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第17話

「若菜、やめてください……」


 かすれた小さな声が聞こえる。


 気絶するみたいに毎日寝ていたのに、どうしてこういう時に限って起きるの?

 ずっと前からあまり深く眠ってなかったってこと?


 ジェスがゆっくりと上半身を起こす。

 腰を引かれ、ジェスのベッドの横に座らされる。


「だめです」

「だって……。このままじゃジェスが死んじゃうよ!」

「私は大丈夫ですよ」

「全然大丈夫じゃない! こんなに傷だらけだし、すごく疲れてる」


 鼻が痛くなってきて視界がぼやけてきた。

 泣きそうな自分に気づいて必死にこらえる。


 苦しんでいるのは私じゃない。

 ジェスだ。


 それなのにジェスは労わるように私の手をさする。


「ずっと森に篭っていましたからね。戦うことに慣れていなくて何度か失敗してしまいました……。でも慣れれば大丈夫ですよ」


 私の為の優しい嘘。

 優しく微笑まれ、手に触れるジェスの体温は温かい。


 こらえていた涙が溢れ出す。


「私、私ね……。自分に優しくしてくれる人が信じられないの……。裏切られて傷つけられて私の中はからっぽになってしまった!」


 突然話し出した私にジェスは静かに見つめているだけだ。

 手はいつの間にか握られていた。


「2年間付き合ってきた人がいて、私はその人をすごく愛していたの。我が侭な人だったけど、すごく優しくしてくれていつもそばにいてくれた……。2度目の誕生日に将来結婚したいと言ってくれた人だった


。でも彼には最初から別に本命がいて、その人が振り向いてくれないから私にかまってた。私を好きなふりしてただけだったの! 本当に私のこと好きじゃないから、余裕があるから、私に優しかっただけ……


。そんなことにも気づけなくて私は彼を愛してたの」

「……」

「別れる少し前から突然私のこと悪く言い出して、別れを言い出された時、ずっと好きな人がいるって。彼女には他に彼氏がいるから付き合えるわけじゃないけど、私に悪いから別れるって。2年も付き合ってきたのにどうしていまさら?って思った。別れるのをもめている時、彼を狙ってた人が彼に嘘を吹き込んで、彼にひどく罵られた……。付き合っていた2年間、私は一度も彼に嘘なんて言ったことなかったのに、彼は信じてくれなかった!」

「……」


 胸が詰まって呼吸が上手くできない。

 一度こぼれだした言葉の勢いは止まらず、私は吐き出すかのようにひたすら話し続ける。


「別れた後、色々人から話を聞かされた。離れて判ったこともある。彼は暇つぶしで私と付き合っていただけ。本当に好きだったことなんて1度もなかった。しかも彼が好きだって子は私の親友だったの。私と友達の時に彼女を紹介したんだけど、私と付き合ってすぐに彼女の方が好きだって気づいたらしくて、私に隠れて彼女にモーションかけてて、彼女に私と付き合ったから今後も恋愛対象に見られないってはっきり断られてたんだって。私も彼女の前だと彼の態度が冷たくなったり、会話で彼女の話がしょちゅう出てきたからうすうすはおかしいとは思ってたの……。でも彼は彼女の悪口を言ってたから、まさか好きな子の悪口を言えるなんて思わなかったから……。彼女に別れて良かったって言われて理由を聞かされた時、何かが私の中で壊れた気がした」


 まだ乾かない傷から一気に血があるれ出すように、涙と言葉が溢れる。

 聞かされているジェスは疲れているし、話している意味もわからないのに、私は勝手に話す。


「別れる時も自分の勝手な都合で別れると自分が悪くなるから、言われた嘘を信じて私を罵った。別れてから知り合いが何人も私の所に話に来たのは、彼の言いふらしている話が自分の知っている私の像とはかけ離れすぎて信じられなかったんだって。結局友人は私の話を信じてくれて彼は私と共通の友人を殆ど失った。彼はそのことですごく怒っているみたいだった……」

