王妃に転生したけれど、猟師の様子が何だかおかしい
「白雪姫を殺し、証拠として彼女の肺臓と肝臓を取って帰って来なさい」
目の前の女性に命じられて、俺は唐突に前世を思い出した。
今白雪姫って言ったな。
白雪姫の世界だって分かりやすっ。
更に美人だ。
ドストライクだ。
じろじろ見ている俺の視線に気づいて王妃は言う。
「何を見ている、早く行…」
「可愛いから」
「は?」
速攻で返事をしてきたが、その声は裏返っている。
「わ、私は王妃ですよ!何と不埒な事を……っ!」
「王妃とか王妃じゃないとか関係ない。美しくて可愛いからそう言ってる」
王妃の顔がみるみる真っ赤に染まっていく。
だって現時点で俺よりも年下だぞ、この子。
15くらいで結婚して、7歳の子供がいるから22か23歳。
「でもその化粧は変えた方がいい。化粧しない方が綺麗だ」
「……なっ……んむ?もしかして私は化粧が下手……」
ちらと王妃は魔法の鏡を見る。
そしてこっちを窺うようにちらっと見て来た。
「可愛い」
「んなっ!」
またプルプルしはじめた。
何でそんなに悔しそうなんだ。
ていうか、国王浮気してるじゃん。
俺の記憶の中に、きちんとアホ国王の浮気の話もインプットされてる。
「浮気する国王より俺の方が良いと思う」
「は……?」
今度は愕然として、それからしょんぼりした。
世界一美しくても、浮気される時はされるんだよ。
トロフィーワイフは手に入れたら終わり。
そんな糞野郎に追い詰められて、毎日鏡に承認欲求満たして貰うなんて悲し過ぎる。
「そんな鏡に頼らなくても、毎日世界一美しくて、世界一可愛いって俺なら言うけどな」
「な……そんな、そんなこと……は……」
ドレスのスカートを両手で掴んでぷるぷるしてる。
まあそりゃそうだよな。
貞淑たれと育てられてきたんだろうし、彼女もまたどこかの国の王女なんだから。
「そういやさっき、猟師って言ってたけど、それ副業だから」
「え?そ、そうなのですか?」
「うん。本業は騎士だし、銃士隊の隊長やってる。単に俺が一番射撃が上手いから。でも剣も強い。ほら、筋肉触ってみ」
腕を差し出すと、王妃は恐る恐る腕に触れた。
白くて細い指。
大きな瞳が見開かれて、小さく呟く。
「本当ですわね……」
「魔法の鏡は抱きしめられないけど、俺は抱きしめられる」
すかさず売り込むと、王妃はんあっ!みたいな声を上げて顔を赤くした。
そして必死に言葉を紡ぐ。
「で、でもわたくしには夫が、居て」
「浮気する糞野郎だ」
「国王で……」
「剣なら俺が勝つ。この国に未練が無いなら、二人で何処かに逃げたって良い。猟師にも騎士にもなれるから、森でも町でも暮らせる。贅沢はさせられないけど、幸せには出来る」
信じられないかのように彼女の目が見開かれて、ぽたぽたと大粒の涙がその瞳から零れる。
何かを言おうとしてはくはくするけれど、声にはならないみたいだ。
「……逃げたら、追われますよ」
「追ってきた奴全員返り討ちにすればいい」
うぅ……と王妃は泣き声を漏らす。
「あなた馬鹿なんですか……」
「まあ……馬鹿かもしれないけど」
だって何でこんな事になってるのか意味わからんし。
同情ではないけど、放置されて所在なさげな彼女が可哀想だと思う。
誰かに大切にされるべきだ。
「可愛いから」
「は?」
その時私は、突然世界がひっくり返ったのかと思った。
この世界は白雪姫の世界で、目の前に立っている猟師が突然可愛いとか言い出した!
えぇ!?
どういう事なのぉ!?
ていうか、王妃の記憶あるけどハードモードすぎでしょ。
何ていうかこう。
よくある冷遇される王妃でした、ごちそうさまでした。
自分の子供殺すってよっぽどだよねぇ?って思ってたけど、何ていうか病んでる。
13,4で嫁がされて、子供生まされて後は放置。
国王である夫は放蕩三昧。
魔法の鏡は自分の王国から持ってきたし、美しさを鼻にかけてたカタリーナ。
性格も性悪っぽいからまあ、仕方ないっちゃ仕方ない。
夫に顧みられないからって、城の侍女達にも馬鹿にされてたから、まーー教育したよね、色々と。
最初は大人しくしてたけど、段々ムカついてきたからバリバリ仕事もしてた。
だって、追い出されたら面倒だし。
確かに庶民としても生きて行けるとは思うけど、それは生活面というか家事に関してだけだと思う。
ぎりっぎり、洗濯機使わない洗濯も知ってるけど、若い子だったら「庶民でも大丈夫ですぅ~」なんて言えないでしょ。
電気もないし、家電も無い世界だよ?
