手ですくってジェスの体に塗りたくっていく。
どんどん塗っていき、塗り終わったところを私が銀の紙を貼る。
まったく反応を見せないジェスに恐怖がわいてくるが必死に紙を貼っていく間、フレッドさんは薬を塗り終わって、今度は何かの粉末を水に溶いていた。
少し太めのチューブのようなものを出してジェスの口を開けそれを突っ込む。
反対側に漏斗を差し込んで粉末を溶いた液体を流し込んだ。
意識がないので直接薬を胃に流し込んだらしい。
「これで少し様子を見る。ワカナ、こっちも手伝ってくれ」
そう言われて隣のベッドの人の手当を手伝わされる。
隣にいた人は同じようにススに汚れ、火傷もあるが意識があるものの左の腕が中ほどから先がなかった。
フレッドさんは医者らしく、手早く治療していく。
私は言われるまま手伝っているだけだ。
それから次々と治療を手伝わされた。
全ての治療が終わると、フレッドさんはジェスの隣に椅子を置いて私に座るように進めてくれた。
言われた通り、大人しくそこに座る。
ジェスは運ばれた時からずっと反応がない。
「……フレッドさん……。ジェス死んじゃうの?」
私の小さな声をちゃんと拾ってくれたのか、肩に手が置かれる。
「保障は出来ないが助かるはずだよ。ちょっと新しい薬を取ってくるから見ててくれ」
それだけ言い残してフレッドさんはテントから出て行った。
残された私は言われた通り、ひたすらジェスを見つめ続ける。
これではまるで死なないように見張っているようだ。
ジェスの顔色は変な色になっていて、頬が少しこけていることに気づいた。
私は近くにあった水桶に布を浸し、ジェスの頬についていたススをふき取る。
全身銀の紙に覆われているが、治療した時に見たむごい姿が目に焼きついていた。
ジェスを失うかもしれない恐怖に震えが止まらない。
「ジェス……死んじゃ嫌だよ……。一人にしないで……」
彼と別れて苦しんでいた時、友達の一人が私に別れただけで、相手が死んだわけじゃないのだからマシだと言った人がいた。
その時は『マシなんかじゃない。失うのだから同じことだ』と思ったが、今は自分のせいでジェスが死ぬかもしれないと思うと生きていることの方が大切に思える。
「お願い……死なないで……」
昨夜ジェスは辛いのに、勢いで支離滅裂だったかもしれない私の話を最後まで聞いてくれた。
そのせいか、今日は思い出しても昨日ほど胸は痛まなくなっていたのだ。
優しくしてくれるジェスに私は何もしていない。
いつか信じてほしいと言ってくれたのに、ジェスが死んでしまったらどうすればいいの?