エピローグ 孤独の海に立つモン・サン=ミシェル
フランス・ノルマンディーの沖合に浮かぶモン・サン=ミシェル……
潮の満ち引きにより、ふたつの顔を覗かせる島。
天へ向かってそびえる❘尖塔の頂には、❘金色の大天使ミカエルが剣を振りかざし、竜を踏みつける。
始まりは、この大天使ミカエルのお告げによる。
8世紀、アヴランシュ司教オベールの夢に三度現れ『この岩山に聖堂を建てよ』と告げた。
小さな礼拝堂は、やがて、【潮の満干】を【信仰の試練と救いの道】に、思いを重ねた巡礼者たちを集め、何世紀もの時をかけて、揺るぎない聖地となった。
潮が満ちたとき、この世界から切り離され孤島となるこの島は、気高く堂々と、他者を寄せ付けないプライドを誇示するかのようである。
けれども、潮は満ちたときばかりではない。
引き潮になると、島は静かに世界と繋がる。
孤高の島は、いつしか、その全てを❘露にする。
モン・サン=ミシェルには、更に深い影がある。
フランス革命ののち、この島は数十年に渡り牢獄として使われていた。
聖地であるはずの場所が、絶望の場所へと変えられた、悲しい過去を持つのだ。
(sideマッキー)
――外界から遮断される地形、厚い石壁、高い塔……
私は、満潮のときのモン・サン=ミシェルに自分を重ねててん。
やがて、潮が引いたとき、モン・サン=ミシェルは、その全貌を見せる。
孤島は陸続きになるんや。
私の心はそれを拒んでいた。
他者と関われば傷ついてしまう。
ずっと孤高の孤島やったら、傷つくことなんてあらへんのに……
でも、マイケルと出会った今ならわかる。
気高い孤島は、孤島であって孤島ではない。
優しく四方を海が包み込んでいたんや。
一年前にマイケルは言ってくれた。
『他人にとっては良い人でも、自分にとっては害でしかない人もいる。
逆もまた然り……
――でも……
心を閉ざして諦めてしまうのは、もうやめにしよう。
俺にも君にも、温かく包み込んでくれる人たちがいるんだから……』
誰も近づけへん孤島のほうが楽やと、ずっと思い込んでた。
ほんまは傷つくのが怖くて、人と距離を置くことでしか自分を守れへんかったんや。
でも――マイケルが教えてくれたんや。
他人のせいにしたらあかん。
結局、壁を作って幸せを拒否して、自分を否定してたんは、自分自身やったんや……
――私は……
今でも、モン・サン=ミシェルが大好きや。
昔とは違う感情……
孤島やけど孤島やない……
このモン・サン=ミシェルが……
* * *
(sideマイケル)
――俺の横には、赤いコートを胸の前で抱えた、最愛の人が並ぶ……
一年前、新宿二丁目の路地裏で見つけた赤い堕天使。
愛、深き故、苦悩し愛を遠ざける者……
……俺と一緒だった者……
ほんの小さな出会い……
この人なら、俺の冷え切った心を溶かしてくれるかもしれないと直感で感じてしまった……
好きになるきっかけに、理由も時間も必要なかった。
彼女がいなくなったあの日、何も考えず、ただ会いたい一心で彼女を追いかけた。
出会ってすぐの頃だった。
彼女がどんな人か、どんなことが好きで、何を考え、何を抱えているのか……
全く、何も知らないまま、体が動いた。
――直感……
ただ、それだけ……
……それは、正しい選択だった……
一年という時間で、彼女のことが、もっともっと大事になった。
あのときの感情は間違いじゃなかったんだ。
* * *
――ここは、憧れの地、モン・サン=ミシェル
司祭の声が礼拝堂に、重く静かに響く。
「互いに愛を誓いますか――」
マッキーが……
「誓います。
どんなときも、この手は絶対に離さへん」
マイケルが……
「誓います。
君が笑顔の日も、泣いている日も、眠れない夜も……
この手は離しません」
そして、指輪の交換――
ふたりの前に、小さな銀の小皿が差し出される。
それを手にとり、互いの薬指に。
マイケルは13号、マッキーは鉄人28号……
なかなかの特注サイズである(笑)
いよいよ、誓の口づけ――
鐘の音が、聖堂の奥深くから響き渡った。
潮風がゆるやかに吹き抜け、ステンドグラスの光が揺れる。
マッキーとマイケルの視点が重なる。
そして……
静かに唇も重なった。
その瞬間、長く閉ざされていた赤い堕天使の心に、光が差しこんだ。
――愛、深きゆえに、愛を拒んでいた魂。
大天使ミカエルの導きによって、静かに天へと還っていった。
その日、この地方では滅多に見られない雪が、モン・サン=ミシェルを囲む。
抱擁の海に、ひとひら、またひとひらと、舞い降り、波間に溶けていく。
――孤独の海に立つモン・サン=ミシェル……
それは……
孤独の中に光を映す場所……
本作品は純粋に、人って絶対に恋するよね?
という単純なきっかけから始まりました。
私の周りには、おかまの友達もいますし、女装趣味の上司もいらっしゃいました。
おなべのマスターが営む飲み屋にも顔を出します。
みんな恋したり、結婚したり、それぞれの人生を歩んでいます。
結局、最後は人と人なんです。
本作の設定は、真冬にタンクトップと半ズボン姿の青年と、赤いコートを身にまとったおかまが出会うという、いささか突拍子もないものでした。
だからこそ、誰もが心に傷や闇を抱えながらも、希望を胸の奥にしまい込み、懸命に生きているということを、この物語を通して描きたいと考えました。
生い立ちや価値観は人それぞれ異なります。
それでも、自分をそのまま抱きしめてくれる誰かは、きっと存在すると、私は信じています。
この作品をきっかけに、家族や友達、恋人との日常の中に、ささやかな幸せを見つけていただけたなら幸いです。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
marry




