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とある純喫茶の一押しコーヒー

作者: 小兎イチ
掲載日:2025/11/23



 街角にあるノスタルジーを感じさせる純喫茶に私は駆け込んだ。ザアザアと雨が降っており空気と身体は冷え切っている。カラカランと鳴る扉を開けると店内には私以外誰もいなかった。窓の一部がステンドグラスであり中は若干の緑色になっていた。電気が消えているせいで本当に営業中なのかと疑ってしまい、ドアの方を見たが『CLOSED』と書かれた看板がこちらを向いていた。私はひとまず安心しテーブル席に座りメニューを開く。パフェ、紅茶、サンドイッチ、サラダなど、喫茶店らしいメニューだったが、飲み物の欄に一つ珍しいものがあった。

 『貴方のためのコーヒー』

 そう書かれた物の上には店主一押し!とあり、この店オリジナルメニューなのかと納得し少しばかり興味が惹かれる。私はこういう喫茶店を周るのが好きで沢山のコーヒーを飲んでいた。そしてオリジナルメニューはもっと好きだ。その店の程度とセンスを知ることができる。私はそれを頼むことにし「すみませーん」と声をあげると本当に聞こえたのかと思っていまう程ヨボヨボのお爺さん店主が奥の部屋から出てきた。私は苦笑いしながらそれを頼むと震えた手でメモし、かしこまりましたと一言だけ口にしてバーの内側へ入っていった。

 トトトと屋根を雨粒が踊る音が聞こえる。この店では曲も流れておらず、自分の呼吸音が意識できてしまう程静かだった。やがて店主がコーヒーを作る音がし始める。ヤカンに蛇口から水を注ぎガスコンロにかける。コーヒーミルに店の奥から持ってきた豆をカラカラと入れ、ゴリゴリと回して粉にする。それをフィルターに入れ沸いた湯を注いで抽出する。コーヒーの匂いが窓側のこちらまで届き。手は震えておらずとても丁寧だった、が至って普通だった。まあ『貴方のために手作業で淹れました』なんて物だろうと予想はしていたので期待外れというわけでも無かった。手はまた震えており、カチャカチャと音を立てながらコーヒを運んできた。どうぞと言いテーブルに置かれると先程まではほんのりと香っていたのが明らかにこれから発せられているというのが分かる程になった。私は既に魅了されていた。

 端には砂糖やら何やらが置かれていたが、私はブラックで飲むのが好きだ。そのコーヒー本来の味を楽しめる。よくある理由だと思うだろうが、それが素晴らしいからよくある理由となるのだ。匂いに心躍らせながら私は目の前にあるコーヒーを見た。それは途轍もなく黒かった。カップと接している縁を見れば色は少し薄くなる、大抵の飲み物はそうだ。しかしこれはどこまで経っても黒すぎる。何が入っているんだ。少し前に流行った光を吸収する塗料を入れているのかと思ってしまう。私は少し慄きながらもカップを口に持って行きコーヒーを注いだ。私はその瞬間咄嗟に手を離しコーヒーを溢してしまった。幸いテーブルに広がったため火傷はしなかった。私の慌てる声に店主はゆっくり現れ、落ち着いた様子でテーブルを拭いてくれた。謝ると「いつもこうなるんです」と言ってまた奥に戻って行った。

 私が何に驚いたのか、それは「味」だ。口にした途端味覚が鋭敏になり全ての要素が何倍にも膨れ上がった様だった。適度な苦味が舌の上を這い回ったかと思うとすぐにどこからか甘味が訪れ、その二つのギャップがより強く感じられる。映画館でずっと塩味を食べた後にキャラメル味を食べたあの感覚を文字通り百倍にする様に。全身が温まり、髄液をそれに変えてしまいたいくらいだ。ああ、何と表せば良いのか。私の貧困なボキャブラリーではどんなに言っても伝わらないだろう。これは間違いなく私にとって「世界で一番美味しいコーヒー」だった。しかし、それは「私にとって」だった。これは完全に私の好みであり、嫌いという人間は多数いるだろう。まるで私のためだけに作られたコーヒーのようだった。

 私はすぐに店主を呼び出しどうやって作ったか聞くことにした。

 「そこに書かれてあります様に、貴方様のために作ったのです。大衆に向けた世界で一番は不可能です。ですが、個人に注目してみればそれは作ることができるのです」

 つまり、オーダーメイドのコーヒーということです。と付け加えて話が終わり、店主はまた奥へ戻って行った。どうして私の好みが分かったのだろう。心地良かった雨音が緊張に変わる。私は恐ろしくなり帰ろうとした。すると、店主が奥から豆を持ってやってきた。

 「あれ、お帰りになられるのですか。溢してしまったのでもう一杯入れようと思ってましたのに」

 私は座ってしまった。なにか店主がドスを加えた声色になったり睨みを効かせたわけではない。私がそのコーヒーを飲みたくなったのだ。もう一度あの味を、あの感覚を。と、ここでカラカランと言う音がした。別の客が来て「一人です」と人差し指を立てた。私はそれを救いと勝手に受け取り再び席を立った。私は金をテーブルに置き扉の前に立つ。しかし、最後に聞きたいことがある。

 「どうして、私の好みが分かったのですか」

 店主はにこやかに笑い、お辞儀をした。

 私は外に出た。こんなに美味しいのに、初めてこの店に入った時何故誰も客が居ないのかが分かった。好みが分かった理由だからではない。しかし、私も二度と来ないだろう。

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― 新着の感想 ―
全体的に文章が急ぎすぎる印象を受ける。もう少しわかりやすく丁寧に描写した方がいい。例えば『CLOSED』と書かれた看板がこちらを向いていた、の後は「…という事はOPENの文字が表に出ているのだろう」的…
「オリジナルメニューはもっも好きだ」は誤字だろうか
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