水は汲みに行かなきゃならないし、洗濯は棒きれで叩いてこねくりまわして。
料理するにしてもパン窯は共同だったり、食事だって不味い。
宮廷料理の方がマシ。
マシとか言ったら失礼だけど。
なんて、記憶がよみがえる前の走馬灯を整理してたけど、問題は目の前の男だ。
私は王妃としての威厳を保ちながら言う。
「わ、私は王妃ですよ!何と不埒な事を……っ!」
「王妃とか王妃じゃないとか関係ない。美しくて可愛いからそう言ってる」
何それぇぇ!?
我が人生、政略結婚だったから、恋愛してない!
何この人ぉぉ!
身分差とかどうでもいいみたいな感じだけど、何?
攻略対象いる系の……ええと人妻主人公ゲーム……?
いや、そんなのあるかぁ!
「でもその化粧は変えた方がいい。化粧しない方が綺麗だ」
「……なっ……んむ?もしかして私は化粧が下手……」
余計な口出し無用!
って言いたかったけど……七歳の我が子に美貌で負けたって、もしかしてそういう事?
聞きたいけど聞けない。
魔法の鏡に今この人の前で問いかけるとか恥ずかし過ぎて出来ない。
スッピンの方が美しいかどうか聞いて、はいでもいいえでも死ねる。
だって前者は化粧が下手って事で、後者は単に美しくないって事じゃないですか!
「可愛い」
「んなっ!」
この人ぉぉ!
何なのマジで!
呼吸するように口説いてくるって何?
白雪姫の暗殺を命じたヤバい王妃ですけど?私。
化粧も下手ですけど、何か!?
「浮気する国王より俺の方が良いと思う」
「は……?」
そうだ。
あの糞野郎は浮気をしてやがるのですわよね。
新婚から数日、子供を身ごもったって分かってからはポイですわ。
私の何が悪かったんだとか、世界一美しいのに何でだとか、色々悩んだ。
悩んだけれど、姫は娼婦ではない。
閨の勉強はするけど、それだけだ。
子供さえできればいいの。
愛なんてなくてもいいし、技術だってなくていい。
だから、まるでいない者のように扱われた。
夫婦の寝室なんて子供が出来てから行ってない。
正確には一カ月位は待ってた。
でも国王が戻る事は無かったの。
そりゃあ、面白みも無い美しいだけの小娘でしたもんね。
娼館の熟練娼婦たちの方がそりゃあ楽しませてくれるでしょうよ。
関わるだけ無駄だから、関わってない。
子を授けてやったんだからもう解放してくれって言われたから、この世から解放してやろうかと思ったわ。
でも、王妃としての力を示すのには権力が必要。
だから頑張った。
侮られてはいけないから。
そして何時の間にか色々なものを見失ってた。
美しくないといけないって、思い込んでたから娘迄手にかけようとしたんだ。
「そんな鏡に頼らなくても、毎日世界一美しくて、世界一可愛いって俺なら言うけどな」
「な……そんな、そんなこと……は……」
いや、もう、マジで何をいってるんだこのイケメンは。
今過去を思い出して悲しくなってたの!
鏡だってもう違うって言ってるじゃん!嫌い!
魔法の鏡マジで嫌い!
鏡に殺意を向けてたら、猟師は突然話を方向転換した。
「そういやさっき、猟師って言ってたけど、それ副業だから」
「え?そ、そうなのですか?」
「うん。本業は騎士だし、銃士隊の隊長やってる。単に俺が一番射撃が上手いから。でも剣も強い。ほら、筋肉触ってみ」
あ、あ……筋肉……。
すごい、太いし血管が浮いてる。
「本当ですわね……」
「魔法の鏡は抱きしめられないけど、俺は抱きしめられる」
畳みかけてきたぁ!
話方向転換されたと思ったのに戻ってきたぁ!
どうして、どうして。
どうすればいいの?!
