第15話
大人しくベッドに横になって出入り口に視線をやる。
朝、一緒にいたフレッドさんは食事の度に顔を見せに来るものの、すぐに忙しそうにどこかへ行ってしまった。
軍医さんということで、他にも患者さんがいるらしく色々と忙しいのだろう。
テントから出ることが許されない私は、テントの中でひたすらジェスが戻ってくるのを待っていた。
陽が傾き出した頃、急に外が騒がしくなった。
行き交う足音、ざわめく人の声。
行っていた人達が戻って来たのだとわかった。
一緒に行ったはずのジェスも帰って来ると思うと落ち着かなくなる。
外を覗きたいのに、表には見張りがいて覗くこともできない。
ジェスの姿を見えるまでは不安は募る。
しかし、いくら待ってもジェスは戻って来なかった。
気づけば外の喧騒はすっかり静かになっている。
どうして戻って来ないの?
大怪我でもした?
それともまさか……。
最悪の想像が浮かぶ。
入り口でずいぶん長いことウロウロし、とうとう我慢出来なくなって入り口の布に手を伸ばそうとした時だった。
まだ触れていないのに布がめくられ、誰かが入ってきた。
「ジェス!」
待ち望んでいたジェスの姿を目にして私は飛びつくように抱きついてしまった。
「わっ! ワカナ?」
「なかなか戻って来ないから心配で……」
「……すみません」
謝るジェスに胸が痛む。
ジェスは何も悪くない。
それなのに謝ってくれる。
それが逆に申し訳なくて……。
「濡れていますから離れてください。これではワカナも濡れてしまいます」
そう言って私の身をそっと引き離す。
顔を上げて見れば確かに髪が濡れていた。
「汚れてしまったので体を洗ってきたんです」
今までと変わらない優しい微笑み。
でもなんとなくだけど疲れているような感じがした。
「怪我は?」
「大丈夫です。どこも怪我はしてません。……ただ魔力の使いすぎで少し疲れてしまいました」
「あ……」
そう言うとジェスはだるそうにベッドに座る。
私は急いでテーブルにあったコップに水を注いで髪を拭いているジェスに渡す。
「ありがとうございます」
差し出されたコップをジェスは微笑んで受け取りゆっくりと飲む。
私はすぐにおかわりが飲めるように、ジェスの近くにあった低い棚に水入れを置く。
やることがなくなってしまうと間が空いてしまう。
話したくても何も会話が浮かばない。
何があったのかなんて、わかりきったことなど聞けるはずもなく。
そんな勇気もなかった。
「朝早く出て行って疲れてるんだよ。横になって?」
「はい」
私の言葉に、ジェスは素直に横になった。
魔力を使うと言うことがどういうことなのか私にはわからない。
ただ、私に気遣う余裕が無いほどジェスが疲れているのだけはわかる。
私はジェスの向かい側にある自分のベットに座った。
何を話せばいいか悩んでいるうちに、ジェスの寝息が聞こえはじめたことに気づく。
すぐに寝てしまうほど疲れているのだろう。
そんなジェスに不安が募る。
上掛けもかけずに寝てしまったので、そっと上掛けをかけ、ベッドから流れて床についてしまっているジェスの長い銀髪をすくいあげベッドの上に乗せてあげた。
そのまま横に座ってジェスの寝顔を見つめる。
「ジェス……」
どうしてジェスは会った時から私を特別扱いするのだろうか?
それがどうしてもひっかかる。
優しくしてもらえるのは嬉しい。
それでもジェスが自分の身を犠牲にしてまで私を助けてくれることに納得は出来なかった……。
次の日も目が醒めると、またジェスの姿はすでにいなかった。
疲れは取れたのか気になるけれど、聞く相手がいないのではどうしようもない。
体のだるさもすっかり取れて気分もいい。
運ばれて来たさっさと朝食を食べる。
一人だけの食事。
何を食べても何も味がしない。
とにかくジェスのことが心配でたまらなかったのだ。
食べ終わった頃、タイミングよくフレッドさんが来てくれた。
朝の挨拶を交わし、検診を受ける。
「今朝知り合いの兵士から聞いたのですが、昨日の戦いは圧勝だったそうですよ」
「え?」
「魔力が強いということは、魔法の及ぼす範囲が広いということですからね。ジェスさんの広範囲で攻撃出来る魔法を何度も使って圧勝だったそうです」
「……」
圧勝だったと聞かされても言葉が出ない。
戦争をすれば人が傷つき死ぬ。
話を聞いて気持ちが一気に沈み込む。
ここから逃げたい。
でもどうすればいいかわからない。
泣きたい気持ちで息が苦しい……。
でも一番苦しいのはジェスだ。
ここでじっとしているだけの私には苦しむ権利すらないだろう。
「フレッドさん、このリングに魔法をかけた人って知ってますか?」
「……王のそばにいる魔術師の中で、2人まで絞れたのですがそれ以上は……私にもわからないのです」
首を振っているフレッドさんも『束縛の王冠』を受けている。
色々調べたのかもしれない。
「誰が魔法をかけているか突き止めても無駄です。魔法を解くことを頼んだとしても聞いてくれるはずありません。王の命令に背けば自分の命が危なくなりますからね」
王のに話してもダメ。
魔法をかけた人に言ってもダメ。
ではいったいどうすればいいのだろうか。
「この国はこのままでは衰退していくだけ、だから王はリキシスの豊富な鉱山が欲しいのです。戦争に勝てると思って戦争をけしかけて蓋を開けてみればリキシスと軍事力の差があった……。王は勝つためなら何でもするでしょう」
フレッドさんはそう言いながら、表情を消した顔で出入り口を見つめている。
ジェスも私もフレッドさんも『束縛の王冠』によって無理に縛り付けられているのだ。
「……もし良ければ、フレッドさんの事少し聞かせてもらえませんか?」
「私の?」
「はい。北の方にある町の町医者だったんですよね?」
少し気持ちを変えたくて、フレッドさんに話をふる。
「私の住んでいた町は、バルト国の王都から北東に位置するビチェス地方の海に面している小さな町です。8歳になった娘と少し体の弱い妻がいます。戦争の為にビチェス地方から連れて来られた医師は私を含めて6人……。いつの間にかここにいるのは私だけになってしまいましたがね」
「その人達はどこにいるんですか?」
「わかりません。生きているのかどうかすらわからない……。私は妻と娘の元に帰りたい。だから言われたことをするだけです」
「……」
話を変えようと思ってフレッドさんに話しを振ったのに、結局暗い雰囲気のままになってしまった。
フレッドさんが私に色々と話してくれるのは、私が同じ境遇だから……。
でも裏切る気はないとはっきり告げている。
八方塞がりな状況に気持ちが塞ぐ。
本当にいつか逃げ出せるチャンスは来るのだろうか?
先の見えない未来に私は不安を感じるばかりだった……。