「……」

「私は別れたショックを飲み込むことで精一杯だったのに、あまりにもたくさんの人がたくさんのことを教えてくれた。彼は我が侭なんかじゃなくて、自分のことしか考えられない身勝手な人だって、離れたからこそわかった時、私の中はからっぽになったの。付き合って信じてきた2年間……いったい何の意味があったのか……。ちゃんと彼を見てれば簡単にわかった事実ばかりだった。私が弱く愚かで人を信じすぎた。信じなければ騙されたりしなかった。愛さなきゃこんなに苦しまなかった!」


 最後は叫ぶように言った私をジェスは少し強く抱きしめた。


「そんなふうに誰かを信じて深く愛することが出来る若菜は愚かじゃない。人を信じるということは時に不測可能な損失をもたらすこともある。それでも人を信じる若菜の方が私は好きです。いつか私のことを信じて欲しい。……だから私は若菜に優しくするんです」

「ジェス……」

「男の見る目はなかったようですが、若菜のことを信じてくれる友達を選ぶ目はあるじゃないですか。それに私から見たら、若菜は何も失っていませんよ。口では信じてないと言っていながら人を信じ、情が深く他人に心を砕いている」

「……そんなことない」

「フレッドの話もそのまま信じてたじゃないですか」

「あ……」


 確かに私はフレッドさんの話をすべて信じていた。

 人を信じられなくなっていたはずなのに……。


「信じることはいいことだと思いますが、人は自分の為に嘘をつく。私だって自分の都合で嘘もつきますし、若菜を利用します。だから若菜はそれを見破る力を持つべきです」

「……ジェスも私に嘘をついたり利用してるの?」

「はい」


 きっぱりと肯定されて少し体が震える。


「私には私の考えや都合があり、自分の利益のことしか考えていないこともあります。それで若菜を傷つけてしまうこともあるでしょう。若菜は自分のことを考えなさ過ぎるから理解できないんです」

「え?」

「若菜は人を犠牲にしてまで自分の利益を求めない。自分のことを考える前に人のことばかり考える」

「そんなことない! 自分のことばかり考えているよ?」

「いいえ、そりゃ少しは考えているようですが、他人に比べると考えなさ過ぎな程ですよ。さっきだって私の為に自分で死のうとしたでしょう?」

「それは……」

「自分の中が空っぽだから、人に裏切られたから、傷つけられたから死んでもかまわないとは思えないのが人なんですよ。普通そう思ったらさっさと自殺してますからね。若菜は深く傷ついているけれど自殺はしなかった。それが答えですよ」


 静かで優しい声が頭の上で聞こえる。


「わかんないよ。わかんない……」

「ええ、今は傷ついているから痛みでわからないんです。傷が癒えるまでゆっくり休んでください。でもこれだけは忘れてはいけません。人は傷つかないで生きていくことは出来ない。若菜は生きている限り何度でも傷つくでしょう。でも痛みがあるから他人の痛みが理解できるし、自分が強くなろうとする。生きていく苦しさを味わうからこそ幸せの素晴らしさがわかるんです」

「でも辛いよ……」

「ええ、傷つけられると辛いのは当たり前です。でも人は常に幸せだったら堕落するんです。人を傷つけることに喜びを見出したり、他者を貶めて不幸になるのを見て楽しんだりする。金も名誉も全てがある人にまともな人がいないのがその証拠です」


 ジェスの言葉は妙な説得力があった。


 そういう人ばかりじゃないと思うけれど、戦争もなく、餓死とは無縁なほど生きていくことに苦労しないで住む日本で、今、たくさんの人の心が病んでいる。

 食べることに必死だった時代にはなかった犯罪が溢れ、人が死ぬ。

 

「苦しい時が続いている時は他者に気遣う余裕はないものです。苦しくて辛いのに私に気遣ってくれる若菜は十分強いですよ」


 背中をぽんぽんと叩かれ、胸がつまる。

 涙が止まらず、とうとう声を出して泣き出してしまった私をジェスは優しく髪をなで続けてくれた……。



 若菜の心の中を吐き出させる台詞、話が少しわけわかんない方が反応としてはリアルかなーと、考えて書いてみました。

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