『朝の光』
とりあえず読んでみてください。
Ⅰ
朝の光が、障子を透かして、
そっと、部屋の奥へと忍び込んでくる。
何事もなかったような顔をして、
畳の上に、淡い影を落としていた。
Ⅱ
けれど、その光が照らすものは、
もう、かつてのそれではなかった。
湯気もなく、声もなく、
器に満たされた静けさだけが、置かれていた。
Ⅲ
あの頃──
朝の光は、ひとつの舟の中心に、
囲む者たちの食卓を照らしていた。
笑い声が、湯気とともに立ちのぼり、
それが、わたしたちの朝だった。
Ⅳ
舟は、くだっていく。
音もなく、時の流れに身をまかせながら。
岸辺に着いた者から、
ひとり、またひとりと、舟を降りていく。
Ⅴ
気がつけば、
わたしひとりが、舟の記憶を宿すこの食卓に、
取り残されていた。
Ⅵ
それでも、朝の光は、変わらずここにある。
けれど、その光が照らす食卓には、
もう、誰の影もない。
Ⅶ
その不在のかたちが、
わたしの風景を、静かに、かたどっている。
Ⅷ
ときおり、心の奥に、
あの頃の談笑が、ふと、よみがえることがある。
なごやかで、そして、どこかさみしい──
まるで、遠い夢のなかの出来事のように。
Ⅸ
悔いという名の小石を、
ポケットに忍ばせながら、
わたしは、凍てついた荒野のような日々を、
ひとり、歩いている。
Ⅹ
そして、ふと立ち止まり、
あの光景に、そっと、まなざしを落とす。
それは、もう戻らぬもの、
もう届かぬものへの、
終わらぬ葬送だった。
読んでくださった方々、ありがとうございました。




