腹黒聖女エイリンの微笑みは計算か、本気か
――村の教会は、昼過ぎにもかかわらず騒がしかった。
「今日は王都からお客さまが来てるの。ちょっと静かにしてね」
シスターがそう言うと、子どもたちはしぶしぶ礼拝堂から出ていく。その中で、ひときわ目を引く少女がいた。
絹のような銀髪。まっすぐな瞳。慈愛に満ちた微笑み。
神の加護をそのまま形にしたような存在。
――エイリン=ルクレツィア。王都の聖女。
「この村に派遣されました。少しの間、どうぞよろしくお願いします」
その声音は優しく、言葉は完璧。頭を下げる所作まで洗練されていた。
(……うさんくさい)
最初に思ったのはそれだった。
声も目線も、笑顔も、すべてが整いすぎている。
本当に聖女として完璧ならいい。でも、俺にはわかる。
(作ってる。本音が、全部裏にある)
しかもその裏の本音が――けっこう黒い。
『……ふーん、この村に勇者がいるって聞いたけど、どんな人かしら』
『私の計算が正しければ、ここで一歩先に、接点を作れるはず』
『でも、まさかこんな田舎で本当に当たるとはね。察し力の勇者……ふふっ、興味あるわ』
微笑みながら、そんなことを考えている。
「――あの。あなたが……高村勇人さん、で合ってますか?」
「うん。そうだけど」
「初めまして。私はエイリン。聖女として、少しだけこちらに滞在することになったの」
「……俺に、何か用?」
笑顔は崩さず、でも目が細くなった。
「いえ。ただ、あなたの評判を少し耳にしていて。王都で」
「ハズレスキルの勇者が追放されたって話か?」
「まあ、そうとも言うわね」
セリナが不機嫌そうに割って入る。
「その言い方、ちょっと引っかかるんだけど」
「あら、ごめんなさい。別に悪気はないのよ。ただ――」
エイリンは軽やかに一歩、俺の方へ近づいて。
「あなた、ほんとに鈍感なのかしら?」
……来た。
(駆け引き、開始だな)
====
エイリンは一晩だけ教会の離れに泊まることになり、夕食には俺とセリナも呼ばれた。
食卓には地元の野菜スープとパン。どこにでもある田舎料理。だが、エイリンは満面の笑みで言った。
「こんなに心が温かくなる食事、久しぶりだわ。王都では形式ばかりで、心が満たされることって少ないの」
村の人たちは感激していたが――俺はそうじゃなかった。
(このセリフ、100回くらい言ってるな)
俺の察知は言葉の裏にある使用頻度や意図まで読める。
『村人の信頼獲得、第一段階成功』
『予定通り。次は勇者との個人的接触。』
……完全に作戦だ。
「……エイリンさんって、なんか疲れてません?」
「え?」
「いや、笑顔がちょっと無理してるというか。王都ってやっぱ息が詰まるのかと思って」
一瞬だけ、彼女の目がわずかに揺れた。
他の人には気づかれない程度。でも、俺にははっきりわかった。
(効いたな)
「……察しが鋭いのね」
「そういうスキルだから」
「やっぱり……」
小声でつぶやいたその目は、少しだけ本音が漏れていた。
====
その夜。村の広場にセリナとエイリンと俺、三人だけがいた。
ちょうど星がよく見える夜で、月明かりの下、少し風が吹いていた。
「ねえ、勇人さん」
「ん?」
「あなた、本当は全部わかってるんじゃない? 私のことも、セリナのことも」
「……何を?」
「……そういうところよ」
エイリンが笑った。その笑みは、ようやく少しだけ素だった。
「私ね、聖女って呼ばれるの、正直好きじゃないのよ」
セリナが目を丸くする。
「え? じゃあなんで聖女なんて……」
「立場よ。孤児だった私を拾ったのが神殿で、育てられて、気づいたら聖女役を演じてたの」
「演じてた……」
「そう。これは私の役。でも、ずっと一人で演じ続けてるとね……本当の自分が、どんどんわからなくなってくるの」
「……」
風が静かに吹き抜ける。
「だけど、あなたを見てたら……ちょっとだけ、安心したの。私の裏まで見抜いてくれる人がいるって」
「褒めてる?」
「わからない。けど――怖くないって思ったのは、あなたが初めてよ」
その言葉に、セリナがちょっとむっとした顔をした。
「な、なにその言い方。まるで――」
「ふふ、嫉妬?」
「は!? し、嫉妬なんかじゃないし!」
「うわー、わかりやすいツンデレさんねぇ」
「うるっさいわね!!」
二人のやり取りを見ながら、俺は思った。
(……騒がしくなるな、これから)
でも、不思議と嫌じゃなかった。
====
夜が更けて。
俺は教会の外で一人、星を見上げていた。
すると、後ろからエイリンの足音。
「ねえ、勇人」
「ん?」
「最後に一つだけ聞かせて。あなた、私の計算がわかった上で、全部黙ってるの?」
「まあ……そういうことになるな」
「どうして?」
「全部口に出して暴いたら、誰かが傷つくだろ……俺の役割は、そういうのを防ぐことだよ」
「……優しすぎるのも罪よ」
ぽつりとそう言って、エイリンは肩に寄りかかってきた。
「ちょっとだけ、甘えさせて」
「……いいけど」
その背中から伝わる体温は、意外なほど、冷たかった。
(きっとこの子も、孤独なんだ)
察しすぎるせいで誰にも気づかれず、演じ続ける聖女。
それは、俺と少し似ている気がした。
今夜だけは、黙って寄り添ってやるのも悪くない。
こうして、
腹黒(?)聖女との駆け引きが、少しずつ甘く動き出していく。