第16話
戻って来たジェスは昨日よりも酷い状況だった。
疲れているなんてものじゃない。
なんだかぐったりしているようだ。
それでも髪が濡れていることからきちんと体を洗ってきたらしい。
「辛い?」
「少しだけ……。2日続けて魔法を使ったのは初めてなんです」
素直に話してくれるジェスの様子から、少しどころではないのがわかる。
緩慢な動きで髪を拭こうとうとしているジェスの手を掴んで止め、持っていたタオルを奪う。
「ワカナ?」
「私が拭いてあげる」
タオルを持ってベッドの上に乗るとジェスの背後に回り、頭皮をマッサージする感じで髪の水分を取る。
労わりを込めて優しく、感謝の気持ちも込めて……。
「……ありがとうございます。とても気持ちがいいです」
ほっとしたような声に私の方がほっとする。
ジェスの長い髪を上から叩くように水分をタオルに染み込ませていく。
銀の髪は濡れて少しだけ色が濃くなっている。
そこで髪の一部が短くなっていることに気づいた。
一箇所でわかりずらい場所だったけれど、明らかに一部が背中の中ほどでぷっつりと無残に切れている。
しかも髪の先端は少し玉になっていたり、変なふうに曲がっていた。
これは切れているんじゃなくて焼けた跡?
ジェスの髪なんてじっくり見たことがないから、いつ出来たものか判らないが、もしかして昨日か今日になったものなんじゃないだろうか?
他の場所もじっくり見ると、もう一ケ所見つかった。
腰の辺りだ。
それが酷く気になる。
村で襲われたリキシス軍の魔道師は水の攻撃魔法だった。
ジェスの使う魔法は光と闇。
炎系の魔法は誰も使っていない。
「ねえ、ジェス?」
「……」
話しかけたのに返事がない。
どうしたのかとジェスの顔を覗いてみたら眠っていた。
やっぱりそうとう疲れているらしい。
そっとジェスをベットに横たえ、上掛けをかけてあげる。
ランプを消して自分もベッドに横になった。
ジェスの様子から魔法を使うことは疲れることなんだとわかるけど、少し異常なような気がする。
魔法を使う度にこんなに疲れてたら、普通、魔法を使うことを敬遠するだろう。
ジェスが以前、この世界で誰もが魔法を使えるわけではないが魔法は普通に使われていると言っていた。
何だか、胸騒ぎがする……。
その予想はその後、日を追うごとに大きく現実となっていった。
戻って来たジェスの髪を拭くのは私の役目になっていた。
勝手に役目を買って出ただけなんだけど、髪を拭いている時にジェスのことをゆっくり観察できるからだ。
2日目の時に気づいてから、ジェスの髪は所々途切れた場所が増えた。
帰って来るともう食事は済ませて来たと言ってすぐに眠ってしまう。
顔色も悪く、動きも鈍い。
それに何だか痩せたような気がする……。
少しでも休んで欲しいから、何も言えなくて不安ばかりが募っていく。
そして5日目の夜。
首の後ろに包帯らしいものが服の隙間から見えた。
どうしたのか問い詰めたかったけれど、ジェスは「大丈夫」と繰り返すだけなのはわかっていたのでその時は気づかないふりをした。
いつものように気絶するように眠ってしまったジェスをベッドに横たえ、服を捲る。
「っ!」
慌てて口を押さえて悲鳴を押さえ込む。
捲った服を持つ手が震えだす。
体中に無数の擦り傷、切り傷、火傷の跡だけでなく、手当ての跡まで。
首から見えた包帯は肩に近い場所を手当てしてあり、そっと包帯を捲ってみると、まだ血が滲み火によってただれたような傷があった。
ジェスが戻って来るのが他の兵士より遅いのも、汚れを落として戻ってくるのも、これを隠す為なのだろう。
全身が振るえ出す。
アンネさんがジェスに森から出てはいけないと言ったのは、こうしてジェスが利用されることがわかっていたからだ。
それなのに、私がジェスを森から出した。
森から出て施設に行きたいと言い、一緒に行ってくれるように言ったのは私!
優しいジェスが断れないことを心のどこかで判っていた。
見返りもない無償の愛情に甘え、無知で危機感もわからなかった。
このままではジェスが死んでしまう。
とっさに自分の頭のリングに手を伸ばす。
どうせ私の中は空っぽだ。
死にたくないと思う未練もない。
これを外せばジェスは自由になれる。
そう思ってリングに力を込めた時だった。
私の服をジェスが掴んでいた……。
長すぎたのでちょっと切りました。