恋愛イベントは突然に。デート回
王都ラズフェリアの空は、いつになくにぎやかだった。
夏至の祭り――それは一年で最も盛大に行われる祝祭であり、街のすべてが浮き足立つ魔法のような一日。昼には屋台と踊り子たちが通りを彩り、夜には噴水前の広場で舞踏会が開かれる。
「お祭り……すごい、人が……」
ルーナが人ごみに目を白黒させ、フードの下からそっと勇人の袖を握る。
「ふふ、驚いた? これが王都のお祭りってやつよ!」
セリナは嬉しそうに言うが、どこか落ち着かない。
一方、エイリンは、いつもの慈愛の仮面を少しだけ崩して、口元に笑みを浮かべた。
「……ねえ、勇人。今日は祭りなの。少しくらい、楽しんでもいいんじゃないかしら?」
「楽しむって……たとえば?」
「たとえば、私と――デート、とか?」
「っ……!」
先手を取られたセリナとルーナが、反射的に前に出る。
「な、なによ急に! そういうのは、順番ってものがあるでしょ!?」
「わたしも……先に、勇人とまわりたい」
ふたりとも、顔は真っ赤だ。
(……察してるけど、言うと面倒になるやつだな)
勇人は小さくため息をついた。
「じゃあ、くじ引きで順番決めるか。公平にな」
「え? ……そ、そうね、異議なし!」
「う、うん……くじ、なら」
こうして、勇人とのデートイベントが、まるで運命に導かれるように始まった――
====
最初の相手は、ルーナだった。
くじを引いたとき、彼女はぴょんと小さく跳ねた。喜びの感情が、隠しきれずにあふれ出ていた。
手をつないで歩くのも、少しだけぎこちない。でも、表情はずっと緩んでいた。
「……屋台。食べたい」
「いいぜ。何がいい?」
「これ」
ルーナが指さしたのは、りんご飴だった。
買ってあげると、彼女はぎゅっと抱えるように持ち、まるで宝物を手に入れたような顔をした。
小さな手。ゆっくりとした歩み。無言の間にさえ、心地よい静けさがあった。
「……勇人。ありがとう」
「なにが?」
「私、ずっと……こういうの、したかった。普通の……時間」
勇人は一瞬だけ、彼女の寂しさに触れた気がした。
(魔族ってだけで、差別されてきたのか……)
「また来ような。今度は、もっとでかい祭りでも」
「……うん」
ルーナの笑顔は、満月のように静かで、柔らかかった。
====
二番目は、セリナ。
「い、行くわよ! べ、別に嬉しいとかじゃないから!」
「……はいはい」
ツンデレ全開のテンションだったが、腕を組まれた瞬間、勇人は彼女の鼓動の速さを察してしまう。
「な、なんでそんな顔してんのよ」
「いや、別に」
「ぜったい察してる顔よ、それ!」
セリナは唇を尖らせながらも、露店の輪投げで景品のぬいぐるみを取り、勇人に手渡した。
「……あんた、こういうの、女の子にプレゼントするべきなんだからね」
「じゃあ、これ。おまえにやるよ」
「へっ……?」
「可愛いのが似合いそうだったし」
不意打ちに、セリナは爆発したように顔を真っ赤にして、しばらく喋れなくなった。
その後、打ち上げられた花火をふたりで眺めながら、セリナはポツリと呟いた。
「ねぇ……勇人って、ほんとは全部わかってるんでしょ? 私が何考えてるか、何感じてるか」
「……さあな」
そう言いながら、勇人は空を見上げる。
夜空に広がる火の花に、セリナの横顔が照らされていた。
====
最後に、エイリン。
優雅な所作で勇人の手を取り、彼女は噴水の前の舞踏会に誘った。
「踊り、習ってきたの。こういう日を、夢見てたのかもしれない」
「聖女ってのも、意外と乙女だな」
「女の子ですもの。あなたの前ではね」
エイリンのステップは優雅で、時に情熱的だった。
彼女の表情は、演技ではなかった。
「……私、賭けてるのよ。今日という日に。あなたの気持ちに」
「……」
「せめて今夜は、察しないフリじゃなくて、ちゃんと私を見てくれない?」
勇人は返事をしなかった。けれど、最後まで彼女と踊り切った。
夜空に花火が咲き、群衆の歓声がこだました。
ふと、遠くでローブの男が立ち尽くしているのが見えた。
(……あれは)
勇人は、背筋に冷たいものを感じた。
気づかれないよう、そっとルーナに目をやる。
彼女もまた、同じ方向をじっと見つめていた。
(やっぱり……この祭り、ただの楽しいイベントじゃ終わらなそうだな)
察しすぎる勇者は、ラブコメの中に忍び寄る影を見逃さなかった。