私、あなたのこと好きですよ?
昼下がりの街道。初夏の風が草原を撫で、遠くには王都の尖塔がかすかに見えていた。
「……もうすぐ、王都だな」
勇人は、先を歩きながらぽつりとつぶやく。
「緊張する……人、多い」
ルーナがフードを深く被り、少しだけ勇人の背中に隠れた。
「平気よ。私がついてるんだから!」
セリナが胸を張ってそう言うと、ルーナがじっと見つめ返す。
「……あなた、さっきから勇人に、くっつきすぎ」
「なっ、なによっ!? べ、別にくっついてなんかないし!」
「してる……ずっと、腕触れてる」
「ちょ、これはその……偶然っていうか……!」
ツンとした表情で目をそらすセリナ。
勇人は二人のやりとりを聞き流しながら、内心でため息をついた。
(……気まずくなった空気、察するのもめんどくさいな……)
そんな中、向こうの森から馬車が現れた。
「勇人様!」
馬車から降りてきたのは、見覚えのある神官服に身を包んだ少年だった。
「これは……エイリンの使いか?」
「はい。聖女様より伝言をお預かりしております」
彼は恭しく頭を下げた。
「お会いできる日を、心より楽しみにしておりますと……王都でお待ちしておりますと」
その言葉に、セリナの眉がピクリと跳ね上がる。
「……なんなの、そのお楽しみって」
「さあ。だが……ま、行くしかないか」
勇人は小さく息をついて、馬車に乗り込んだ。
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王都ラズフェリアは、白い石造りの街だった。
活気ある市街。屋台の香り。人混み。
ルーナはぎゅっと勇人の袖をつかんだまま、目をきょろきょろと動かしていた。
「……すごい、たくさん……」
「なによ、まるで子どもみたいに」
「私、こういうとこ……初めて」
素直な声に、セリナが少し驚いたように言葉を止める。
そのまま、彼女は視線をそらした。
「……ま、私も最初はビビってたし。案内してあげるわよ。ほら、こっち!」
そう言って、ルーナの手を引いて歩き出す。
(……ふたりとも、素直じゃないくせに、ちゃんと優しいよな)
勇人はそんな二人の後ろを歩きながら、自然と微笑みをこぼしていた。
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宿に着いた夜、事件は起きた。
「ねえ、セリナ。ちょっと、話があるの」
そう声をかけたのは、王都の教会で再会した聖女・エイリンだった。
柔らかな微笑みの下で、燃えるような火花がちらついていた。
「……別にいいけど」
二人きりで宿のテラスに出た瞬間、エイリンは口を開いた。
「セリナさん。あなた、勇人のこと……好きなんでしょう?」
その直球すぎる質問に、セリナは肩をびくりと震わせた。
「なっ……ち、違うし!」
「本当に?」
「…………」
沈黙が、答えだった。
エイリンはため息をつき、少しだけ柔らかい声になる。
「私も好きなの」
「は……?」
「あなたに負けないくらい、勇人のことが好き。たぶん、私の方が……先に気づいてた」
「なにそれ……勝手なこと言わないで!」
「勝手じゃないわ。だって――彼の優しさに、私は救われたから」
言葉の応酬。
しかしどちらも、同じ痛みと、同じ想いを抱えていた。
「……あんた、怖くないの?」
「何が?」
「だって……あいつ、全部察してるのよ?」
セリナの声は、震えていた。
「どんなに隠しても、強がっても……あいつには、伝わってる」
「うん。わかってる」
エイリンは微笑んだ。
「でもそれが、安心できるの。私の気持ち、もう隠さなくていいって」
「……ずるい女」
「ありがとう。セリナさんも、素直になればいいのに」
そう言って、彼女は踵を返す。
「……ちなみに。私、明日――勇人に告白するわよ」
「……!」
背を向けたエイリンの笑みは、まるで勝ち誇った貴族のようだった。
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翌朝。
「おはよう、勇人……少し、お散歩しない?」
そう声をかけてきたエイリンは、昨日より少しだけ艶っぽい表情だった。
街外れの公園。噴水の縁に腰を下ろしながら、エイリンは視線を落とす。
「ねえ、勇人。私ね――あなたのこと好きよ」
唐突だった。
けれど、彼女の中ではずっと温めていた言葉なのだと、勇人にはすぐわかった。
「あなたって、ほんとに意地悪。全部察してるくせに、言わせるんだもの」
「……言わせるってのは、つまり」
「はいはい。素直に言います。私は勇人のことが好き。あなたが見抜いてくれたとき、演技じゃなくて、本当に嬉しかったの」
勇人は、静かに目を閉じてから言った。
「ありがとな……でも、今は返事できない」
「知ってるわ。あなた、みんなの気持ちをちゃんと見てる。だから、今すぐ選べないんでしょう?」
彼女は微笑みながら、立ち上がった。
「でも私は、待つの。誰よりもあなたの近くで」
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宿に戻ると、セリナが口をとがらせていた。
「……デートかよ」
「散歩しただけだよ」
「ふーん……まあ、別にどうでもいいけど」
「怒ってる?」
「怒ってない!」
「そう?」
「うるさいっ!」
セリナが顔を赤くして背を向けた瞬間――
「……私も好き」
小さな声が、背後から聞こえた。
ルーナだった。
勇人の袖を握りながら、真っすぐな瞳で見上げていた。
「セリナも、エイリンも……みんな、好き。でも、私も……負けたくない」
その無表情の下に燃える感情が、勇人には痛いほど伝わってきた。
(……もう、察してないフリにも限界かもしれねぇな)
そう思いながら、勇人は夜空を仰いだ。