王太子が恋をしたのは私の母上でした。
「――クラリッサ・エルディアとの婚約を、ここに破棄する!」
煌びやかなシャンデリアの下、王太子レオンハルト殿下が高らかに宣言した。
……はいはい。来ましたよ、婚約破棄イベント。
「殿下、それは一体どういう……」
私――クラリッサは、できるだけ真面目そうな顔を作りながら問い返す。内心では(ああ、やっときたか)としか思ってない。むしろちょっとワクワクしてる。だって、婚約破棄の理由を聞くのが一番の見どころじゃない?
「クラリッサ! お前のような女とは結婚できぬ! なぜなら……」
レオンハルト殿下は大きく息を吸い込んだ。ざわざわと周囲の貴族たちも身を乗り出す。さて、殿下の口から飛び出すのは――
「なぜなら……私は、お前の母上と愛し合っているからだ!」
「……………………は?」
え? 母? マザー? マミー?
「おいおいおい、殿下!」
「それはさすがにマズいのでは!?」
「いやでも相手は美貌のエルディア公爵夫人だし……」
貴族たちがざわめく。会場の空気が一瞬で修羅場と化した。私? 私はもう笑いをこらえるのに必死だ。何これ。私のお母さんと? それって倫理的に大丈夫?
「殿下……まさかとは思いますが」
「いや、まさかではない! 私は本気だ! 公爵夫人、答えてくれ!」
視線の先には、私の母――リリアナ・エルディアがいた。歳を感じさせない美貌を持ち、しかも何気に天然ボケ属性を持つ人だ。そんな母は、頬を染めてこう答えた。
「……はい。私も、殿下のことを愛しています」
「うわーーーーーーー!!!!」
私は頭を抱えた。周囲も大混乱だ。いや、待って。これ、想像してた婚約破棄イベントと全然違うんだけど!?
◆◆◆
「クラリッサ……大丈夫か?」
夜、私の部屋を訪ねてきたのは騎士団のアルフレッドだった、頭も切れるし、なにより私の味方でいてくれる数少ない人だ。
「大丈夫大丈夫。……むしろ面白すぎて腹筋が死んだ」
「笑ってる場合か!? 王太子が母上と!?」
「そうそう。私の婚約者が私の母に取られるという前代未聞の珍事!」
思わず声をあげて笑うと、アルフレッドは額を押さえてため息をついた。
「……まあ、君が深刻に落ち込んでないならいいが。しかし、これは一族の一大事だぞ」
「そうだね。でも、なんか……この展開って、逆においしい気がするんだよね」
「おいしい?」
「うん。だってさ、あの王太子、どう考えても国を担う器じゃないでしょ? 母にうつつを抜かしてる時点で論外だよ」
「……まあ、否定はできん」
「だったら、あとは勝手に自滅してもらえばいい」
私がそう言うと、アルフレッドは呆れつつも笑った。
◆◆◆
数日後。なぜか王太子から呼び出され、私は応接間にいた。殿下は紅茶を飲みながら饒舌に語り出す。
「いやあ、クラリッサ。私はな、運命の愛に出会ってしまったのだ。わかるか? 雷に打たれたような衝撃、世界が薔薇色に染まる感覚……!」
「はあ」
「最初は戸惑った。だが、公爵夫人の微笑みを見たとき、私は悟ったのだ。これは神が与えた試練だと!」
「……」
「しかもだ! 彼女は紅茶の入れ方が絶妙でな! 角砂糖を一つ入れる仕草が天使のようなんだ!」
「へぇ」
「さらに! ドレスの色の趣味が素晴らしい! ピンクが似合う女性は多いが、真紅をここまで着こなせる方は他にいない!」
「……それで?」
「だから私は、すべてを捨てても彼女と生きる覚悟を決めた!」
延々と続く自慢話に、私は心の中で(はいはい、ご自由にどうぞ)とあくびを噛み殺す。……雑談というより惚気じゃないこれ?
---
◆◆◆
さらに数日後、事態は加速した。王太子は母と婚約を結ぶとか言い出し、国王陛下は頭を抱える。そりゃそうだろう。王太子の義母婚なんて聞いたことない。
「クラリッサ殿。もしよければ、我が家に嫁いでくれないか」
いや、だからって急に縁談が殺到するのはどうなの!? しかも、誰も彼も妙に前のめりだ。
「うちの息子はどうだ!」「いや、我が甥に!」
「クラリッサ様! ぜひ!」
舞踏会で断罪された瞬間、私はまるで高級オークションの目玉商品扱いになった。……まあ、利用できるなら利用するけど。
◆◆◆
「なぜだ! なぜ誰も私の恋を祝福しない!」
王太子が玉座の間で叫んでいた。母は横でおろおろしている。国王はついに堪忍袋の緒が切れたらしく、こう言い放った。
「レオンハルト! お前を王太子の座から外す!」
「なっ……なに!?」
国王は続けた。
「第一に、王太子としての自覚を欠き、公務を放り出して愛だの恋だのに溺れている。
第二に、相手がよりにもよって婚約者の母とは前代未聞、王家の威信を地に落とした。
第三に……お前の浪費だ。薔薇の花を千本単位で取り寄せ、舞踏会場をピンクに染めたなど正気の沙汰ではない!」
会場からどっと失笑と怒号が起こる。王太子は顔を真っ赤にして叫んだ。
「愛のためだ! 必要経費だ!」
「黙れ!」
国王の一喝に場は静まり返る。そして、国王は断固たる口調で告げた。
「よって、レオンハルト。お前の王太子位を剥奪する!」
会場に歓声が走る。私は小さく笑った。やっぱりね。
◆◆◆
後日談。王太子は地方の修道院に追放され、母は「若気の至りでした」と言ってケロリと戻ってきた。国王は私に深く謝罪し、私はというと――
「……で、結局アルフレッドと結婚することになりました」
「おめでとうございます!」
屋敷の使用人たちが拍手してくれる。アルフレッドは苦笑いしながら私の手を握った。
「なんというか……波乱万丈だったな」
「ほんとだよ。でもまあ、終わり良ければすべて良し!」
皆の歓声に包まれ、私は高らかに笑った。
【完】
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