第14話
テントに兵士らしい人がジェスを呼びに来て、ジェスはまたいなくなってしまった。
残されたのは私とフレッドさんの2人。
私はぼうっとしがちな頭を必死に働かせ、どうすればいいのか考えていた。
「ワカナさん……と彼が呼んでましたよね?」
「あ……」
フレッドさんにそう聞かれてまだ自分の名前を名乗ってなかったことに気づく。
「ワカナ・ヒビキです」
「なにやら考え込んでいるようですが、迂闊な行動はやめた方がいい」
「え?」
「彼……ジェスさんを苦しめることになるだけですよ」
「でも戦争に参加すると言うのは、人を殺すってことですよね? ……そんなことジェスにさせられない」
自分のせいでジェスを縛り付けていることが苦しい。
何とかできないかと思っているのに、フレッドさんは止めようとしている。
「無駄です。王は1度決めたことはけして翻すことをなさらない方だ。ご不興をかえばあの方は躊躇うことなく切り捨てられる」
「え?」
「貴女もジェスさんも殺されるだけです。王は自分の意に反する者を許されない」
額の上に乗っている濡れタオルをフレッドさんが新しいものに替えてくれる。
「せめて束縛の王冠がなければ逃げるチャンスはあったかもしれませんが……」
「束縛の王冠?」
「その頭のリングのことです」
そっと自分の頭についている頭飾りに触れる。
金属で出来ているようなのに、どういったわけか少しの隙間もなく、またしっかりと固定されているかのようにはまっている。
痛くはないが、落ち着かない。
「何でこんなことになっちゃったんだろう……」
「そうですね。ですが、運命を嘆いていても仕方ありません。ただ、未来の運命に必要な出来事の1つなのでしょう」
「未来に?」
「ええ」
ぼやける視線のせいでフレッドさんの表情はわからない。
でも優しい人のようだ。
「私はここから北にある小さな町の町医者でした。ですがこうして捕まってしまいました」
「え?」
「私にも束縛の王冠がつけられているんですよ」
言われて見てフレッドの頭に細い何かがついているのがわかった。
「ジェスさんほどの魔力があれば束縛の王冠なんて恐ろしくはないのですが、私はただの医者です。逃げることは出来ません」
「魔力があると束縛の王冠は怖くないって?」
「魔法をかけた者より魔法力があれば、たいていかけられた魔法は解けます。だから王はジェスさんではなく貴女に束縛の王冠をつけたのですよ」
「そんな……」
ジェスだけなら逃げられる。
そうわかっても、ジェスに逃げるように言えない自分が情けない。
こんな所で殺されるなんて嫌だ。
それに1人にされるもの怖い。
ジェスは私のせいで捕まっているというのに……。
「私……どうしたら……」
「貴女の為に捕まっている彼を大切にしてあげればいい」
「でも……」
自分のせいでジェスが誰かを殺すのかと思うと、ジェスに申し訳ないと思うより、自分が原因になる方が怖かった。
なんて自分勝手なのだろうか。
これじゃ、誰も責められない。
「やっぱり王様に話して……」
「やめなさい。今まで見てきたが、王に意見してきた者は首を跳ねられるだけだった。余計なことはしない方がいい」
「王様なんでしょ?」
「ジェスさんを思うのならやめた方がいい」
そうフレッドさんに言われ、何も言えなくなってしまう。
どうしたらいい?
どうしたら逃げることが出来る?
ジェスが戻って来るまで私はそればかりを考えていた……。
次の日、目を覚ますと視界はちゃんと見えるようになっていた。
まったくぼやけることなくハッキリと見える。
辺りを見回すと、テントの中は私だけだ。
ジェスもフレッドさんもいないことに不安になり、ベッドから起き上がると少しだけふらふらしながらも出入り口に向かった。
そっと少しだけ布をめくって外を覗く。
外には六角形のテントがいくつかあり、鎧を着た人が数人歩いていた。
「何だ」
「きゃっ!」
突然掴んでいた布を奪われ悲鳴を上げてしまう。
目の前に鎧を着た男が立っていた。
「あの……」
「ここから出たら斬るぞ」
カチンと音がした方に視線を落とせば腰にある剣に手がかかっている。
「さっさと中に戻れ」
「……」
あまりの怖さに後ずさった。
ジェスがどこにいったのか聞きたいのに、怖くて声が出ない。
小さく震えたまま、そこから動けなくなってしまった。
どれだけそこに立っていたのだろうか、急に目の前の布が捲れ、白い服を着た人が入ってきた。
きっと彼がフレッドさんだろう。
「おや、もう立ち上がれるほど元気になったんですね」
「ふ、フレッドさん?」
「ええ、ワカナさん、おはようございます」
「おはようございます」
目の前で挨拶するフレッドさんは目の細い40代後半の落ち着いた感じの人だった。
見るからにお医者さんって感じだ。
「朝食を食べる前に検査してしまいましょう」
フレッドさんは質問しながら私の口の中や目をみたり色んなところを触れる。
やっと検査が終わったらしくテーブルに食事らしいものが置かれるととうとう我慢出来なくなって質問した。
「あ……あの、ジェスは?」
「ジェスさんならもう出発されましたよ」
「え! もう?」
「ええ、きっと今日は勝つでしょう。ここのところ負け続きで国内まで侵入を許してしまいましたからね。王はお喜びになる」
「そんな……」
神の森から出たことがなかったジェス。
いきなり戦争に狩り出され、どう思っているのだろうか?
昨日の夜もろくに話さないまま眠ってしまった。
そっと手を頭のリングに伸ばす。
無理やり外そうとすれば魔法が発動し、リングが縮まって……。
そう考えると手が振るえ出した。
このままリングを……。
「やめなさい。ジェスさんが悲しみます」
声がして手が止まる。
リングに触れていた手をフレッドさんが掴んでいた。
「いまさら貴女が死んでも彼が人を殺すことはもう止められない。彼は戦場に行ってしまったんですよ」
「フレッドさん……」
「もしチャンスが来て逃げられるようになった時、彼の足手まといにならないように早く元気になることです」
そう言って私の手を離すと、フレッドさんは小さなテーブルに座った。
「チャンスは必ずやって来る……」
テーブルの家に乗せた手をフレッドさんは握り締めている。
彼も私と同じなのだ。
『束縛の王冠』を受けている者。
「捕まったことは運が悪かった。でもそこからどうするかを決めるのは貴女だ。座って食事を摂りなさい」
「……はい」
私は言われるまま椅子に座る。
なんとしても逃げ出さなければ……。
それには私が動けなければジェスも逃げられない。
私はスープのような味のしない食べ物を口に運んだ……。