「で、でもわたくしには夫が、居て」
「浮気する糞野郎だ」
「国王で……」
「剣なら俺が勝つ。この国に未練が無いなら、二人で何処かに逃げたって良い。猟師にも騎士にもなれるから、森でも町でも暮らせる。贅沢はさせられないけど、幸せには出来る」
言い訳を一つずつ潰される。
幸せになりたかった。
別に貴族じゃなくても良い。
さっきは一人で生きていくなら無理って思ってたけど、一緒に生きてくれる人がいるなら、何処へだって行ける。
猟師の目は真剣で、嘘を言っているようには見えない。
初めて私の幸福を願ってくれる人に出会えて、涙が溢れた。
「……逃げたら、追われますよ」
「追ってきた奴全員返り討ちにすればいい」
私が逃げるのは許されないだろう。
仮にも一国の王妃だ。
それがお飾りだろうと、放置されてようと。
私は処刑になってもいいけど、この人まで死ぬのは嫌だった。
だって、この人は危険を冒す必要なんてないのに。
「あなた馬鹿なんですか……」
「まあ……馬鹿かもしれないけど」
彼は頭を掻いて、ふっと笑った。
少年のような笑顔を見て、何だかもう、今までの色々な理不尽な出来事を全て引っくり返したくなって。
でも、頭の何処かで警鐘がなる。
もしかして、これは王妃の不貞をでっちあげるための、国王の策だったら?
そう思いはしたけれど、でも、やっぱり目の前の彼が嘘をついているように見えなかった。
「たとえ貴方が嘘を吐いていたとしても、嬉しく思います」
「嘘じゃない。って言っても信じられねえか。だよな。じゃあほら魔法の鏡に聞いてみ?」
え?何を?
嘘ついてるかどうかなんて分かるのかしら?
私がまじまじと猟師…じゃなくて騎士を見ると、彼は笑った。
「俺が世界一美しくて可愛いと思っているのは君かどうか」
「んまっ!」
そ、そんな事目の前で出来る訳、ないでしょうが!
確かに気になるけども!
あ、あとでこっそり聞く自信はあるけれども!
「君じゃなくてカタリーナですわ……それに浮気はもう嫌なので、貴方がもし浮気したら命が無いと思いなさい」
「いいよ。俺はダークだ」
屈託なく笑うダークを見て、私は覚悟を決めた。
私は我が子を殺そうとした王妃です。
でも我が子を殺すのは止めにしました。
元々私の自尊心を傷つけて、奪いまくった国王が諸悪の原因だって気づいたから。
だから代わりに、国王を暗殺する事にした。
だって、童話の世界だし、少しくらい残虐な事してもいいよね?
貴族の大好きな狩猟大会を開いて、国王は事故に遭うのだ。
急に馬が暴れて、落馬する事なんてよくある事。
打ち所が悪くて死ぬなんて、王妃、とっても悲しい。
長い長い葬列の先頭を、娘の小さな手を握りながら進む。
黒いヴェールが顔を隠してくれるから、私が泣く振りをするのは棺を前にした時だけでいいの。
白雪姫だって、ほとんど不在で顔も見せなかった国王が死んでも悲しむ素振りは無い。
「貴方は次の女王になるのよ、白雪」
「はい、おかあさま」
素直に頷く娘を見て、殺さなくて良かったと思った。
あの時のは私はどうかしていたし、病んでいたので。
まあ、この屑が全部悪いのよね。
私も悪いけど。
そして私は女王となり、献身的に私を支えてくれた騎士を王配に迎えた。
他国からの婿入りの話はあったが、実務は出来るから必要ない。
仕事やっておいて良かった。
夫となった彼は約束通り毎日愛を捧げ、誉め言葉を口にする。
毎日というか、そう、毎時間と言っても良い位に。
だから別に、必要はなかったのだけど、一回だけ魔法の鏡に聞いてみた。
「んーコホン」
まずは喉の調子を整える。
緊張して声が裏返ったら困るし。
「鏡よ、鏡」
私は定型句を口にしながら魔法の鏡を覗き込む。
「王配のダーク様が、世界一美しいと思っているのは誰?」
「それは王妃様、貴女でございます」
「んまっ!」
答えは分かっていた筈なのに、思わず声が漏れてしまった。
もう私には、魔法の鏡は必要ない。
前回出て来たAI鏡……きっとあの人たちの子孫ですね!今回は忖度してません。しろよ!7歳の娘に美貌で負けちゃうのってお肌の所為かな……もっと15歳くらいの娘に負けるのかと思ってました。調べた。多分この白雪姫も転生者。




