第11話(ジェス視点)
足元に転がるリキシス軍の兵士。
目の前にいるのはバルト軍の兵士。
命を狙ってきたのはリキシス軍の兵士だが、力があれば簡単に退けられる。
しかしバルト軍の兵士は若菜を盾に俺に協力という名の利用をもくろんだ。
あれほど若菜だけは傷1つつけるまいと誓っていながら、俺は若菜を守れなかった。
その不甲斐なさの結果はこれだ。
ナイフに塗られていたという毒は、普通の毒消しは通用しないだろう。
若菜を野営テントに連れて行くように命令された兵士の慌てようを考えれば、即効性があるのかもしれない。
俺は若菜を切りつけた隊長格の兵士を睨みつける。
「もし若菜が命を落とすようなことになれば俺がお前ら全員の命で購わせる……」
「……おお、怖いね~。まあ心配はない。テントはすぐ近くだ。熱は出るだろうが命に支障はないと保障する」
「……」
「リキシス軍は魔道師が多くてね。少し苦しいんだ。協力してもらえるなら約束は守るよ」
兜をつけているので顔はわからないが、ずいぶん軽そうな印象の話し方をする男だ。
とても信頼など出来ないが、若菜が相手の手に捕まっている以上、協力するしかない。
「それで? 何をすればいい。さっさと言え」
「はいはい、それじゃ……」
フードマントを被っている上に、夜中だ。
あちらこちらで燃える炎が明かりとなっているが、この薄暗さでは俺の正体まではわからないだろう。
さっさと終わらせてしまわなければ……。
それから3時間後。
あっさりと決着がついた。
通りには累々と人が倒れている。
起き上がらないことから、すでに命は消えている者達だろう。
倒れた者の殆どは鎧をつけていない。
巻き込まれたこの町の住民や、旅の者ばかりが命を落としている。
町の損害は酷いものだったが、軍の支給品だけは守れたらしい。
国民を守るべき立場の軍が、町の人を犠牲にしてまで自分達の物資は守るとは見下げ果てた忠誠心だ。
「よぉ、お疲れさん。助かったぜ」
「……」
「闇の魔道師とは珍しいな。どうだ? このまま軍に協力しないか?」
「断る」
あと1刻もしれば夜が明け始める。
すぐにでも若菜の無事を確認したかった。
「若菜はどこだ?」
「ああ……。それじゃテントへ案内するよ。ウドク! 後のことは任せる」
「はい!」
男は近くにいた自分の部下に後を任せてみずからテントに案内するらしい。
俺は歩き出した男について行く。
男は少し後ろを歩く俺に、肩越しに振り返る。
「名前は?」
「名乗る必要はない」
「素っ気ないねー」
その後は何を言われても無視した。
町外れに着き、繋いでおいた自分の馬にまたがると、いつの間にか男も馬に乗っている。
自分の馬も近くに繋いでいたらしい。
「なあ、考えなおさないか? 軍に協力したら大抵の褒美は望めるぞ?」
「俺は若菜の護衛だ。戦争になど参加しない」
「護衛? あのお嬢ちゃんの? どこへ行くんだ?」
「話す必要はない」
詮索好きの男をあしらっているうちに軍のテントらしいものが見えた。
テントの数がそれほどないことから、物資を守る隊として野営していたのだろう。
「ここだ」
奥まった場所の小さなテントの前で男が馬を降りた。
俺もすぐに馬から降りて男に続きテントに入る。
中は医師らしい男と、ベッドに横になっている若菜がいた。
顔は赤く、汗をかいているが生きているようだ。
「解毒剤は飲ませたが、動けるようになるには1日かかる」
「そうか」
俺は若菜に近づき、抱き上げようとする。
「ちょっと待て! 何してる?」
「ここから出て行く」
「お嬢ちゃんが元気になるまでここにいればいいだろう」
「断る」
協力させる為に無関係の女性を毒の塗ったナイフで切りつけるような人間がいる所などに若菜を置いておきたくはない。
若菜を抱き上げたとたん、俺を止めようとした男がフードマントを掴んで強く引っ張った。
その衝撃でフードが頭から落ちる。
「なっ!」
男が驚いたように止まった。
テントの中央にあった光に俺の姿が晒される。
しまった。
姿が見られた!
慌ててテントから出ようとして、またマントが引っ張られる。
「待ってください。あと1回薬を飲ませないとだめなんです!」
そう言って医師らしい男に止められた。
「薬?」
「中和薬を飲ませないと、残った毒が筋肉を犯し体に影響が残ります」
「……では薬をくれ」
「だめだっ!」
俺の言葉に答えたのは医師ではなく男の方だった。
「おいおい、こんな幸運なんて本当にあるもんなんだな……。闇の魔術師だと思っていたヤツがまさかダークエルフだとは……。しかも光の守護まで持つエルフなんてな」
かぶっている兜のせいで表情はあまりハッキリとは判らないが、男は欲望にまみれた笑みを浮かべている。
「いいかフレッド、薬を渡すな! もし薬を渡せば王によってお前の家族全員皆殺しにされるぞ!」
「へ?」
「わからないのか? ハイエルフの力も持つダークエルフだぞ?」
男は俺の価値がわかっているのに医師はわからなかったようだ。
戸惑いの視線を向けてくる。
「こいつ1人いれば魔道師50人以上の働きをする。この戦争にこいつを使えば戦いに勝てるんだよ!」
「あ……」
言いたいことがわかったのか、医師の顔が驚愕の表情に変わった。
「無理やり協力させておいて約束を違えるつもりか?」
「うるせぇ! 話の次元が違うんだよ。ただの魔道師ならちゃんと約束を守ったさ。だが、お宝を目の前にしてみすみす逃がすような真似をしたら、俺が王に首を刎ねられちまうだろ!」
「……」
一番恐れていた事態になってしまった。
しかも逃げたくても若菜がこれでは逃げられない。
姿を見られずに薬さえ手に入れば問題はなかったはずなのに……。
「そのお嬢ちゃんを助けたいなら言うこと聞いてもらおうか?」
男の欲に眩み醜く歪んだ顔が疎ましい。
普通のエルフなら人間と共存している。
だが、高位の存在であるハイエルフとダークエルフは他のエルフとは比べ物にならないほどの魔力を有し滅多な事では人には関わらない。
自分達の力が人間の欲望を煽り立てることを知っているからだ。
「この俺を戦争の道具にするつもりか?」
「そのお嬢ちゃんが大切なら俺達の言うことを聞くんだな」
「薬を投与せずに彼女を死なせれば俺は報復するぞ……」
「薬はちゃんと投与するさ。娘を縛り付ける方法ならいくらでもあるからな」
「……」
若菜を人質に取られれば俺は言うことを聞くしかなくなる。
男の言葉に歯軋りするしかない。
「至宝だ。俺は至宝を手に入れたんだ!」
浮かれる男と俺を、医師が困ったように何度も見比べていた。
若菜だけは傷つけるわけにはいかない。
不本意だが、若菜を取り戻すまでは言いなりになるしかないだろう。
人間の欲深さと身勝手さに傷ついていたアンネが思い出される。
若菜をアンネのように傷つけさせたりはしない。
それなら俺が……。
若菜が気絶しちゃっているので、視点はジェスにしました。
書きたいものが書けるってホント楽しいですv