第10話
公益用の大きな街道に入り、道を進む。
道は前に歩いていたような街道とは比べ物にならないほど広い。
人通りも活発でたくさんの荷車などが行き交っている。
ただ戦争が起きているせいなのか、道を行く人の表情は暗い。
「……思わしくないですね」
「何が?」
「近くで戦闘があったのかもしれません。こっちへ回るのは間違いだったのか……」
「え?」
ジェスに言われてよく見てみれば、怪我をしてる人が時々見られた。
通っていく荷車の中で、ひときわ大きな荷車が通る。
中の荷は軍への供給品らしい。
「これだけの人が行き交っているのなら大丈夫だとは思うのですが……町に着いたら情報を集めましょう」
「そんなに心配?」
「ええ、多少離れているからと安心して戦火に巻き込まれることがあります。ここは慎重に行動した方がいい」
唯一見えるジェスの唇が堅く引き結ばれる。
そんな様子に不安を覚えてしまう。
陽が暮れる前に町に着き宿を取ると、ジェスはさっそく情報集め始めた。
ジェスはマントを脱ぐことが出来ないので、私がジェスに言われた通りのことを人に聞く。
集めた話ではここから北に18キロ先くらいで一昨日戦闘があったらしい。
戦争はバルト国の方が劣勢で、戦場は国境を越えてバルト国内にまで及び始めているらしかった。
「まずいですね……。いくらここから北の方向だといえ、いつ南下してくるか……、明日は出来るだけ早く出発しましょう。出来るだけここから早く離れた方がいい」
「うん」
「もしかしたら、明日、次の町を通ってその先の町まで強行突破するかもしれません。今日は早く休んでください」
言われた通り、早めの食事を済ませすぐに床についた。
無理に眠らなくても早く眠れるように習慣がついてきたのか、ベッドに横になったとたんすぐに眠りに落ちていった。
何かを叩くような音に目が醒める。
その音がドアを叩く音だと理解してベッドから飛び起きた。
「ジェス?」
「ワカナ、今すぐ出る準備をしてください!」
ジェスの切羽詰まったような様子に慌てる。
外から何人かの悲鳴が聞こえ、私は慌てて窓に近寄ってその扉を開いた。
空は夜だというのに所々赤く染まり、黒煙が立ち上る。
「どうやら、軍の物資などがこの町に保管されていたようで、リキシス軍が補給路を断とうと町に侵入してきたようです。軍もそのことを察知して自衛の為に町に入り込み、もうここは戦場になっています」
「今着替える!」
ジェスは私の着替えを見ないようにと部屋の外に出てくれた。
待っていてくれる間、急いで着替えて荷物をまとめる。
「お待たせ!」
「急ぎましょう」
宿を出て隣の宿舎に入る。
ジェスは手早く馬の綱を外し荷物をくくりつけた。
その間、人々の悲鳴が響く。
町の地理はあまりわからないが、悲鳴はそれほど遠くないような気がする。
「ワカナ、乗って!」
「うん!」
馬上からジェスに差し出された手に捕まり馬に乗る。
もうこっちでも焼けたような匂いが漂いはじめていた。
ジェスは馬を走らせる。
他の人も町の外へ出ようとしているらしく、みんな右往左往していた。
町の外へあと少しというところで、いきなり数人の鎧を着た人がばらばらと目の前に出てきた。
手には剣が握られている。
鎧が以前見た盗賊化した兵士の物とは違っていたので、目の前にいるのがリキシス軍の兵士だとわかった。
「若菜、手綱を持っていてください! 今馬を失うわけにはいきません」
まるで投げ捨てるかのようにジェスが手綱を手放し、慌てて手綱を掴む。
真っ直ぐ走らせるくらいは旅の中で覚えた。
少し不安はあるものの、しっかりと手綱を操る。
ジェスは腰を浮かせて呪文を唱え出す。
とたん、頭上を稲光が走り、兵士へと向かっていった。
ズドーンとすさまじい音をさせて兵士達の上に雷みたいなものが落ちる。
兵士はそのことに驚いたのか、左右に分かれた。
その中央を馬で突き切って行く。
突破出来たと思ったとたん、横から何かが飛んできて馬上から吹っ飛んだ。
地面に叩きつけられるようなことはなかったし怪我もない。
しかし、髪からぽたぽたと水滴が落ちていた。
体も全身びしょ濡れだ。
なんでこんなに濡れているの?
驚く私の目の前にジェスが立つ。
「若菜、馬を!」
少し先で、馬が立っていた。
操る人が急にいなくなって立ち止まったらしい。
急いで馬に近づこうとして目の前を何かが横切った。
その後だけ地面が濡れている。
「くっ!」
ジェスの苦しそうな声が聞こえ、その先を見れば、マントを着た2人が立っていた。
2人の手から渦まいた水の塊がこっちへ襲ってくる。
それをジェスが見えない壁で阻んでいた。
でも、その唇は苦しそうに歪められている。
私は急いで馬に向かう。
あと少しで手綱をつかめるという時、誰かが私の手を掴んだ。
「え?」
視線を上げて私の腕を掴んでいる人を見ればバルト軍の兵士だ。
なぜバルト軍の兵士が?
音が止み、振り向くとジェスと戦っていた2人の人が倒れていた。
倒れた男達のそばにはバルト軍の兵士が数人いて、その人達が倒したらしい。
「ジェス!」
心配になってジェスの側に行こうとした時だった。
腕に激痛が走って見れば私の腕が少し切られている。
側にいる男がナイフを持っていた。
「なに?」
もしかしてこの男に切られた?
驚いているとジェスが私と男の間に割り込んできた。
「なんの用です?」
「用? ああ、貴様は魔法を使えるのだろう。町を守る協力をしてくれよ」
「私は兵士ではありません。そのような義務はない」
男の言葉にジェスはきっぱりと断る。
けれど、男は見下すように笑った。
「このナイフには特別な毒が塗ってある。その娘の命を助けたいなら言うことを聞くしかないな」
「何?」
ジェスが男の言葉を聞いて私に振り向く。
私の腕に男には切られた傷があるのをジェスは確認すると唇を噛んだ。
「解毒剤は野営テントだ」
「……」
「迷っている時間はないぞ」
「っ! ……わかった」
「よし。エド! この娘をテントに連れて行き、解毒剤を飲ませろ!」
「はっ!」
近くにいた男が返事をし、近づいてくる。
いきなりこんな所でジェスと離れることになるなんて思わなくて不安がこみ上げてきた。
すがるような気持ちでジェスを見る。
「ジェス……」
不安になってジェスを呼ぶと、そっと手が握られた。
ジェスの顔が近づいてきて、頬に唇が触れる。
「こんなことになってしまって申し訳ありません。迎えに行くまで待っていてください」
「……ジェス」
エドと呼ばれた男に引っ張られ、馬に乗せられる。
何か寒気がするし、汗も出てきた。
「いそげ!」
「はっ!」
男の言葉が聞こえ、馬が走り出す。
ジェスの姿が少しずつ離れていく。
そこで私の記憶は途切れた。
(2011/10/14修正)